第24話 恋心
はじめての校内巡回。
荒れに荒れた私のパートナー選考は、全く興味なさそうに欠伸をしていた信平くんになった。
その瞬間、彼が頬を引き攣らせたのを今も忘れていない。
「広瀬です。よろしくお願いします」
多大なる申し訳なさと、少しの好奇心を持ち合わせた初めての挨拶。
「ども」
素気ない態度のカレの姿を見て機嫌が悪いのかと思っていたけど、それは私の杞憂だったということに気づいたのは数日後。
はじめての校内巡回は、まるで品評会でも行われているかのような騒ぎになってしまった。
「あれが噂の広瀬か?」
「みたいだな。豊作と言われてる今年の新入生で最かわって評判だぜ」
「かわいいで言ったらそうかもな。愛でてみたいぜ」
上級生のフロアでは話しかけられるではなく、値踏みされているかのような視線を向けられる。
こんなことなら風紀委員なんてなるんじゃなかったな
本当は図書委員になりたかったんだけど、鬼気迫る勢いで立候補したきょうちゃんに誰しもが尻込みしてしまった。
「なあなあ、キミあれだろ? 噂のまいんちゃん。まだ部活も入ってないみたいだし先輩である俺が———」
他所ごとを考えながら、ただ歩いているだけになってしまっていた校内巡回の最中、髪を茶色に染めた軽薄そうな3年生がニヤニヤとしながら近づいてきた。
「いや、サッカー部所属の元木っす。ひふみんとも仲良くさせてもらってます」
言葉を遮るようにしながら私たちの間に割って入ってきた信平くん。その存在に3年生は苛立ちを覚えたようだが、まわりの視線と自分を見下ろしている信平くんに躊躇しているようだった。
「護衛気取りかよ」
吐き捨てる様にいいながらもよろけながら逃げ出した3年生。
本来なら風紀を乱している生徒を注意しなければいけない立場なのに、私は何もできないでいる。
この後もちょくちょく話しかけられたが、全て信平くんが対応してくれた。
「あの、ありがとうございます」
その度にお礼を言うのだが、信平くんの耳には一切届いてないかのように無反応を貫かれた。
校内巡回も終盤を迎えた1年生のフロアで事件は起こった。
「へぇ、アンタが広瀬? ただのチビじゃん」
「本当、元輝もこんなんのどこがいい訳?」
「見た目清楚系で中身はビッチ? カラダで籠絡したんじゃね?」
目の前には茶色や金髪に髪を染め、耳にはピアス。着崩した制服にハダけた胸元にはネックレスと風紀委員としては見過ごせない風貌をした同級生が3人。私を見下しながら取り囲んできた。
「アンタ、元輝のカノジョなんでしょ? 釣り合ってねぇよ」
「だね。よく言えば清楚系だけど、ただの隠キャじゃん?」
「自分の立ち位置理解しろっての!」
威圧的に罵声を浴びせてくる彼女たちに、私は言葉の意味の理解すらできていなかった。
もときくん? 元木くんは同じ風紀委員で一緒に校内巡回しているけど、彼女? ただ一緒に巡回してるだけだよ? 確かに堂々とした振る舞いをできる元木くんと私じゃ釣り合わないと思うけど、元木くんってやっぱり人気だったんだ。
この時の考えは私の勘違いだった。でもそれは私が直感で本心を捉えられていたからこその考えだった。
「おい、延平ガールズ。ラブは構わねぇけど部外者にまで迷惑かけるなよ」
「「「げっ! 元木!」」」
「声揃えやがって、お前らホントに仲良しだな」
呆れ口調の信平くんはゆっくりと私の前に立つとおもむろにスマホを操作し出した。
「あ、カノちゃん?」
『モブ? いつも言ってんだろ。先輩に向かってカノちゃん呼びはやめろって!』
「そんなこと言って、真斗に言われたら喜ぶくせに」
『ばっ、ばっかやろ! デケー声で言うんじゃねぇよ!』
「あれ? ひょっとしてみんなにバレてないとでも?」
『……バレて、ないよな?』
「まあ、俺と白鷺くらいじゃないっすかね?」
『……1番バレたくないやつにバレてるじゃねぇかよ』
「そりゃライバルには敏感に———、って訳で3バカトリオが部外者に迷惑かけてまっせ?」
『どこだ?』
「1年生のフロアで、って切るのはええよ」
信平くんがスマホをしまうと、背後からドドドドと激しい足音が近づいてきた。
「げっ、宮地先輩!」
私を取り囲んでいた女子生徒たちが真っ青な顔になる。
「お前ら、次に元輝のことで問題起こしたらクビだって言ったよな? この状況とモブの証言。まあ、あとは見てたやつらから裏取ればわかるだろうから隠せるとは思わねぇけど、事情くらい聞いてやろうか?」
風紀委員として、彼女たち以上に取り締まらないといけなそうな金髪の女子生徒。状況からして信平くんが電話をしていた先輩のようだ。
「いや、ウチらは別に」
「まあいい。放課後部室で聞いてやるよ。それとモブ」
彼女たちに背を向けた先輩が信平くんと向き合うと素早く足を振り下ろした。
「ッと、あぶねー。暴力反対」
「いてぇだろ、避けんな!」
不意打ちの一撃を信平くんは何食わぬ顔で避け、煽るように抗議の声を上げる。
「んじゃ、後は花音先輩にお任せしますね」
「このっ! ……まあいい。報告サンキューな風紀委員。報酬として今日の買い出しは私とのデートって形にしてやろうか?」
小悪魔チックに微笑む先輩に信平くんは頬を引き攣らせた。
「そんな罰いらねぇし。チキってないで真斗誘えば?」
その言葉を聞いた美少女は見惚れるほどの微笑みを見せながら、一瞬で間合いを詰めるとコンパクトに左腕を振り向いた。
「ぐはっ!」
冗談っぽく膝から倒れる信平くん。
「はんっ! 鍛え方が足りねぇなモブ」
トドメにペシンと頭を叩いて先輩は姿を消した。
その後も信平くんは何度も私を助けてくれるんだけど、恩に着せるどころか私とは距離を取ろうとするばかり。
これまで出会ったどの男の子とも違う。特別扱いも恩着せがましいこともしない、ナチュラルな優しさ。
いつしか彼と一緒にいることを願う気持ちがあることに気づいた。
これが恋心だと。
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