第335話 結局、悪いのは大人

 この街の事情は分かった。何者かが犯罪者をこの街に放っている。それでこの街の治安が悪くなり、彼らはジェイ君の圧倒的な武力で制圧をしているが、殺すつもりは無いため、無力化させて街を追い出したあと、警察が犯罪者たちを連れていくように仕向けている。


 しかし、また別の凶悪な犯罪者がやって来る。


(行き場を失った未成年者のためにある居場所のはずなのに、大人たちがそこで悪さをするから、ますます大人を信用できなくなる。黒幕の誰かはこの場所を社会と孤立させるのが狙いなんだろうけど…。)


 この子たちの話が本当だとすると、詐欺グループの幹部はこの街には居なくて、ここに来るお金に困った若者たちを利用して、詐欺犯罪を拡散させている。受け子をしている若者たちは犯罪に加担しているのに、警察から逮捕される事なく…失踪するって事?


「紫音さん、そろそら本題に入るよ。AIシステムは国民番号で人物を特定していて、監視センサーで通り過ぎた人物を特定しているんだ。特定する方法は三点ある。まずは人の手荷物、所持するICチップの情報を読み込んで、この街に入った人間が誰なのかを突き止める方法。これは偽の身分証を所持している奴には無効だから、次に顔認証と骨格診断でAIが判断する。そこで身元を偽る人物がいたら、すぐに分かる。それでも、不明な人物がいれば…、危険行動チェッカーで監視して、その人物を判断する。」


 彼はそう言って、私へAIシステムの説明を詳しくしてくるので、


「私は危険性がまったく無いって所かしら?だから…、ミラちゃんが私に会うため、迎えに来た。」


 私が悪さをする確率はAIシステムの中では、限りなく低い事をデータは表したのだろうと予測した。


「紫音さんは危険性が0%と判断された唯一の人間だよ。無垢な子供でさえ、二桁は表示されるのに…。その結果に興味を持ったミラがあなたに接触したんだよ。」


 彼は私のまったく穢れの無い、AI診断にかなり驚いた事を明かしてくれた。


(だから…、神里の母さんは私欲を持たない私に頼んだんだね。あの人は絶対にAIも100%危険って判断するはずだもん。)


「ウチ、し~ちゃんと話して分かってん。この人はホンマに優しいんやな~って。普通の女にそない優しい奴はおらへん。どうしても、人間は他者と自分の能力を比べたりして競おうとする生きもんや。ところが、し~ちゃんにはそれがあらへん。他人と自分を比べる事を無意味な事って知っとるし、無意識でそれを実行できてんねん。だから、メグもし~ちゃんの近くでじっとしとるし、データで動くMも早々に負けた言うて、降参しとる。ウチらを救ってくれるんわ、し~ちゃんしか…おれへん。」


 ミラはそう言って、私の事をベタ褒めした。


「すっかり私の虜になっちゃったね。あのぬいぐるみ以外は…。」


 そう呟いた瞬間に、ドアが勢いよく開いて、投げ飛ばしたジェイ君が川に落ちたのかビショビショの状態で帰ってきた。


「てめぇ!調子に乗るなよ!絶対にブッ殺してやる!」


 彼はいきなり遠くへ投げ飛ばした事にスゴく怒っていた。


「お帰り~、早かったね。万が一があるから、近くの川を狙ったけど…。かなり丈夫そうだし、もう少し遠く山林かどこかへ投げた方が良かったのかな~。それとも…。」


 私はメグを膝の上からそっと下ろしたあと、彼にそう言いながら、懐に近付いて、


「じゃあ、次はさらに遠くへ蹴り飛ばしてあげるよ!」


 私は彼の鳩尾部分を蹴り上げる形で、さっきよりも力を込めて、さらに遠くへブッ飛ばした。


「皮膚が硬いよ!彼の体は鉄なの?…まあいいや。さっ、話の続きをしよっか。」


 うるさくて邪魔な彼には退場してもらった。そして、私は近くにいたメグを呼んで、再び、同じように座ったあと、話を続けようとミラたちに言った。


「し~ちゃん、絶対にキレとるやろ。アイツもちゃんと話し合ったら、大人しくなるはずやで?」


 ミラは話し合う事もせずに彼を蹴り飛ばした私が怒っていると言ってきた。


「紫音さんの危険度表示が100%を超えていて、測る機械が壊れたんだろな…。」


 Mは今の私の行動を見て、危険性を測るプログラムの故障を疑い始めた。メグちゃんは自分の分身ぬいぐるみがジェイ君と共にブッ飛ばされたのに対して、特に何も言わず、無表情で私の膝の上でアップルティーを飲んで寛いでいた。


「彼は本当の強さを履き違えている…。あなた達も高い能力、ずば抜けた強みを持っているのだから、それを世のため、人のために使いなさい。決して自分の欲望のために使わない事。自分の強さを間違うって事は、あなた達が嫌っている大人と同じになっちゃうって事よ。それを忘れないでね。」


 私は恵まれた才能を持つのなら、正しい使い方で活かしなさいと諭した。


「人の悪意の根源を断つ…、そんな、し~ちゃんのやり方をAIは危険性がゼロって診断した訳やな。自分の考えよりも全体の正しさを優先するっちゅう事に関してはAIも、し~ちゃんも変わらんのやな。そのやり方が、多くの人間を魅了できる人って事やな。」


 ミラはすべてを納得するかのように、頷いていた。


「紫音さん。これがウチのAIが弾き出したこの街の方針です。」


 Mは自分の作ったAIシステムの診断結果を見せてくれた。それは今までの一連のクラゲ騒動が起こした事件と類似した結果だった。


(AIも人の欲望がこの夏の不可思議事件を引き起こしているって判断しているのか。人が詐欺をする理由はお金のために勤労する人と特に違いは無い。問題は法に触れるか否かって事だけだ…。)


 普通、体の不調などで職を失い、生活に困っている人は自殺と言う手段で命を断つ。貧困で人に悪さをするって言う人間はただの生存欲のためでは無い。人間関係を拗らせて借金した者や金銭的な欲望を満たしたいために他者を攻撃する物欲に、負の欲望を栄養源にするクラゲが反応している。つまり、警察よりも先にクラゲがその人の欲望を食するために拐うって事。


「若者の売春なんかの合意の上での性的な犯罪には反応しないけど、性暴力などの一方的な性犯罪には激しく反応する。つまり、売春が横行するこの街にはクラゲ騒動が起きない。この街で行方不明になる人間は物欲に狩られた人だけって事。」



(結局、悪いのはここに集まる少年少女じゃなくて、それを金儲けに利用する大人って事だよ。)

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