紫色の街

@tPenguin

第1話 この街は何もかもが紫色に染まっていた。

 この街は何もかもが紫色に染まっていた。建物も山もアスファルトも人々もそうだった。それらはただ紫の濃淡のみでお互いを識別していた。


 その街をノビルは無表情で歩いていた。ノビルもまた紫色だった。ノビルは足を止めた。


 街の壁際にうずくまるものがあった。乞食だった。乞食は薄く固い毛布を身にまとっており、ひどい臭いがした。ノビルはその匂いで乞食に気付いたのだった。


 ノビルは無表情で乞食を見つめていた。そこには何かノビル自身が気付かない迷いがあった。


 通り過ぎる人々は乞食を無意味なものとして扱った。誰かが乞食の臭いに表情を変えた。誰かが見たくないものを見たといった表情で通り過ぎた。


 ノビルは乞食に怒りを覚えた。ノビルは乞食に近づいた。その歩みはゆっくりだった。表情は硬く、暗く沈んだ紫色に染まっていた。その拳は微かにふるえていた。


 それより早く乞食に近づくものがあった。迷いのないその人の足どりはノビルより早かった。その人は高価な服装はしていなかったが乞食ではなかった。その人の手には小さな箱があった。弁当のようだった。その人はその食べ物を乞食に渡した。


「かわいそうに。ここには人間が作ったものしかない。もしそうでなかったら、自分で何かを作って生きることも、この場所から出ていくこともできたろうに。ここでは人間から乞わなければ何もできない。それなのに誰も何もしようとしない」


 ノビルの怒りは萎んでいった。代わりに恥ずかしさのような、行き場のない気持ちがノビルの中に生まれた。ノビルはその場から立ち去り、駆り立てられるように家へ戻った。二階の自分の部屋に上がり、布団の中に潜り込んだ。

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