第25話 リアルラブコメ
「おはようございます、信平くん」
弾けるような笑顔という表現は、こういうときに使うんだろうな。
誰もが認める美少女、広瀬まいんの笑顔を一身に受け、眩しいものを見るかのように目を細める。
いや、眩しいのは笑顔だけじゃない。夏服への衣替えを完了させたまいの姿は直視できないほどの破壊力を秘めている。
もちろん、どこぞの金髪先輩のように着崩すなんてことはしていない。きっとインナーも着ているのだろう、残念ながら下着のラインが見えるということもない。
純然たる素材の違い。それに加えて最近ではツヤというか、その美貌に磨きがかかっているように思える。
時には可憐な少女の様に、時には妖艶な美女の様に。子どもと大人の狭間のJK。
身長のせいで子どもっぽく見られがちだが、そのスタイルは大人になりつつある女性を主張して止まない。
ブレザーを脱ぎ捨てブラウスの白さが際立つ上半身。むぎゅっと腕に伝わる感触も破壊力が増している。
「昨日、珍しく夕立のシフトに入っていたんですけど」
ちょっとちょっとお嬢さん。当たってますけど? 素知らぬ顔で世間話するのやめてもらえますかね? 頑張って素知らぬ顔をしているのはバレバレで、腕には心臓の早鐘がバクバクと伝わっている。
羞恥心を忘れた訳じゃなく、お隣さんと同じように恋する乙女が戦っているだけのこと。
ん? まてよ? この場合戦っている相手は俺になるのか?
今さらまいの好意から目を逸らすようなことはしない。正直、あとは俺の気持ちひとつというところまできていると言っていいだろう。
この美少女のこれだけの好意を受けておいて無関心でいられるほど鈍感ではないつもりだ。
まいから告白させるつもりはない。俺が自分の気持ちに素直になれるときがくれば俺から告白するつもりだ。
♢♢♢♢♢
「テスト勉強?」
夏休みが間近に迫った7月初旬。楽しみの前に苦難あり。まあ、学生の本分と言ってしまえばそれまでなんだけど。長期連休の前にはテストが付き物。テストの1週間前から部活は活動停止になり、否が応でも勉強せざるを得なくなる。
「うん。せっかくだからみんなでやらない?」
昼休みにいつものようにまいの手作り弁当をいただいてるところ、前置きもなくきょうが話しかけてきた。
「わざわざ集まってやる必要ないんじゃないか?」
テスト勉強といえばラブコメでも定番のイベントだ。可もなく不可もない俺がいうのも何なんだが、低飛行を続けている真斗にはいつもきょうがマンツーマンで勉強を教えているはずだ。
「チッチッチ。わかってないなノブくんは。せっかくまいともお近づきになったんだから恋愛イベントとしては———」
「ちょっ、ちょっときょうちゃん⁈」
人差し指を左右に振りながら呆れ顔で講釈垂れようとしていたきょうの口を、まいの小さな手が慌ててふさぐ。
「あ〜、テストのこと思いださせないで」
頭を抱える真斗と我関せずで黙々と弁当を食べ続ける諭。
真斗、お前は赤点回避のためにもっとテストのこと考えた方がいいぜ?
地味な顔以外はハイスペックモブな諭は成績上位陣。口には出さないが先輩と同じ大学に行くための努力を怠ってはいない。
「いつも通りやれば赤点は回避できるだろうから特別テスト勉強しなくてもいいだろ?」
特に行きたい大学もなく、将来に対して青写真すら描けてない俺の目標は赤点による補習回避だ。
「えっ?」
サッと目の前に縦線が入ったかのようにショックを受けるまい。いや、普通に予習復習くらいはしてるからモブの俺だって平均点くらいはクリアできるって。あれか? モブは赤点との戦いだとか思ってるのか?
「もうっ、あいかわらず乙女心ってのがわかってないな、ノブくんは」
まいに気付かれないように身を寄せてきたきょうが耳打ちするように話しかけてくる。
「悪かったなモブで」
「モブ? 何言ってるのノブくん。そんなこと言ってないしノブくんほど存在感ある人、滅多にいないよ? 特に私近辺で」
「……なんだそのニッチな需要は」
なんだろう。悪いことを言われてないんだけどため息混じりに言われると腹立つわ。
「まあ、そんなニッチなノブくんに朗報です。いまなら無料で美少女の家庭教師が手取り足取りのマンツーマンで授業をしてくれます!」
ジャジャーン! という効果音が聞こえるように両手をヒラヒラさせながらまいを紹介するきょう。
「ふぇっ?」
俯いていたまいが顔を上げてまわりをキョロキョロと見渡し、
「わ、私のこと?」
きょうに視線を定めて問いかける。
「あれ? ノブくんに勉強教えたかったんじゃないの? ほらっ、まいの好きな恋愛もののマンガでも好きな人と一緒に勉強するのって定番———」
「き、きょうちゃん!」
きょうの口を両手で押さたまいが真っ赤な顔で睨みつけているようだが、かわいい以外の何者でもない。
「ん〜! んっ、ぷはっ、もう今さらだよ? ちなみにまいが焦ったのは『好きな人』って言葉と『恋愛もののマンガ』のどっち———」
「り、両方ともだよっ!」
プイっと顔を背けたまいの視線の先にあったのは俺の顔。目が合うと沸騰しそうなほどの表情をしながら視線を彷徨わせている。
改めて言われると照れ臭いけど、好きな人ってのは今さらバレてないとは思ってないだろ?
恋愛もののマンガが好きってのも、まあ、想定内だな。
「マンガかぁ、俺もよく見てるぜラブコメ」
不貞腐れた表情でぶつぶつと言っているまいの頭に手を置くと、バッと顔を上げ照れ臭そうに笑う。
やべっ! 不意打ちで強烈な攻撃食らった!
空いてる手で攻撃を受けた胸を押さえながら、まいの頭の上に乗せた手をクルッと回して真斗ときょうの方に顔を向ける。
「ほらっ、これがリアルラブコメだ。事実は小説よりも奇なりってな」
自分の席に戻り真斗の口に卵焼きを運んでいるきょうの姿を見せつける。
「あっ」
俺たちの視線に気づいた真斗が気まずそうにする一方で、我関せずで真斗のお世話をするきょう。
「べ、勉強になります」
ごくりと喉を鳴らすまいが決意の表情で振り向いた。
いや、誰も参考にしろなんて言ってないぞ?
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