第10話 依頼人の幻影

朝、俺は目覚めた。いつもと違うのは女性の姿だと言うことだ。

そう思えるのはまだ意識が女性化していない証拠。

実感的には数年間、ずっと女性だったくらい俺の自我は浸食されて来ている。


「おはよう!お父さん。」紫音が朝から抱きついてくる。


「柔らかいし、ふわふわ。」と言いながら触ってくる。

(女性の筋肉は鍛えていない限り男性に比べて柔らかいのだ。)


「朝から元気だな紫音は。」彼女の頭を撫でて見ると、


「うん!お父さんは?」最高の笑顔で返事をしてくれたが、


「全身筋肉痛だ。あちこち痛い。」

 若いのに…運動不足過ぎだよ、上本さんの体は、


「お姉ちゃんの体は弱いんだね。」

 紫音は自分よりも細い腕を見て、溜め息を付いている。


「そうだな。今日現地調査できるかな……。」

 起き上がる事に痛みを伴う日がこんなに早く来るとは…。


 痛い体を無理やり起こして洗面所に行き顔を洗う。


 鏡に映るこの若い女性の身に何が起こったのか、俺は謎を解き明かさないといけない。何故の答えを探す一日が始まった。


「おはようございます。光さん。」

「おはよう、未央。」


「体調がよくなさそうですね。」

 彼女も紫音と同じくいつもとの違いを心配していた。


「この体の体力に慣れていないだけだと思う。」

 筋肉痛の話をすると、


「そうですね。その体は事務職で普段から運動不足だったんでしょう。」

 女性と男性の体力さを説明してくれた。


「若いからといって運動しないとこうなるんだな。」

 今の自分、上本さんの細い腕と足を見て話していた。


「未央の方が体力がありそう。」思わずそう呟くと、


彼女はムスっとして、

「それは褒めにはなりませんよ。不適切な発言です。」

(未央さんはこの子に対しては何か、強めなんだよな。)


「すまない。謝るついでに今日は同行してもらって構わないだろうか?」

 未央さんの力を借りないと依頼の解決は出来ないだろう…。


「ええ。よろこんで。光さんのためですもの。」

 彼女は頼られるのが好きみたいだ、何だか、嬉しそう…。


「ありがとう。頼ってばかりで。」俺は素直にお礼を言う。


「元に戻ったら、その分、わがままを聞いてもらいますから。」

 少しだけ、未央さんが甘える素振りを見せてくれたので、


「まかせておけ。」しっかりと返事を返して安心してもらった。


「ふふふっ。楽しみにしてます。」

(なんだか夫婦らしい会話だ。ものすごく和むな。)


今日は最初に上本さんと会った場所に行くことにした。


嵯峨野線の電車内で俺たちは疑問点を話し合っていた。

「未央は初対面の男性の手を握ったりする?」


なぜ彼女が触れてきたのかが疑問で未央さんに聞く。

「普通の感覚なら、握らないです。」


「精神的に不安定だったとか。」と俺は再度説明を重ねる。


「それなら可能性がありますが、元々、そう言うタイプの女性なのかもしれません。」未央さんは思い当たる点がありそうだ。


「紫音みたいなタイプということか。」少し、幼い人間なのかな?


「人より少し精神年齢が低いタイプだったのかもしれません。」

 上本さんはそう言う人間だったんだな…。


「同じタイプの紫音はスキンシップがすごいからな。」


だんだんと確信に迫ってきた。

「彼女は他者依存というタイプの人間なんだと思います。」

 未央さんは上本さんをそう言う風に見ているみたいだ。


「指示がないと動けない人だったのか。」指示待ち会社員はたまにいる。


「従順と言うと聞こえはいいですが、悪く言えば扱いやすい人と言えます。」

 未央さんがさっきから、刺さるような目で俺を見てくる。


「だから、未央はこの子があまり好きじゃないのか。」

 明らかにこの姿に対しての嫌悪感を感じるぞ?


「そこまでは言いませんが気は合わないと思います。」

 彼女はあんまり気分が良くない感じで、ムスってしていた。


(それはもう嫌いって言いかけてるけど……。)


俺は昨日に引っ掛かっていたことを話した。

「すると矛盾があるぞ。」


「どういう事ですか?光さん。」


「彼女の部屋がキレイ過ぎるんだ。そんな細かい事に気持ちが行き届く人は依存する人間とは言えない。」

 未央さんに同性としての意見をもらうことにした。


「確かに家事に完璧を求めてバリバリ働く人はその手の性格ではないはずです。」

 未央さんは指示を待たずに相手のために動ける、上本さんとは違うタイプだ。


「つまり、誰かに指示されてキレイに掃除をしていた、と言う事か。」

 このタイプの女性は上からの指示を忠実に聞けるはずだ。


「初めて彼女に男の匂いがしてきましたね。」と未央さんが言った。


「だとするとあれか………。」と俺が言うと、


「そうですね、あれ…以外は考えられません。」と未央さんが頷く。


「お母さん。あれって何?」紫音が聞いてきたのだが、


「秘密事のことですよ、紫音。」と未央さんは答えた。


「未央、同じ職場に該当するタイプの男性がいないか調べてくれないか?」

 調査は未央さんにお任せだ。


「はい。お任せください、光さん。」

 彼女は駅を降りて上本さんの身辺調査をするため、どこかに向かって言った。


真相は分かってきたが、知りたくない事実かもしれないな……。

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