罰ゲームだと言って幼馴染が告白してきた話

月之影心

罰ゲームだと言って幼馴染が告白してきた話

 放課後の教室。

 オレンジ色の夕陽が校庭の見える窓枠の影を教室の後ろの壁に落とす。


 窓際の自席に座る俺。

 俺の席の前に立つ幼馴染。

 二つの影もまた教室の後ろの壁に影となって映る。




「助けてくれるよね?」




 幼馴染は真剣な顔で俺を見ながら言う。

 幼馴染の顔を見上げる俺。

 顔の右側がオレンジ色に染まっている。




「一つ、何故俺が美桜みおを助けるのが当たり前みたいな言い方なのか教えてくれ。一つ、前後の話が全く分からない状態で何を助ければいいのか教えてくれ。」




 幼馴染の美桜はふっと薄ら笑いを浮かべて腰に手を当てる。




「一つ、武流たけるが私の幼馴染だから。一つ、かくかくしかじか。」


「幼馴染だから助けて当たり前なのは百歩譲ってヨシとしよう。俺が困った時も美緒が助けてくれて当たり前だと思ってていいんだな?」


「内容によるけどね。」


「その内容が『かくかくしかじか』で分かるなら俺は神だな。」


「武流は神様だもの。助けてくれるって信じてたよ。」


「だからその内容を言えっつってんだよ。俺は人間だ。分からんものは分からん。」




 美桜が俺の前の席に横を向いて座りながら溜息を吐く。




「まったく……武流はラノベの主人公並みに鈍感なんだから。」


「それだけで分かったら小学生の姿になった名探偵もびっくりだな。」




 美桜は肩を竦めて両手を上に向け、呆れたようなジェスチャーをした後、体ごと俺の方に向いて真剣な表情になる。




「好きです。付き合ってください。」


「何と言う棒読み。感情の欠片すら乗っていないとこういう口調になるのか。」


ワタシハシンケンダ私は真剣だ。」


「何その『ワレワレハウチュージンダ』みたいな言い方。」




 美桜ががくっと肩を落として再び大きな溜息を吐く。




「ここまでして分からないとは。」


「だから俺は神でも名探偵でもないって言ってんだろ。最初から順を追って話せって言ってんだ。」


「17年前に私が産まれて……」


「そこまで遡らなくていい。」


「昨日奈々ななとボウリング行ってね。二人とも似たようなスコアだったからいっちょ勝負しようってなって、どうせするなら負けた方が罰ゲームってなって、私が負けて、罰ゲームが誰かに告白して付き合う事ってなった。」




 『奈々』は美桜の親友で、俺も何度か一緒に遊んだ事もあって知らない子ではない。

 時々美桜と馬鹿な遊びで盛り上がってる話を聞く事もある。




「それで俺に告白してきたのか。」


「うん。」


「お前馬鹿だろ。」




 美桜は俺の顔をじっと見たまま眉一つ動かさずに居た。




「だから助けてくれるよね?」


「何でそんな無表情で言えるんだよ。けど助けるって、俺が美桜と付き合えばいいって事?」


「そう。でも罰ゲームだから付き合ってる体にしてくれればいいんだよ。」


「と言われてもな。俺は誰とも付き合った事なんか無いから、出来る事ってドラマなんかであるワンシーンくらいなもんだぞ。美桜は付き合うって具体的にどんな事するのか分かってるの?」


「そんなの分かるわけないじゃん。私だって恋人居ない歴=年齢だもん。」




 美桜が胸を張る。

 制服の中に着たベスト越しにも分かる形の良さそうな膨らみの自己主張が強い。




「威張る事じゃないからな。」


「たぁ~けぇ~るぅ~!」


「うるせぇ。」




 懇願の表情に急変させた美桜が泣き付く。




「分かったよ。何すりゃいいか分からんけどしてりゃいいんだろ?」


するなんて……武流のえっち……」


「助けなくてもいいんだな?」


「私が悪ぅございました。ほんの戯言でございます。」




 美桜は体を横に向けたままの姿勢で俺の席の机に両手を置いて土下座風の詫びを入れた。




「で、何を以て『付き合ってる』って言えばお友達は納得してくれるんだ?」


「そこまでは話してないけど……恋人っぽいところを見せれば納得してくれるんじゃないかな。」


「それが分からんと際限無くなるぞ。確認してみろよ。」


「分かりました軍曹!」


「誰だよそれ。」




 美桜がポケットからスマホを取り出してぽちぽちやってる。


 ぴろ~ん♪


 即レス。




「軍曹!返答来ました!」


「だから軍曹じゃねぇわ。で、何だって?」


「はい。『恋人らしくすればおっけ』だそうです。」


「美桜も奈々ちゃんも本当に馬鹿だろ。」




 多分、美桜の友達の奈々も恋人同士がどんな事をするのか知らない。

 ならば適当にそれらしくしていれば罰ゲームも終わるだろう。




「よし、じゃあ取り敢えず帰るか。」


「そうだね。」




 俺は席を立って鞄を持つと、美桜に向けて左手を差し出した。




「ん?何?鞄持ってくれるの?」


「ホンっとお前アホだろ。今さっき『恋人らしく』って言ったの覚えて無いのか?何で俺が美桜の鞄持たなきゃいけないんだよ。俺が手を出したんだから『手を繋ごう』って事に決まってんだろ。」


「えっ?」


「え?」


「で、でも……」


「何だよ?」


「男の子と手を繋いだら赤ちゃん出来ちゃうって……」


「何処の何時代の誰発信の話だよ。お前体育祭のフォークダンスの時どうしてたんだ。」


「分かってるって。冗談に決まってんじゃん。」




 そう言って差し出した手を美桜が握る……だけじゃなく左腕に抱き付いてきた。

 ぽわぽわした柔らかい膨らみが上腕三頭筋に伝わってくる。

 俺は美桜に腕を捕られたまま教室を出た。


 玄関で靴を履き替え、正門へ向かって歩いている時だった。




「美桜ぉ~!」




 背後から美桜が声を掛けられる。

 振り返ってみると、確かあれは美桜の友達の奈々って子だった気がする。


 が、美桜は俺の腕に豊かな膨らみを押し付け……じゃなくて更に力を入れて俺の腕にしがみ付き、振り返ろうとせず俺を引っ張るようにずんずんと歩いて行く。




「おい、友達が呼んでるぞ。」


「んっ……」


「ん?」


「いいから!」




 尚もぐいぐいと俺の腕を引いて前へと進む美桜。

 だが一人で小走りに近付いてくる奈々にあっさり追い付かれる。




「もぉ!逃げなくてもいいじゃんか。武流君お疲れっ!」


「ほいお疲れ。」




 ギギギっと音が聞こえそうな素振りで引き攣った顔を奈々に向ける美桜。




「あ、あああっな、ななな奈々じゃんっ!どどどどどうしたの?」


「どうした……って……告白上手くいったみたいだから祝福してあげようと思ったのに逃げるんだからっ!」


「上手く……いった……?」


「美桜ったら昨日からずっと『武流に告h「わぁわぁわぁわぁ!!!「美桜うるせぇ「むぐぐぐ……」




 俺は奈々の言葉を遮る美桜の口に手を当てて塞いだ。




「で?昨日から何だって?」


「う、うん……昨日から『武流に告白するっ!明日絶対するっ!』って気合い入りまくりだったから。腕組んで下校なんて上手くいったんだなぁと思ったんだけど……違うの?」


「罰ゲームとか聞いたんだけど。」


「罰ゲーム?何の?」




 美桜は俺に口を塞がれながら目線を明後日の方に向けようとしている。




「まぁ何にしても早速お熱いことで何よりですわ。お邪魔しちゃいけないから私はお先に~。」


「おぅ。またな。」




 そう言って奈々は手をひらひらさせながら足早に正門を出て行った。




「聞かせてもらおうか。」




 俺に捕獲されて口を塞がれた美桜がぐったりと力を抜く。

 観念したようだ。

 美桜は俺から離れるとこちらを向いて真顔で俺の顔を見た。




「私が告白しちゃいけないって言うの?」


「何で逆ギレしてんだよ。罰ゲームでも無いのに俺に恋人のフリをしろってどういう事なのか訊いてんだ。」


「どういうってそういう事だよ。」


「いい加減、俺が神でも小学生の姿をした探偵でも無い事を分かってくれ。」




 美桜がぷいっと俺に背を向けてギリギリ聞こえないくらいの声で呟いた。




「だから武流は鈍感だって言ってんだよ……」


「何か言ったか?」


「何も。さ、帰ろうか!」




 そう言って美桜は正門へと走って行く。




「待てこら。まだ話終わってねぇぞ!」




 走る美桜を俺が追い掛ける。

 すっかり陽は落ちて、空は紫色で覆われている。

 LEDの街灯が歩道を照らし、朧な影を落とし始めていた。

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