くるがいクエスト
──さあ、覚悟しろ勇者どもよ!
この世界を支配しようと企む魔王、その配下たる四天王のひとりと遂に対峙する事となった。
炎の力を使いし火炎の王は誰よりも最速に行動を行い炎を撒き散らした。
圧倒的な火力、それが火炎の王が必ず行う最初の攻撃であると予測していた聖職者の“レミ”が、この戦いが始まる前に覚えたてた全体回復の呪文を唱えて、ダメージを負った味方を回復する。
続いて、素早さを活かして強烈な攻撃を繰り出す侍の“ツクヨ”の攻撃、火炎の王に強烈なダメージを与え、狩人の“エナ”が弓矢におけるトリプルショットを放ち着実にダメージを稼ぐ。
また次の攻撃に備えて術師の“アスク”が味方全体に火属性耐性をアップする魔法を、もっとも耐性の低いエナへと掛けた。
「これでいいんだよね?」
「──OKです、次からの攻撃はランダムですが、これで強烈な単体攻撃を受けても一発で落ちることは無くなりました。ただ後半となると火力が二倍以上の超強力な必殺攻撃をしてくるので、アスクのバフ掛けを決して忘れないでください」
「うん、分かった! ツクヨとエナはずっと同じ技を使うの?」
「エナは、ずっと3連打ちでいいですが、ツクヨはあと三回でMPが切れてしまうので、そうなったらアイテムでMPを回復してください」
「ああ! ツクヨが真っ赤になっちゃった!?」
「火傷です。侍の体力ですと事故が怖いので、アスクの時に火傷薬を使って直します」
「う、うん! 待っててねツクヨ! すぐに治すから!」
「……なにしてんの?」
訓練をする相手を見つけに、アルテミス女学園高等部寮へと来たルビーはリビングの方で何かと騒がしいやりとりを耳に入れた。
そうして覗けば『喜渡愛奈』と『雁水レミ』がテレビを見て、騒いでいた。
よくみればテレビにはゲーム機が繋がれており、愛奈の手にはコントローラーを握っている。
最近、東海道ペガサスたちの遊び相手として遊んだ事もあるので、それらがゲームだと知っているルビーは、なんだか珍しいわねと思わず見守る事とする。
「楽しそうでいいわね~」
ただゲームをやっているにしては、愛奈はあまりにも必死な様子で画面を食い入るように見ており、その隣でレミが余裕の無い様子でめちゃくちゃ早口で喋っている。
「──ルビー?」
「あら、咲也先輩じゃない、居たの?」
「あんたね……まあいいわ」
そんな愛奈たちを遠巻きに見守る先客がおり、レミの同級生である『篠木咲也』がソファに座っていて、ふたりを見守っていた。
正直な言動をするルビーと、自身の言動に悩まされる咲也との相性は正直言ってあまりよろしくない。
『街林調査』で一緒にもならなければ、話すような事はなかった。
「べつに長くとどまるつもりはないから、出ていかなくていいわよ」
「……私も、ただなんとなく居ただけだから」
「そっ、なおさら遠慮しなくていいわよ。じゃあ隣失礼するわね。先輩」
出ていこうとする咲也を止めたルビーは、咲也の隣へと座る。
咲也はぐっと喉から出そうになった言葉を抑えはしたものの、表情筋は間に合わなかった。嫌そうにする先輩にルビーはいつもの調子で楽しそうに笑う。
相手がどう思っているのか知ったこっちゃないが、ルビーの方は割りと、そんな咲也先輩の事を悪くないと思っていた。
「んで、あの2人はなんであんなにゲームに熱中しているの? それほど面白いやつなのかしら?」
愛奈とレミの側にはゲーム中に食べるつもりだった飲み物やスナック類が置かれているも、手を付けた様子は無い。
そんなに面白いなら、あとで自分もやってみようかしらとルビーは事の次第を咲也に尋ねる。
「……なんで私に聞くのよ……レミが図書館からとあるゲームを持ってきて、ちょうど非番だった愛奈先輩が話しかけてきて、ふたりでゲームをはじめたのよ」
「それで?」
「……あのゲーム、キャラを操作して魔王を倒すって内容なんだけど、そのキャラたちを自分で設定できるようなの」
「あー」
いわゆる王道のJRPGであるが、ルビーはやったことが無いのもあり、ストーリーには関心を寄せなかった。
ただ、操作キャラたちを自分で設定できるという話を聞いた時点でルビーは、なんとなく大体の事情を察した。
なにせさっきから愛奈たちは、聞き覚えのある名前を連呼しているのだから。
「……どっちが言ったかは私も分からないんだけど、せっかくだからって作るキャラを私たちに似せる事にしたみたいなの。最初はそっくりに作れたとか、実際の私たちとの共通点とか話して盛り上がっていたんだけど……」
「──あー“レミ”がー!! “レミ”がピンチになっちゃったよ! どうしようレミ!?」
「問題ありません、先ずは防御力が低いツクヨの体力を回復してください!」
「でも、次の攻撃でレミが死んじゃうかもしれないよ!?」
「私なので最悪いっかい死んでも構いません! そうなったらアスクのターンまで放置してください!!」
「そんなのダメだよ! レミも生きて!」
「いや本当に、嬉しいお言葉ですが、所詮ゲームなので本当に気にしないで……わかりました! ではエナの今ターンで上級回復薬を切ってください!」
「わかった……“切って”ってどうすればいいの?」
「使用するって意味です!」
「……キャラの一人が倒されちゃった時、愛奈先輩すごいショックを受けたみたいで……そっからクリアするまでに絶対倒されてはいけないゲームになっちゃったのよね」
ルビーと咲也、お互い画面の方を見ているので顔を合わせていないが、同じ呆れた顔をしていた。
その時の愛奈はゲームと分かっていながらも、目元から涙が滴り落ちてしまい、勧めてしまった手前レミは責任を感じて、なんとか昔の記憶を掘り出しながら自分の経験と知識をフル活用して攻略のアドバイスをしていた。
「……辞めたら?」
「私も言ったんだけどね。“でも魔王を倒さないと平和にならないんだよ!”……って愛奈先輩が熱くなっちゃったみたい……ああもう、頭痛いわ」
「大変ね~」
ルビーの至極真っ当な意見は、既に咲也が言っていた。
まだ短い付き合いであるが、誰にでも仲良く出来る先輩が妙な場面で意固地になることを知っているルビーは他人事。
「あっ! そんなっ! アスクがっ!?」
「ダメです! このままではレミたちは全滅してしまいます!!」
「私のっ……せいでっ!!」
「いえ、判断ミスをした私のせいです……この責任は絶対に取ります、だから今はっ、この戦いに終止符を打ちます……!」
「……わかった、アスク、お願い私たちの戦いを見守っていてね!」
「ちょっとっ!? 誤解を招くような事を大声で喋らないでよ!? 誰かに聞かれたらどうするの!」
さすがにあらぬ混乱を起こしかねないとして咲也は声を上げて抗議する。
そんな中でルビーはリビングの出入り口を見て、ちょっと遅かったわねと。とんでもない顔で、こちらを見ている高等部一年勢、そしてえぇ俺ぇ!? という感じで驚いているように見えないこともないアスク本人に、ルビーは堪えきれずに腹の底から笑い声を上げた。
──それから愛奈はクリアするまでゲームをやりつづけ、魔王を倒したときは心から喜び、レミは安堵した表情で真っ白になった。
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