アイドル・ドリーム・ステージ 4




 歓迎会を行なうと決めてから、それなりの時間が経過した。他のタスクに差し支えるとしてあまり長くなく、さりとて余裕があるくらいには設けた準備期間であったが、予定に無かった追加の仕事、進まない作業などから残り日数が半分以下となった現在、軽い修羅場へと陥っていた。


「──ハ、ハルナ。本当にこれって必要な事なの?」

「必要です。はーい、先輩もうちょっと前屈みになって……そうです! それでニコって笑ってくださーい!」


 歓迎会の場でアイドルとなってステージライブを行なう事となった高等部三年『喜渡きわたり愛奈えな』は、“白い水着”姿で指示通りに笑顔を浮かべ、カメラを構える赤系の髪をショートツインにしている中等部二年『戌成いぬなりハルナ』に向かって慣れないポージングを行なう。


 現在、愛奈とハルナが行なっているのはENAの写真集撮影であった。ライブには直接関係無いものであり、当初は予定になかったものであるが、ハルナと同級生であり、同じ寮部屋に住み、そして頼れる親友である『夏相なつあい申姫しんき』の要望によって実現した。


 物事に滅多に興味を示さず常に無表情で、冷徹な思考をしている申姫であるが、彼女は愛奈先輩に関してだけは感情が発生して、積極的に欲を表に出す。愛奈がアイドルになったのも彼女のお願いからである。


 ──愛奈は後輩の願いを可能な限りなんでも叶えたいとして、ハルナは滅多に我が儘を言わない親友に応えたいとして、アイドルENAのグッズを発売する事となったのが事のあらましだった。


「うん、やっぱり白のキーホール系を選んで良かった。それと場所を移動して正解だったわね!」


 デジカメで撮った愛奈の写真をチェックするハルナはご機嫌となる。ハルナは高等部区画のプールでは侘しい写真しか撮れないとして中等部ペガサスたちが居ないのを見はからい、夏限定で使用可能となる『生活区画エリア』のプール施設へと来ていた。


 生活エリアのガラスの壁と天井を突き抜けた日光は、白い水着によって清楚感を引き立たせながらも、最年長である愛奈が持つ大人びた魅力を演出する。


 ハルナは最悪CG合成になるかなと思って居ただけに、このように夏の日差しで季節感溢れる自然な写真を撮れたことで、移動は正解だったと自分の判断を誇りに思う。


「でも本当に良いのかな? 中等部の子が入ってこないか心配だよ」

「対策はばっちりしているので、あんまり心配しないでください。本日は出入り禁止の張り紙も貼りましたし、この施設への出入り口は鍵を掛けました。それに何かあったさいにはAエーが連絡を入れてくれるようになっています……はーい、ポーズ変えてくださーい!」


 ──ルビーとハジメたちと同じく『アイアンホース』であるAエーは、プール施設に居るんだからという理由で麦わら帽子とワンピース水着姿となって、ただ言われたままにロビーの椅子に座り、出口を見張っていた。損な役回りに見えるが、クーラーボックスから取り出したアイスを堪能しながら、ぼーっと過ごす時間は本人にとっては割と至福であった。


「……『ペガサス』になってまで、アイドルプロデューサーの真似事をやるなんてね」


 カメラのシャッターを切って、写真を確認して、別のポーズを愛奈に要求して、またカメラを構えるというのを何度か繰り返す中で思わず呟いた。


 いまハルナがやっていることはカメラマンであるが、今回の歓迎会においてハルナは恐らく業界初となるペガサスアイドル“ENA”の統括プロデューサーを担当する事となった。主な仕事は言ってしまえばライブに関するもの全般の調整兼雑用役である。


 理由は居たってシンプルであり、ハルナは東京地区に居た頃、まだ小学生だった時に大人に交じってアイドルのプロデュースを行なった経験があったからだ。いまカメラマンとして愛奈の写真を撮っているのも、アイドルの撮影現場で実際のプロの仕事を見た自分がやるべきだからと判断したからである。


 ──シャッター音が鳴る度に天才小学生アイドルであり、自分の双子の“妹”であった『戌成いぬなり春空はるあ』との思い出を脳内に映し出していく。


「……愛奈先輩、もっと自然に笑ってくださーい! 視線をこっちに向けて……はい、いいですよ!楽にしてください!」

「ふぅ……どう? うまく出来てたかな?」

「うーん、いいですけど、ちょっと足りない気がしますね」


 ハルナの指導の甲斐あって愛奈の写真はポーズも笑みも自然な感じで撮れている。十分と言えば十分、ハルナだって真似事をしているだけの素人、どこかで妥協は必要であるのは承知であるが、プロの仕事を身近で見ていた身として、もう少し納得のいくものを撮りたかった。


「でも、最初にしては凄く、できてます!」

「ハルナが声かけしてくれたからだよ。ありがとう」

「……べ、別にそんなことないですし! まだまだ腕が八本ぐらい未熟なんだからね!!」

「ふふっ……」


 愛奈の褒め言葉に、ハルナはいつものように感情が上がってしまい、ツンデレ紛いな発言をしてしまう。再会を果たして数日。心の整理をつけて前と同じように接してくれるハルナが、愛奈は心から嬉しかった。


「──ママー!」


 流れるプールから聞こえてきた母を呼ぶ声に、愛奈は反応して手を振った。


「茉日瑠! アスクー!」


 ──流れるプールで、大きめのゴムボートに乗って一周してきたのは長いクリーム色の髪を持ち、成人体を余すことなく魅せた暖色系のビキニを着る高等部一年『縷々川るるかわ茉日瑠まひる』と、特注の大きな青色のトランクスパンツを履いているアスクヒドラであった。


愛奈ママ、パパがすっごいんだよ、見ててー!!」


 ゴムボートに巨体を仰向けにして寝転ぶように乗り込んでいるアスクが、蛇筒を四本ほどプールの中に入れると、ただの飲む事が出来る水を勢いよく放出させた。


「はや────い!!」


 放水エンジンによってゴムボートは勢いよく加速し、S字カーブへと到達すると、アスクは放出している水の勢いを巧みに調整、華麗なドリフトによってカーブを曲がり切る。とても楽しそうな茉日瑠のはしゃぐ声が遠くに行ったかと思えば、すぐに1周して戻ってきた。


「ママも一緒にあそぼ──よ─────!」

「うん、撮影が終わったら一緒に遊ぼう!」


 愛奈の近くまで来ると、アスクは会話がしやすいようにと前に向かって水を放出し速度を緩めて、茉日瑠共々手を上げた。


「アスクも後でねー!」

「……!」


 手を振り返す愛奈の表情を見たハルナは、咄嗟にカメラを構えてシャッターを切った。そしてデジカメの小さな画面に映る愛奈先輩の顔を確認すると、慈しみを感じる大人びた、それでいて誰かに甘え足りない子供っぽさが混じり合った綺麗な笑顔をしていた。


「……ここが東京地区だったらボツレベルの傑作ね」


 アスクに見せる愛奈の笑顔の写真。もしも愛奈が本当に東京地区で活躍するアイドルだったら、ファンたちから、その笑顔を向けた相手を察知されそうという理由で採用を見送られていたかもしれないと苦笑する。


 とはいえ、ここはアルテミス女学園、細かいことを気にせず、アイドルENAだけではなく、自分たちの先輩ペガサスである『喜渡愛奈』の魅力が詰まった写真集にするべきだと、ハルナの判断は速かった。


「愛奈先輩、キャッチです!」

「わっと? ……ビーチボール?」

「それで、アスクと茉日瑠先輩と遊んできてください! その様子を撮影します」

「え? えっと……うん、わかったよ。じゃあ行ってくるね!」


 事情は把握しきれていないが、アイドルプロデューサーとなったハルナの指示には従うと最初から決めており、また本音ではアスクたちと少しでも早く遊びたいという欲求もあって、ビーチボールを受け取った愛奈はもう1周してきたアスクたちを誘って普通のプールへと向かった。


「それじゃあ、行くよ! まずはアスクから!」

「パパ! こっちこっち!! ……ママ!」

「いいよ、茉日瑠! 上手だね!!」


 足が浸かるほどの高さしかないプールで、愛奈、茉日瑠、アスクの3名はビーチボールを使って遊びだした。単にボールをトスしあうだけでの行為であるが、愛奈は心から楽しそうで、そんな先輩をハルナは撮っていく。


「──うん、良い感じ!」


 ハルナは、しばらくすると今度は撮影用にと念のために用意した水鉄砲を愛奈たちに渡した。


「きゃー! やったなー!」

「あははっ! 当たらないよってきゃっ!? あ、もー、アスクそれはズルいよ!」


 撃っても相手を傷付ける事のない水の弾丸に、愛奈と茉日瑠は遠慮無く相手に当てていく、アスクも負けじと応戦するが、身軽な2名の『ペガサス』に避けられ続け、それに業を煮やしたのか蛇筒八本を全て展開すると、愛奈と茉日瑠に向かって一斉放水を行なう。


 圧倒的な物量で対抗してきたアスクに、少し困ったように文句を言う愛奈であるが笑顔が途切れることはなく、水が滴りいい感じとなっている彼女を、ハルナもまた撮る事が楽しくなって激写していく。


「──良い写真ですね」

「はい……わっ──わっ!?」


 写真を確認しているタイミングで、横から覗きこんで声を掛けてきた先輩ペガサス高等部三年、『久佐薙くさなぎ月世つくよ』に、ハルナは二度見して驚く。


 成人体の茉日瑠に比べれば、年相応の体付きの月世であるが、黒系のクリスクロスと呼ばれるタイプのビキニにビーチスカートを着た姿は、妖艶な魅力を醸し出している。


「現像したら、是非とも頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」

「……それは、もちろん、というか完成品は無料で配るので、そのときに……」

「ありがとうございます! ですが、これだけ良いものを無料で頂くというのは忍びないですね。かといってお金は有りませんし……困りました」

「いやほんと、無料配付品なので、お金貰うほうが困る系なので……」


 実のところ月世は、愛奈の撮影会に同行していた。誰も誘った記憶は無いのだが気がつけば付いてきていた。それから遠目で撮影を眺めていたのだが、その容姿を眺める月世の恍惚な表情を一度見たハルナは、それ以降見ない振りをしていた。


「ああ、それと、ため口で結構ですよ。わたくしも貴女とは仲良くなりたいと思っていますので」

「……分かったわよ。といっても先輩なのは変わりないんだから、ちょっと言葉使いをフランクにするだけだからね!」

「ふふっ、ええ、構いませんよ」


 ──“ため口で話して”なんて要望は、“敬語で話してください”と何が違うのか? 先輩である月世のお願いを聞いたハルナは、そんな事を思って、わざわざ態度に関して意思表示を示した。


「ああ……それにしても本当に素晴らしい。流石の着眼点です」

「あ、ありがとう……ございます」


 自分の撮った愛奈の写真を絶賛する月世。いつものハルナであったら一気に恥ずかしくなってツンデレってしまうのだが、この先輩からは業界の化け物たちと同じ臭いがぷんぷんするためか、油断できるはずがないと緊張感が保てて平静に対応できた。


「そんなに緊張しないでください、すでに“一緒に戦った仲”ではありませんか」

「……月世先輩とは、まだ一緒に戦った記憶は無いです、大規模侵攻でも……そうですよね?」


 ──大規模侵攻二日目、『勉強会』から離れて猫都グループへと移動した亜寅あとら丑錬うしねが消息不明となり、その探索に兎歌と申姫を送り出した後、ハルナたちの前に仮面を被った正体不明の『ペガサス』が現われた。


 昨年見かけた事がある黒髪を靡かせる仮面のペガサスは、明らかに専用である大太刀型ALISを持ち『叢雲むらくも』を名乗り、ハルナたちの味方をして『プレデター』を掃討したあと語り出した。


 ──これから『ギアルス』と呼ぶ、凶悪な『プレデター』がやってきます。普通に戦うのはかなり骨が折れる相手でして。ですのでどうか、其処に居る『ペガサス』の〈魔眼〉をもって滅して欲しいのです。


 そう言って、黒髪の叢雲ペガサスは中等部一年、『祝通はふりどおり可辰かしん』を指名した。彼女の魔眼は〈鬼亡きぼう〉。対象を中心から球体状に5メートル消失させると言ったものだ。発動できれば確殺できる強力な能力であるが、活性化率の上昇値が“極高”である事、発動から発現に至るまでに長いタイムラグが存在し、その間も活性化率は上がり途中で中断すると最初から発動しなおさなければならないとデメリットも多くある。


 つまり、黒髪の叢雲ペガサスの要求は可辰の活性化率が大幅に上がることを承知で、〈鬼亡きぼう〉を使用して、やってくる『ギアルス・ティラノ』を滅っしろというものだった。それを聞いた“血清”の事を知らないハルナは前に出て、ふざけないでと声を張り上げた。


 例え、それが正しい事だったとしても、私が居る限り無闇に後輩の寿命を削らせない。感情的になったハルナは黒髪の叢雲ペガサスの要望を正面から激昂した。とある日、夢であった筈のアイドルになれたのに、無茶なスケジュールを与えられて疲れたと涙を流す妹を守る為に、大人たちを説得した時と同じように。


 ──では、貴女に体を張ってもらいましょうか。


 そのひと言を始まりに、可辰の事をあっさりと諦めた黒髪の叢雲ペガサスは、次にハルナ自身を指名。彼女のみを前に立たせて『ギアルス・ティラノ』を倒させた。これによってハルナは中等部ペガサスたちに一目置かれるようになり、気がつけば持ち前の世話焼きとプロデューサー能力によって中等部ペガサス全体の相談役的な立場となった。


「──理由は分かりませんし、聞こうとも思いません。あの『叢雲』と名乗ったペガサスは、月世先輩ではない…………そういうことでしょ?」


 それが大規模侵攻で起きたハルナの出来事。黒髪の叢雲ペガサスの正体も、彼女の本命が自分に『ギアルス・ティラノ』を倒させる事というのも気付いて居るが、ハルナはどれだけあからさまであろうとも、目の前の月世先輩とは全く無関係の存在として扱う。


 『叢雲』が、大人たちを欺くために高等部ペガサスが考え出した架空組織だと愛奈から教えて貰った時、ハルナは“黒髪の叢雲ペガサス”の正体や、活動に関して絶対に触れないようにすると決めていた。


 コントロールできないほど暴走してしまう感情を持っているのとは裏腹に、ハルナは勉強家で理知的な子である。妹のために芸能界に足を踏み入れた彼女は、踏み込まない事の大事さを知っていた。


「──そうですね。勘違いしていました。ごめんなさい」


 そんなハルナの対応に月世は、やはり素晴らしい後輩だと内心で絶賛しながら謝罪をもって話を終わらせた。


「……でも、ひとつだけ教えてください」

「なんなりと」

「──亜寅と丑錬が、ああなったのは貴女の所為ですか?」


 ハルナは確信を持って睨み付けた。月世は笑みを絶やさず、優しさすら感じる瞳で真っ直ぐに見つめ返す。


「それに関しては少々答えるのが難しい話でして、是非を語るだけならひと言で済みますが、それでよろしいでしょうか?」

「……結構です」

「分かりました。ですが、これだけは信じてください。わたくしにとっても貴女たち『勉強会』は愛奈が想うに等しく、大事に思っています」

「……私、貴女のような大人を見たこと有ります。あくまでバラエティの話ですけど好きだからこそ酷いところを見たいとか、したいって人を沢山! ……私の大切な後輩を苛めたら許さないんだから!!」


 どんなに理不尽を叩き付けられたとしても、大事なものだけは絶対に守ってみせるという強い意思をもって宣言する後輩に、月世は思わず声を出して笑ってしまう。


「ふふ……ごめんなさい笑うつもりは無かったんです。ただ、誰にも似ていない筈なのに、なんだか彼女たちを思い出しました」

「か、彼女たち……?」

「既に“卒業”してしまった高等部からの同級生たちです……そうですか、愛奈もだから貴女たちに救われたのですね」


 ──そう語った月世の笑みは穏やかなのに末恐ろしくて、全く別物である筈なのに自分が慕う先輩の笑顔と被った。


「ご安心ください。わたくしは現在の中等部に何かするつもりはありません……“わたくしは”ですが」

「……それって……」

「兎歌たち“共々”、どうか先輩として傍に寄り添ってあげてください。お願いしますね、戌成ハルナ」


 それではと言い愛奈たちの元へと向かう月世。ひとりとなったハルナの頭の中には『勉強会』の八名の顔が浮かび上がるが、いま自分が考えることはイベントを成功させる事だと頭を切り替えて、再びカメラを構え直した。


 +++


「愛奈先輩? お昼は食べないんですか?」

「え? あうん、今日はこれで良いかなって」


 お昼を大分過ぎてしまった事に気付いたハルナは休憩をとった、別に狙ったわけではないが、愛奈と二人っきりでプラスチック製の椅子に座り昼食を摂る事となる。


 しかし、愛奈は炭酸ジュース一本だけ買って、軽食すらたべようとはせず、事情を知らないハルナは疑問に思ったが、そういえば愛奈先輩、あまり食べるひとでは無かったわねと独りでに納得する。


「食べられないものが無いわけじゃないけど、流石に申し訳ないし……」

「……?」

「な、なんでもないよー」


 ちなみに“卒業”扱いされている愛奈の電子マネーは停止しており、ペットボトル飲料はAエーと一緒にアイスとか買ってくださいと、高等部一年後輩である『蝶番ちょうつがい野花のはな』に渡された、予備発行した電子マネーカードで購入したものだ。


 なお、愛奈先輩に渡したら絶対気を使うと予測していた野花が予備の電子マネーカードを渡した相手はアスクであり、彼が自販機で買ったジュースを渡されて察した愛奈は、自分が食べられるものとなれば割高な物ばかりというのもあって、節約の観点から軽食は断わった。


「──これからの撮影はこんな感じで、今日は15時からは最初のステージ合わせを行ないます。夕食時には全員の進捗を確認して、予定通りに進んでいれば使用する曲のチェックも行ないましょう」


 休憩と言っても、歓迎会までの時間が結構ギリギリともあって、愛奈とハルナの会話内容は休憩が終わってからの予定についてだった。


「また、そこから深夜まで振り付けの練習をしたいと……愛奈先輩?」


『ペガサス』だからこそ成り立つ過密スケジュールの確認をとっていくと、愛奈は上の空となって、どこか遠い所を見つめていた。


 ハルナがこの状態の愛奈を見るのは初めてではなく、その理由も本人から聞いているため様子を見守る事に徹する。


「……ハルナ。私のライブ、“みんな”来てくれるかな?」


 『歓迎会』はアルテミス女学園高等部に関わる『ペガサス』たち全員が集まる予定である。よって愛奈のいう“みんな”とは来るかどうか分からない、兎歌、亜寅、丑錬の中等部一年ペガサスたちを指している。


 ハルナは、チラシを渡した時のことを思い出す。兎歌は強引に渡せたが、数日経っても返事らしいものは聞いていない。丑錬に至っては無理矢理連れて行く事はできるが、それが解決になるとは思えず、亜寅に至っては完全に拒絶されている状態である。


「来ます。絶対に来ます。というか来させますんで、愛奈先輩はアイドル“ENA”として、ライブを成功させる事を考えてください! それが今やれる中で一番のことなんですから!」

「──うん、ありがとう」


 だからといって、放っておくつもりは毛頭無いとハルナは根拠の無い自信を愛奈に見せつけて、はっきりと断言する。これによって愛奈は悩むことはあれど、いま自分のするべきことを横道逸れずに真っ直ぐと行なえていた。


「そういえば、ハルナは何頼んだの?」

「一番安いジャンクですよ、なんだか無性に食べたくなる時があるので頼んじゃいました」


 ハルナが注文したものが運搬用AI機器によって運ばれてくる、お手頃価格の合成ミートで作られたジャンボフランクフルトである。それにハルナは、一緒に持ってこられたケチャップを掛けまくる。


「すごいケチャップ掛けるんだね、美味しいの?」

「本体が値段相応の味で……同級生に教えられてからは、こうやって食べてますね」

「そういえば、けっこう皆も、ケチャップとかマスタードたっぷり掛けて食べてたね。そういった理由だったんだ……」

「といってもこんな食べ方、学園に来る前だったら……あ、もう……」


 真っ赤に染まったフランクフルトの棒を持って、口に運んでいる最中に掛かりすぎていたケチャップが垂れてしまい、ハルナの水着と太股に付いてしまう。


「皿ごと口に近づければよかった……」

「拭くもの取ってこようか?」

「別にいいですよ。水着ですし」


 ここに居るのは気心の知れた先輩だけだと、ハルナは、はしたないのを承知でフランクフルトを小さな口で食べたあと、形が変わった事で再び垂れそうになるケチャップを今度は舐めとる。咀嚼している間に空いている片手で、水着と肌に浮いているケチャップを掬った指を吸っていると、横からタオルを持った金属の腕が伸びてきた。


「え? あ……ど、どうも……?」

「これで拭いてって」

「あ、そうですよね。タオルですし……ありがとうございます」


 人間らしい理由を最初に思い浮かべる事が出来なかった自分を恥じつつ、貰ったタオルでケチャップを拭いて体を綺麗にする。


 プールから出たアスクは、雰囲気を作っているのかトランクスタイプの水着だけではなく、『街林がいりん』に咲いていた花で東海道ペガサスが自作したらしい、花輪レイを首からぶら下げていた。また、アスクは遊び足りないのか、何故か有るサーフボードを脇に抱えていた。


「その板って……たしか波乗りするためのだったっけ?」

「波乗り?」

「海って波打ってるのは知ってますよね? それに乗ってするスポーツがあるんです」

「へー」


 といっても今の時代、人間が海に近づける場所は酷く限られており、移動もままならない。東京地区では波を発生させるサーフィンを行なえるリゾート施設で行なうものだが、流石のアルテミス女学園には無かった筈なので、ハルナはどこでやるつもりなのかと疑問に思った。


「……ああ、なるほど、蛇筒それで波を作るのね」


 アスクが指を向けたのは、この施設の中で最も面積が広く、最も深いが波も無ければ、流れてもいない普通のプールであった。先ほどの茉日瑠と乗っていたビーチボートの加速を思い出したハルナが何気なく答えを口にすると、アスクは親指を立てて肯定し、そのままプールの方へと移動していた。


「……アスクさんって、本当に人間ではないんですよね?」

「あはは、うん、本人がいうには人から『プレデター』になったわけでもないみたい」


 アスクヒドラとハルナたち『勉強会』に属する『ペガサス』との初対面は、愛奈との再会の時であった。月世に騙されて、天井にて張り付いていたアスクが耐えきれずに落下、色合いからゴキ●リ型プレデターの強襲だと勘違いした事による阿鼻叫喚からの、愛奈先輩に止められる十数秒のあいだ素手と素足で応戦と、混沌極まりないものであった。


 それから数日間、アスクの事を愛奈たちから話を聞いて、実際に様子を見るなどしっかりと“勉強”したハルナは、あまりに人間臭い彼に警戒するのも馬鹿らしくなって、ひとりの大人のように接するようになった。


 ──あれ、そういえばアスクさんって性別、男女どっちなんだろう? 愛奈先輩の接し方的に異性なのかな?


「…………!」


 そう考えたら、自分の雑なところが見られたのが凄く恥ずかしくなって、一瞬にして感情が沸騰する。


「え? 顔真っ赤だけどどうしたの!?」

「な、なんでもない……本当になんでもないんだからね!!」

「そう……あ、えっと、アスクはそんなの気にしないから、むしろ可愛いと思ってくれていたかも!」

「それはそれで、問題なのよ!」


 察しのいい先輩を持つと、こういうときに苦労するんだなとハルナは新たに学びを得た。



 +++



「あー、パパったら、また新しい遊びしてるー。ずるーい」


 体を横にできるビーチチェアにて、中等部の出来事を切っ掛けに心を5歳へと退行させた茉日瑠は、自力サーフィンを行なっているアスクを見て、ずるいと頬を膨らませた。


 そうやって見てると、最初こそは上手く行っていたが、途中で放出の調整に失敗したアスクはド派手にサーフボートから投げ出されて水中に没し、それを茉日瑠は無邪気に笑う。


「あはは! パパだいじょうぶー!?」

「──貴女のお父さんは、頑丈ですから問題ないですよ」


 そんな茉日瑠に近づきてきたのは、タブレットを手に持つ月世であった。


「ぶー! 月世あっちいけー!」

「そう悲しいこと言わないでくださいよ。本家と分家の違いがあるとはいえ、どこかで血が繋がっているもの同士、仲良くやりましょう?」

「ぶー! ぶー!!」


 茉日瑠は子供っぽく月世を拒絶するが、そんなのお構いなしに月世は茉日瑠へとタブレットを渡す。


「──この数日間に於ける『東海道ペガサス』たちの事を纏めたものです」

「…………」

「頭が痛くなるようでしたら、すぐに中止してくださいね」

「……んっ!」

「ふむ、なるほど……流石ですね」


 不機嫌にしながらも茉日瑠はタブレットを手に取って、ざっと見ただけで内容を全て把握する。中に書かれていたのは『東海道ペガサス』に関する全体情報であり、茉日瑠は気になった箇所を見つけるとペンタブで思ったことを書き込んでいく、それは子供の感想にしか見えないものであったが、内容を読み取った月世からすれば揶揄いの余地のない理に適っている修正案であった。


「助かります。わたくしは他者に対して少々遊びすぎてしまうので、貴女がいてよかったと心から思います」

「……」

「やはり、『東海道ペガサス』たちのような細々こまごまとして絶やすことができない仕事は、縷々川家に任せるに限りますね」

「……んー!」


 子供のままに拒絶の意思を示す茉日瑠に、月世は楽しそうに薄ら微笑む。


 ──アルテミス女学園へとやってきた二十二名の東海道ペガサスの扱い方について表だって提案をしたのは月世であったが、その殆どが茉日瑠が考案したものであった。これを知るものは、その場に居たアスクだけであり、『ペガサス』たちには伏せられている。


 わざわざ月世を挟む理由は、効率の観点からすれば無駄としか言えないが、このプロセスが茉日瑠の才能を発揮するために必要であった。


「──捨てた“責任”を再び拾わなくても構いません。元より縷々川家とはそういう分家ですし……ですのでどうか細々と、変わらずに皆を助けてくださいね」

「久佐薙きらい!」

「ふふっ、そうですね。わたくしも嫌いです……それでは、この修正の件を野花へとご報告に行ってきますね」


 先んじて帰って行った月世に、茉日瑠はアッカンベーと舌を出して、かき乱された心をリセットするために、未だに水没しているアスクが居るプールへと走って飛び込んだ。



――――――――――


( ー)<水没しちゃった、これで02と一緒、水の中だね。


02<感想→キレそう


( ー)<ごめんて……ゼロヨン、やっぱり見つからないっぽい?


04<視認できず、臭いによる痕跡も発見できず。完全に消失状態である。


( ー)<プテラの索敵からも逃れてるって相当だよね……歓迎会の事もあるし、できれば俺たちだけですませたいけど……。


04<自身は独立種と思われるカマキリ型プレデターの発見を最優先とする。


02<勧告→なんども言うがプテラは間違っても外に出るな。


( Ⅲ)<分かっています。


( ー)<流石に立て続けに二度三度はね……というわけで04、まかせ──うわゼロヨン! 上からたいへん可愛い娘が!?


04<知らん。


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