第42話


 高等部一年『縷々川るるかわ茉日瑠まひる』の指示によって、レミが場から離れてからも、真嘉たち高等部二年ペガサス四名は、『プレデター』の群れ、および首長竜のギアルスの猛攻に耐えていた。


 首長竜のギアルスが放射する粒子光線によって変わる地形に苦慮しながら、足を止めることなく『プレデター』の数を減らしていく、それでも対応しきれずに群れが第一防衛ラインを超えてしまう。真嘉は悔しくなる、到らないと嘆く、情けなくて仕方が無くなる。しかしそれらの渦巻く感情も含めて耐え続ける。


 同級生である『篠木ささき咲也さや』と『穂紫ほむら香火かび』も『プレデター』を相手どっていく、変わらない光景、しかし右往左往していたさっきまでとは違い、とりあえず目標が生まれた事で彼女たちから焦りは消えていた。


「──そこっ! 真嘉から百メートル東側! また上がってくるわよ!」


 咲也の発見率は次第に精度が上がっており、足場が雑草に隠れながらも僅かに浮き出た黒い染みを見つけて、報告を挙げる。


≪──来タヨ≫


 首長竜のギアルスが、咲也の示した地面から首を伸ばすと、脈絡がなく唐突で、だけど予定通りの人工音声による反撃の合図が発せられる。


 ──遠くのほうから発砲音が響いた。口から粒子光線を放とうとした首長竜のギアルスは攻撃を中断して口を閉じた。


「……当たった? …… ……当たったんだな!?」


 ──処理速度を超える圧倒的な質量攻撃、あるいは速度が乗った攻撃であれば擦り抜ける事はない、茉日瑠の提示した首長竜のギアルスの〈固有性質スペシャル〉、その仕様弱点予想は、本当であったことが証明された。


 目に見えるものではなかったが、首長竜のギアルスが初めて見せる攻撃を中断する挙動に、真嘉は音速で飛来したライフル弾が“当たった”のだと確信を得る。すると真嘉は今までの鬱憤を晴らすかのように、聞こえるかどうかわからずとも、遠くに居るであろう援軍に向けて高らかに叫んだ。


「頼むぜ! ハジメ、ルビー!!」


 +++


「──命中不明、効果不明、でも攻撃を中断して潜るあたり、当たってはいるのかしら?」

「この距離と風向き、そしてあれだけでかい的なら外れていることはないでしょう」

「効いてないだけってのも問題だと思うけどね、急所じゃなくていいから、分かりやすいところ狙って」

「なら、首C部位周辺を狙います」


 真嘉たちがいる場所から数百メートル離れた地点にて、ハジメは片膝立ちの姿勢にて、己のマークスマンライフル型ALIS【KG9-MR/ナイン】で、首長竜のギアルスを“再び”狙撃する。


「二発目、──命中確認、確かに当たってはいるみたいね」


 ルビーは、ハジメから借りたスコープを覗いて観測主スポッターをしており、今度は指定された部分からライフル弾によるものだと思われる出血を確認、弾は命中していると確証を得る。


「対象は地中に潜伏……頭に当たっても溶ける様子はないわね? 擦り抜けるだけじゃなくて実体も頑丈ってこと?」

≪──命中ハシタ、ソノ後弾速ガ急減衰シ、透過ガ発生シタ≫

「はぁ? じゃあなに、脳に弾丸が届く前にすり抜けちゃってるってわけ?」


 人工音声によって届けられた茉日瑠の考察に、ルビーは苦い顔をする。


 事実、【KG9-MR/ナイン】から放たれた狙撃用ライフル弾は首長竜のギアルスの頭部に命中していた。しかし、肉体を貫通している途中、一定以下の速度にまで減衰する事で、〈固有性質スペシャル〉の効果対象となり、急所に届く前にすり抜けてしまっていた。


「シビア過ぎるわよ、めんどくさいわね……まあ銃が効くならやりようは幾らでもあるわ」

「はい、前衛フロントにおいて脳天に風穴を開けます」

「とりあえず最初は散弾で具合を見るわ。ぐるっと回って撃っていくから気を付けて」

「銃口は常に真上を向いていると思うので問題ないと思います」


 首長竜のギアルスにダメージを与えるために、とにかく弾速が必要であるならば距離減衰を意識して近距離で戦うべきだと、ハジメは真嘉たちのほうに居る『プレデター』に対して狙撃支援を行ないながら、対首長竜のギアルス用のプランをルビーと立てていく。


「まだあっちに留まると思う?」

「いや、攻撃を当てたんだ、こちらに来るだろう」

「あっそ、ならあんたも、そろそろ立ったら?」

「分かってる──こちら『アイアンホース』のハジメ、これより対ギアルス戦に移行するため、支援はできなくなります、どうぞ」

≪分かった! ありがとう、そっちも気を付けてくれ!!≫


 弾倉マガジン再装填リロードしたハジメは、真嘉たちに支援狙撃を終了することを伝えると、【KG9-MR/ナイン】の付属装備アタッチメントを前衛用へと切り替えて立ち上がった。


「ほら、いまの内にスコープ返すわ、ありがとね」

「ああ……」

「…………」

「…………ルビー」

「なによ、戦闘中よ」


 首長竜のギアルス待ちとなり、妙な間が生まれてしまった事で、ハジメはルビーに話しかけた。


「その……さっきは銃を向けてすいません」

「謝るぐらいなら全部説明してほしいのよ」

「う……」


 ハジメは、先ほど高等部三年『久佐薙くさなぎ月世つくよ』と居たとき、ピストル型ALISの銃口を向けたことを謝罪するが、返ってきた至極真っ当な正論にたじろぐ。


「別にいいわよ、ルビーも向けたしお相子、それ以外に言えないってなら、戦いに集中して」

「……了解」


 秘密を話すわけにも行かず、ルビーの言葉が正しいとハジメは大人しく従う。しかし、このまま大規模侵攻が終わってしまえば、ルビーがどうなるのか、それを考えると気が気ではなかった。


 ──ルビーは自分とは違いアルテミス女学園高等部の仲間にはなっていない。そんな彼女が大規模侵攻を生き残れたとしても、その先に希望なんてない。それが、どうしても許容しきれなかった。だからこそ残された時間の中で、自分なりに足掻きたかった。彼女は長年戦ってきた戦友である。自分の選択が最初から彼女に対する裏切り行為であったとしても、彼女を助ける行為がアルテミス女学園ペガサスたちに対する裏切り行為に当たるものだったとしても、やっぱり何もせずに見捨てるのは出来なかった。


「……そんなに心配しなくても、後で根掘り葉掘り全部聞いてあげるわよ」

「ルビー……、こっちを見てくれ」

「ああもう、めんどくさいのよ!」


 キレながらも、きちんとこちらを見てくれるルビーに、ハジメは何も言わず、己の下瞼をトントンと指で叩いた。


「もしもの時は躊躇わずに使います。知っているとは思いますが“突然の視界変化”に気をつけてください」

「あんた……」

「……お土産のことは忘れてください……あとで話しましょう。大規模侵攻が終わりを迎える前に、納得のいくまで」


 残された時間の中で、ルビーをなんとしてでも説得して、こちら側に引き込む。いつもどおりの計画らしいものもない感情的な決断であったが、考えて考えて綱を渡るよりかは、自分らしく、失敗ができないなら、こちらのほうがいいと腹を括った。


「……嫌と言っても聞かないんでしょ」

「そうですね。意地でも会話してもらいます」

「あっそう、なら、さっさと片付けるわよ……戦闘」

「開始!」


 事前に聞いていたとおりに、地面に黒い染みが現れたことで、ハジメとルビーは、その場から離れる。


「頭部を狙います!」

「食らいなさい!」


 首長竜のギアルスの首が地中から伸び切るのを見計らって、できるだけ近い距離で発砲。ルビーの【KG4-SG/T3フォーティースリー】からは散弾が、ハジメの【KG9-MR/ナイン】から狙撃用のライフル弾が、八メートルほど上空の首長竜のギアルスの頭部目掛けて放たれた。


「──命中! 出血確認!」

「こっちも当たったわ!」


 弾丸は音速へと到り、〈固有性質スペシャル〉の首長竜のギアルスの頭部周辺へと“命中”した。生まれた弾痕からは、大型種特有のオイルのような血が噴き出しており、はっきりとダメージを与えられた事を視認する。


「だが生きてる!」

「そんで逃げるわよ!」


 最終的には弾切れになるまで撃ったものの、首長竜のギアルスは死んで液体化する様子はなく、なにもせずに再び首を地中に引っ込めた。


「嫌がっているところを見るに、効いてはいるみたいね」

「しかし、芯には届いてはいないのか?」

「透過能力に備えて、見た目通り固くて分厚いってわけ? とことんふざけた奴ね」


 『アイアンホース』の耳を頼りに、ハジメたちは離れながらも首長竜のギアルスについて話し合う。弾丸は当たる、ダメージも入っている。しかし殺せる気がしないと、愚痴を呟きながらルビーは【KG4-SG/T3フォーティースリー】の筒弾倉チューブラーマガジン内に単発スラッグ弾を込める。


「考え込んでいるみたいだけど、どうしたの?」

「……銃撃効果に違和感があります。直感ですが単に頑丈というわけではないかと」


 ハジメは使用するのが、威力および貫通性能の高い狙撃用のライフル弾ということもあって、首長竜の肉厚や骨に阻まれて、途中から擦り抜けが発生したとしても、流石に頭部に当てた時の効いてなさには、どこか違和感があった。


≪──地中カラ出テイル首ト頭ハ、粒子光線ヲ放ツタメダケノ砲塔デアル可能性高シ≫


 首長竜のギアルスの次なる浮上を警戒していると、茉日瑠による新たな考察が語られる。


「……はぁ? じゃあなに? 頭には脳みそが詰まってないって?」

「それなら頭は砲門、首も単なる砲身か、違和感の正体はこれですか」


 生物的な特徴と言われれば、それまでだが元々ハジメは地中に潜水して身を隠すタイプでありながら、攻撃するさいには急所である頭部を曝け出す首長竜のギアルスの構造が気にはなっており、茉日瑠の考察が本当であれば、脳が詰まっている頭となる部分は地中に埋まっており、攻撃しても致命傷とならないはずだとハジメたちは納得する。


「大事な部分は地中にひき籠もってチクチク攻撃。褒めたいぐらい根暗な奴ね」

狙撃手スナイパーとしては耳が痛い意見ですね」

「あんたの場合、正面突撃もするでしょうが射撃手マークスマン……つぎ、来たわよ!」


 首長竜のギアルス再び浮上、急所では無いにしろ、まずは首を無力化したいとハジメは考えるが、この太い首を破壊するには、自分たちの装備では火力不足である。爆発物が有ればと悔やむと、ある事を思いだして叫んだ。


「ルビー! 炸裂弾入り弾倉マガジンは用意してるか!?」

「……っ! ちゃんと当てなさいよ!」


 ハジメの意図を読んだルビーは、弾倉入れマガジンポーチから炸裂弾が詰まった弾倉マガジンを取り出して、首を伸ばしている最中の首長竜のギアルス目掛けて力の限り投げた。


「ちょっと!? 中に入る!?」


 ハジメは、投げられた炸裂弾入り弾倉マガジンに照準を合わせると、首長竜のギアルスの頭部へすり抜けて、“半分ほどが入った”タイミングで、【KG9-MR/ナイン】の引き金トリガーを引いた。


 弾丸は見事、弾倉マガジンへと命中して中に詰まった計八発の炸裂弾に誘爆、首長竜のギアルスの頭部は、音速の爆風と飛び散る破片を内外からモロに浴びて弾け飛んだ。


 半分ほど消失した頭は形容しがたい凄惨な姿となっており、そこから、オイルのような血の雨が降り注ぐ、そんな中でルビーは大切な髪を庇いながら雨の外まで後退する。


「これだから大型種を相手するの嫌いなのよ……」

「……溶けないか。仮説は正しかったみたいですね」


 地面下、首長竜のギアルスの首の根元部分があると思われるところからガコンと鈍い音が響いた。そして八メートルほどある首が不自然に傾きだして、そのまま柱のように土を掘り返しながら倒れて地響きを発生させる。


「完全に身軽になって襲いますって感じね」

「ここからは情報がない。警戒を怠らないでください」

「今日のあんたにだけは言われたくないのよ」


 首は液体となるが、首長竜のギアルス本体は健在であり、地中内の浅瀬を移動しながら次々と首と同じく余分なパーツを切り離しているらしい、先ほどから鈍い音が何度も土の中から響いていた。ハジメとルビーは冷静に銃型ALISを構えて、浮上の瞬間を決して見逃してはならないと、ひたすら首を俯かせて地面を見続ける。


 そんな時間が十秒ほど経過して、ルビーは己の足元が黒くなるのを視認する。しかし首長竜のギアルスが浮上したときのとは違う事に直ぐに気づいた。


 ──これは広大な“影”だ。よって下ではなく日光を遮る巨大な物体が“頭上”に居る!


「ルビーっ! 上だ!!」


 ──言われなくてもわかってると見上げれば、開かれた大きな口に視線を食われた。


 かなり間近に迫っていた10メートルはあろう巨体、今から走って外に出ようとも間に合わないと理性が判断する。


「──ハジメ!」

「〈魔眼アイ発動コンタクト──〈監那かんな〉!」


 避けられないならとルビーは即座に、ハジメに救援要請を求めた。すると、一瞬で視界から巨大な口が無くなり、今度は青空に染められる。


 自分が“瞬間移動”したのだと把握したルビーは、周囲を確認して、ちょうど自分が居たであろう真横、数メートル先にて、巨大な生物、首長竜のギアルス本体は地面に潜りきった瞬間であった。


「……助かったわ」


 ルビーの命を救ったのは、ハジメの〈魔眼〉であった。〈監那かんな〉の能力は視界内の対象を指定し、次に指定地点へと転移させるもの、これによってルビーを数メートル瞬間移動させた。


「さっきの、首長竜のギアルス本体でいいのよね?」

「ああ、地中に潜ったところを見るに同じものと言っていいだろう……ルビー、音は聞こえたか?」

「まったく、なにも、姿はどう?」

「見えたが……どう言っていいか……」


 ルビーの背後から迫った首長竜のギアルスはドルフィンジャンプの如く、地中から飛び出して襲い掛かったところを、ハジメは目撃していた。こんな派手な挙動したのにもかかわらず、首長竜のギアルスから発した音は一切無かった、ハジメが見る事ができたのは本当に偶然だった。


「──こちら『アイアンホース』、ハジメ司令部ヘッドクォーター、首長竜のギアルス本体らしき『プレデター』を捉えました。その見た目は間違ってなければワニ型のような巨大な口に、全身はトカゲ型のようで、そして腕になる部分がイルカ型のようなヒレになっており──」


 ハジメは、空を飛んだ首長竜のギアルスの特徴を夜稀たち高等部一年組に自身の知識から似た『プレデター』に例えて伝える。本人はわかりづらいと思っていたが、恐竜図鑑を読み込んでいる夜稀、そして茉日瑠にとって、姿を思い浮かべるのに充分な情報であった。


≪こちら夜稀、ふたりが見たのは形態を変えた首長竜のギアルスであると断定。おそらく攻撃能力を持った敵対存在向けに余分な部位を切り離して、機動力を上げた姿だと思う≫


 自分の考えであり、長文を話さないといけなかったため夜稀は人工音声ではなく、自身の肉声にて話しはじめる。


≪以降、首長竜のギアルスを『ギアルス・クビナガ』と呼称、そして長い首がある姿を“モードプレシオ”、そして現在の姿を“モードプリオ”と命名する≫

「命名了解。これより首長竜のギアルスを、『ギアルス・クビナガ』、現在の姿を“モードプリオ”と呼称する」


 夜稀は、『ギアルス・クビナガ』は2種類の形態があるとし、それぞれの身体的形状から、本体は安全な地中へと居ながら、頭部のみを外に出して、主に地下や分厚い外壁などで守られているシェルター内の人間を掃討するギアルス・クビナガ本来の姿を“モードプレシオ”。そして機動力を向上させるために体の一部を切り離して戦闘向けとなった現在の姿を“モードプリオ”と名付けた。


 名付けによる明確な区別は、報告と連絡を行うために重要な行為であることだと教えられている『アイアンホース』のハジメとルビーは、素直に受け入れる。


「厄介ね」

「ああ……」


 ギアルス・クビナガ“モードプリオ”は地中を素早く泳ぎ、音も発生させず、対象を襲撃する。図体がでかい分、攻撃動作の範囲が広大となり回避も難しい。あげくには音速以上の攻撃以外は擦り抜けてしまう。銃型ALISを使用する『アイアンホース』からすれば、まだ首を出して粒子光線を放射するだけの“モードプレシオ”のほうがやりやすかった。


「だが、厄介なだけだ」

「──悪い、待たせたな」


 ──遠くで『プレデター』の群れと戦い、そして全てを撃破した高等部二年ペガサス。『土峰つちみね真嘉まか』、『篠木ささき咲也さや』、『穂紫ほむら香火かび』の三名が合流する。


「随分とタイミング良いみたいだけど、もしかして狙ってた?」

「なっ!? そんなわけないじゃない! こっちはこっちで大変だったのよ!?」

「落ち着け」

「すいません。アイアンホース流の冗談みたいなものなので、あまり真に受けないでくれると助かります」


 ルビーの物言いに、カチンと来た咲也は精神的に疲労していた事もあって、反射的に怒鳴り返す。真嘉が止めに入り、ハジメが困った様子で謝罪する。


ハジメ、行けるか?」

「はい、問題ありません、先輩方はどうですか?」

「少し疲れたが、むしろ終わりが見えたぶん、やる気は十分以上だぜ」


 ──既に茉日瑠の指示は下されている。彼女が発案した作戦において真嘉たち高等部二年、そして『アイアンホース』たちの共闘によって、ギアルス・クビナガとの最終決戦へと移行する。


「咲也、香火! 次の群れが来る前に終わらせるぞ!」

「ええ、うんざりしたやつとはっ! これでおさらばよっ!」

「ふぁ……うん、帰ろう、そしてまた……みんなで楽しいどこかに……」

「──アルテミス女学園アイアンホース2名は、コレより決戦へと移行します」

了解コピー


 各々が一定の距離にちらばり、自身の相棒である『ALIS』を構えた。すると直ぐにギアルス・クビナガの動きを、視野の広い咲也が感知する。


「そこから出るわ!」


 咲也の幻聴才能はギアルス・クビナガにとって天敵と言えるものであり、何度も“見た”ことで、その精度は極まった。僅かな地面の変化を見逃さずに発見するため、絶対的な先制を取れる事となる。たった数ミリの黒い染みが地面に浮かび上がった場所を彼女は指し示した。


「ドンピシャね、凄いじゃない」


 “モードプレシオ”の時と比べて遙かに速く染みは広がっていき、ギアルス・クビナガが浮上するのを、全員が見ていた。ただ、今回は体半分ほどで止まり、ワニの様な長い口を開いた。


「発砲します! 射線注意!」


 ハジメは単発式である【KG9-MR/ナイン】の引き金トリガーを高速で引き続けて、ライフル弾を連射。弾倉マガジン内の八発全てが、ギアルス・クビナガに命中する。当然の如く攻撃が当たる光景を直接見た咲也は、今までの苦労はなんだったのかと溜息を吐きたくなると同時に、『アイアンホース』が転校してくれた幸運を噛みしめる。


 当たってはいるものの“プレシオモード”の時のように怯むことなく、ギアルス・クビナガは口内が光ったと思えば、先ほどのことを根に持っているのか標的は再びルビー、彼女目掛けて光る粒子の弾を引き出した。


「まったく、いい感じに釣られてくれるわ」

「〈魔眼アイ発動コンタクト──〈監那かんな〉」

「──いい加減、くたばりなさい!」


 先ほどと同じくハジメは〈監那かんな〉によって、ルビーを瞬間移動させる。移動先はギアルス・クビナガの間近。そのまま単発スラッグ弾を連射して、肉体に穴を開けていく。しかし大口径とは言え、貫通力が低いためか、弾痕こそできるが中には入っていなかった。だが問題無い、ハジメとルビー『アイアンホース』に与えられた役割は、自身に攻撃を当てた敵対存在を優先的に狙うことも証明されているギアルス・クビナガが“望んでいる挙動”をするまでのデコイなのだから。


「ほんと根暗なやつ!」

「深追いするな!」


 銃撃は確かに命中するものの、ギアルス・クビナガに対しては火力不足が否めず、分厚い肉体や外殻によって急所に届く前に〈固有性質スペシャル〉の効果範囲内まで減衰してしまう。あるいは危険は承知で、零距離で撃てば届くかもしれないが、肉体が直接触れた時の現象が未知数であること、そして“する必要がない”と判断された。


 ──ガラガラガラガラガラガラガラ。


 歯車が回るような粒子兵器の元となるエネルギーをチャージする『ギアルス』特有の音を響かせながら、ギアルス・クビナガは一定の深さを保ち、泳いでいた。


 ──ガラガラガラガラガラガラガラ──。


 チャージ音が止むが、すぐには浮上して来ずギアルス・クビナガは潜伏する。草の揺れる音も、夏虫の音も無い深閑しんかんとなる『街林がいりん』で、『ペガサス』および『アイアンホース』は神経を研ぎ澄ませる。


 彼女らは、無音の襲撃者に備えながら同じことを願う。次は自分たちが求める挙動をしてくれと、そしてその願いは叶えられる事となる。


「……そこ! 飛ぶわ!!」


 ギアルス・クビナガは、巨体に似つかわしくない跳躍力を見せて空高らかに舞い上がった。


「それを待っていたんだよ!!」


 真嘉はどうしてギアルス・クビナガが全身を曝け出して飛ぶのかと不思議に思っていた。だけど、自分の理解に及ばないだけで何か理由はあるのだろう、優秀な後輩達は、またどこかのタイミングで必ず飛ぶと確信していたのだから。


「〈壊時・弐かいじ〉ッ!」


 “モードプレシオ”の時は体の半分以上が地中に隠れていたため対象にすることが出来なかったが、今なら全身をハッキリと捉えられてると、真嘉は己の〈魔眼〉を発動、二秒間ギアルス・クビナガを空中に停止すると予定通り、合図を送った。


「──やっちまえ! 香火!!」

「ふぅ……永遠に、眠って──【手向けの花サギソウ】」


 朦朧とする意識の中で、香火は槍型専用ALIS【サギソウ】を頭上横に掲げて水平に持ち、狙いを定め、数歩勢いづけて──『ペガサス』の全力を持って投擲した。


 ──『穂紫香火』に与えられた【サギソウ】は、もしもの場合“使い捨て”を前提で作られた一撃必殺用ALISでもあった。


「──〈炎鎖えんさ〉」


 香火は直線上に飛んでいく【サギソウ】の石突に向かって、視線を集中させた箇所を熱する〈炎鎖えんさ〉を発動する。これにより石突きは急速に熱されて、槍内部に仕込まれていた、ロケットに使用されていたのと同じ“固体型燃料”に引火、純白の槍型専用ALISは一瞬にて音速まで加速し、頭蓋へと突き刺さった。


 ──キュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!


 弾丸とは違い【サギソウ】は内部の固体型燃料のくり抜かれて作られた角が燃え尽きるまで加速し続ける。それゆえに肉に触れて速度が落ち、すり抜けが発生すれば【サギソウ】は再び加速、処理能力を超えてギアルス・クビナガに再干渉、ギアルス・クビナガが長距離ジャンプを行なうさいの同じ原理である、同一空間における物質の二重存在においての反発現象が発生、これによって進んでいる方向へと、さらなる推進力を得る。


 音超えした時の中で、もはや止められないほど加速した【サギソウ】は、ギアルス・クビナガの頭蓋、脳、脊髄だけでは飽き足らず、あらゆるものを強引に貫いていき、そして巨体を貫通しきった矛は、どこぞへと飛んで行ってしまった。もし見つかったとしても、それはもう純白の槍型専用ALISであった残骸となっているだろう。


 生物全域の急所である脳に大きな穴が空くという、絶対的な致命傷を受けたギアルス・クビナガは、その巨体を“大地へと叩き付け”てドシンと重々しい落下音を鳴らした。それが音無しの襲撃者であるギアルス・クビナガ最期の音となり、一部を残して液体となり溶けて消え去った。


「香火、平気か?」

「……平気……みんなで海の果てまで泳いで……それから帰ろう……ふわぁ~」

「ああ、みんなで帰ろうぜ」


 まだ大規模侵攻は終わっていない、【サギソウ】の機能を使用して消費したさいの予備として【械刃製第三世代ALIS・槍】を拠点に持ち込んでおり、香火は『プレデター』を倒しきってから皆で学園に戻ろうと、最後まで戦う意思を見せる。


「真嘉……」


 戦況がようやく落ち着いた事で咲也は、真嘉に声を掛けようとするが言葉が詰まってしまう、翼竜のギアルスから自分たちを庇った事に関して改めて話したいのを察する真嘉であるが、なにも反応することができない。お互いがいま、その事について会話をしてしまうと、どうなるのか分かってしまうために話そうとは思えなかった。


 そんな、“卒業”するものを出さずに、未知のギアルスを倒したのにもかかわらず雰囲気が微妙になる先輩たちに、事情を知らないハジメは首を傾げる。何かしらのトラブルが起きたのかと話しかけようとした時、ある事に気がつく。


「ルビー? ……っ!?」


 さっきまで傍に居たはずのルビーの姿が見えない。ハジメは、すぐにヘッドカムを起動して、ルビーに連絡を入れる。


「──ルビー! いまどこだ!!?」

≪……うるさいわね。耳元で騒がないで≫


 嫌な予想に反して言葉を返してくれたルビーに、ハジメはとりあえず安堵するが。姿を現わさない、場所を言うつもりのない姿勢から予断を許さない状況であることには変わりない。しかし返事をしてくれたということは、まだ説得できるチャンスがあると信じて、ハジメは必ず説得してみせるという決意を宿す。


「……ルビー、話をしよう。一度会わないか? みんなの前じゃなくてもいい……わかった。ここで話そう」


 ──彼女の事だ、アスクヒドラの存在までは行かないにしろ、アルテミス女学園高等部の秘密を察したのだろう、そしてそれを好意を抱く【504号教室列車】の車掌教室に伝えようとしている。


「その……隠し事をしていて本当にすいませんでした……そんなつもりはなかったなんて言い訳はしない……伝えるにはルビー、君は先生の事が好きすぎる」


 アルテミス女学園高等部の秘密。活性化率を下げられる物が存在している可能性がある。そんな不確定な情報だけでも、真実であるため『アイアンホース』にとって余りある功績になる可能性が高い。ならばルビーは先生に振り向いてもらうために伝えようとすると考えるのは至極当然な話だろう。


 様子が変だと思い、どうしたのと声を掛けてくる咲也に、ハジメは少し待ってくださいと制止する。


「……いま、こうやって話を聞いてくれるのは、まだ交渉の余地があると判断します。ならルビー、お願いだ。今から話す提案を呑んでくれ」


 ──どれだけ迷おうとも、自分たちの事を愁おうとも、最後には好きな先生の役にたつほうを選ぶのは、長い付き合いだからこそ、よく分かっている。だけど、どんなに難しくても、ルビーには生きていてほしいと、ハジメは必死に説得するための言葉をひねり出そうとする。


「こちらに来れば生きられる時間が延びる……そう長生きできるんだ。そうすれば先生と会う機会も、チャンスだって必ず出てくる。その恋だって叶えられるかもしれ──≪待って≫──!」

「どうしたの!?」


 ルビーが呟いた“待って”というひと言によって、ハジメは途端に金縛り状態となり、体が硬直して喋れなくなる。明らかに異常事態となったハジメの傍に咲也が慌てて駆け寄る。


 『待って待って病』、一定の『アイアンホース』が患う精神病。特にハジメはかなり重症であり、そのたったひと言を聞いただけで全身が動かなくなってしまう。


≪……ハジメ、ルビーはね。別に長く生きたいとは思っていないの……先生と恋人同士になりたいとか思ってないの。ずっと昔はそうだったかもしれないけどね≫


 それは、昨日まで誰にも言っていなかった。ルビーの本当の願い。彼女の望んだ幸福は、幸せは生きることでも恋を成就させることでも無かった。


≪ルビーは、たった一瞬でもいい。世界一幸せな『アイアンホース』になって、こんなクソッタレな人生を終わらせたいのよ──≫

「────ルビー!!!」


 失敗した。どうして気づかなかった。そんな後悔と共にハジメは彼女の名前を叫ぶがもう手遅れだ。


≪言っておくけど、そっちが先だから……悪いわね。どうしてもルビーは……さようなら≫


 そう言って通信が切れる。もはや繋がる様子はない。どうすればいいと焦る最中で、新たな通信が開かれる。



≪──お疲れ様でした──後は任せてください≫



 +++



「──逝きましょう──【手向けの花サイプレス】』



 ──『ALIS』にしてはあまりにも短い刀身が、まるで返事をするかのようにキラリと光った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る