2章 後半

第33話



 ──日本列島の東北地方は『プレデター』によって侵略されてしまい。彼らの楽園となっている。


 自分たちの敵が居ない土地とあって、誰にも邪魔される事なく数を増やし続ける彼らは、おおよそ八月と二月、半年に一度の間隔で月に存在する『プレデター』を統括するシステムから命令を与えられ、南西へと大移動を開始する。


 ──“人類を探索し、規定の数まで抹殺せよ”。生物としての自我とは別の、植え付けられた兵器としての思考プログラムによって、行なわれる数万体にのぼる大規模侵攻。アルテミス女学園に在籍する『ペガサス』は、来たる『プレデター』から学園や東京地区を守る義務がある。


 『プレデター』は引き返すという思考を持てない。『ペガサス』は逃げる場所がない。ゆえに大規模侵攻とは、どちらかがゼロとなるまで終わらない数日に渡って行なわれる殲滅戦。


 日常では見る事の無い、圧倒的な物量で迫り来る『プレデター』。己の命を守るためにも戦わなければいけないが、戦えば戦うたびに上昇していく『ペガサス』にとって寿命日数と呼べる活性化率の数値。そして“卒業”の直視。


 たった数日、されど数日。平和な学園から一転する、この数日間を『ペガサス』たちは、こぞって地獄だと表現する。


 ──ただ、地獄である事は変わりは無いが、今回は、どうにも様子が違った。


 +++


 『プレデター』の侵攻によって避難が余儀なくされ捨てられ、長い年月の中で成長した植物によって浸食された土地、『街林がいりん』。『上代かみしろ兎歌とか』たち『勉強会』の七名が配置されたのは、苔や蔦で飾られている半壊したビルが建ち並ぶ、街と、瓦礫が散乱する草原の境界線であった。


 半壊したビルの屋上にて、兎歌は正面の平地へ真っ直ぐに目を向ける。正確には遠くからこちらへ向かって、尋常ではない速度でやってくる『プレデター』たちの群れを見ていた。


 愛奈とお揃いがいいという浅い理由で選んだ『械刃かいじん製第三世代ALIS・弓』に矢をつがえて、つるを引く。鍛え上げられた男性でようやく動くほどの強い弦であるが、兎歌の小さな手によって容易に限界まで引き絞られる。


 『ペガサス』の腕力もあるが、『ALIS』のアシスト機能も働いており、『ペガサス』であれば、輪ゴムを指で引っ張るほどの軽さで弦を引き絞ることができる。またアシスト機能は他にもあり、目標の『プレデター』を瞳で捉えて、おおよその距離から角度を決めると、『ALIS』から感じられないほど微弱な電流が体を伝い、兎歌の神経を操作。自動的に命中させるために必要な微調整が行なわれる。


「──当たって」


 弦を放ち、放たれた矢は豪速で弧を描き、目標であったカマキリ型プレデターへと命中。軽くて丈夫である特殊合金製の鏃は、カマキリ型の脆い胴体を貫き、おおきく抉り取る。


 矢のあまりの威力に、上下で真っ二つになったカマキリ型は、肉体の再生が不可能なほどの生物としての致命傷を負った事で、そのまま絶命。液体化現象が発生し、いずれ渇く土地の染みとなって跡形もなく消えて無くなる。


「次……」


 倒したが、所詮はたった一体。今まで見たことのない百を超える群れを前に、兎歌はすぐさま次の矢を番えた。


 ──兎歌たち後衛がビルの上で『プレデター』を倒していく中、前衛である『ペガサス』たちは草原地帯へと足を踏み入れて、戦っていた。


「行かせない!」


 ひたすら正面に突進し街へと向かうイノシシ型。このまま放っておけばビルに衝突し、耐久年数なんてとうに超えた半壊のビルは容易く崩れ去るだろう。それを阻止するためにも、『戌成いぬなりハルナ』は真横から奇襲し、片手剣で脚を斬り付けて転倒させる。


「くたばるの」


 すかさず、灰色の長髪で片目を隠している『玄純くろずみ酉子とりこ』がイノシシ型にトドメを刺すと、ほぼ同時にヤケン型プレデター数体が、ハルナと酉子に襲いかかる。


「甘いわよ!」


 ハルナの使っている『ALIS』は、『械刃製第三世代・片手盾&片手剣』と、二種同時運用型ALISとなっている。形状はカイトシールドとロングソードのようで、『ALIS』にしては小振りな分類に入るこれらは機動力が高い中型種、または小型種を相手する事を想定されて設計生産されたものである。


 ハルナは、脚に噛みつかんと低い位置から襲いかかってきたヤケン型を片手剣で斬り捨てると、続けざまに真横上空から飛びかかってきた別のヤケン型を片手盾で受け止める。そして、素早く宙に浮いた状態にある、ヤケン型プレデターの真下へと潜り込んだ。


「お腹ががら空きよ!」


 位置的に真上に居るヤケン型に向かって、ハルナはいわゆる跳び斬りを行なった。両断したヤケン型の肉体と共に、地面に着地するハルナ。そんな彼女に、再度、別のヤケン型が低い位置から噛みつかんと迫り来る。


 しかし、そのヤケン型プレデターも、飛来してきた矢によって何もできずに命を終えることになる。


「っ! ありがとう申姫!」

≪ハルナ、乱戦では跳ぶようなことをしないで、隙だらけだったよ≫

「うっ! ごめ……っていま言うことじゃないでしょ!?」


 学園から持ってきた通信機から聞こえてくる『夏相なつあい申姫しんき』の小言に、ハルナはツッコミを入れながらも続けてヤケン型を相手取っていく。


 申姫は、そんなハルナに群がろうとするカマキリ型を中心に兎歌と同じく弓形ALISを持って、半壊したビルの屋上から射貫いていく。


「さっさと溶けて」


 アシスト機能はあれど外殻に阻まれたり、予測射撃が不十分で外す場面がある兎歌と比べて、鮮麗で練度が高い申姫の放つ矢は、着実に『プレデター』に命中していく。また周辺をしっかりと把握しており、味方に不利を与える『プレデター』を優先して倒していくなど、先輩としての実力を後輩たちに見せていた。


酉子とりこっ! カニ型がそっちに行ったわ!」

「分かってるの」


 クレイモアと呼ばれる大剣の形状をしている『械刃製第三世代ALIS・剣』を軽々と振るい、『プレデター』を葬っていた酉子に狙いを定めたカニ型プレデターが横歩行にて、アクセルをベタ踏みにした自動車並みの速度を出しながら迫っていた。


 蟹型の巨体が高速で近づいてくるという光景に身を竦ませる『ペガサス』も珍しくないが、酉子は冷静に距離感を把握し、そのまま轢きに来た蟹型プレデターと接触する直前で真横へと回避、正面へと移動すると弱点であるカニ型の柔らかい腹を大剣型ALISで切り裂いた。


「ちっ」


 浅く、致命傷に至らなかったカニ型プレデターは、脚を止めて、己の巨大なハサミで顔を隠して防御態勢を取る。『プレデター』の中でも特別固い外殻を持つカニ型。こうなってしまえば大剣型ALISでは致命傷を与える事は難しく、酉子の場合、肉体が再生して再び動きだすまで放っておくしかなくなる。


「──わーたしに任せろ!」


 ──薄紫色をしているくせっ毛が目立つ髪の褐色肌の少女が、そう叫びながら防御態勢をとったカニ型プレデターに向かって跳躍。先端が六角錐状に尖っている槌型ALIS、『械刃製第三世代ALIS・槌』を宙で振るい、全身を回転させる。


「砕けーろっ!」


 回転によって勢いづいた槌型ALISを、カニ型プレデターの背中部分に叩き付けると、強烈な破壊音と共にもっとも固いとされる甲羅外殻は砕かれ、その命ごと粉砕した。


「うんうん、いいかんじーだね。酉子ちゃん無事?」

「死ねなの」

「え? わっ!?」


 褐色肌の『ペガサス』──中等部一年である『亥栗いぐりコノブ』は、酉子の安否を確認すると、こちらに向かって大剣型ALISの先端が迫り来る光景を見て驚く。


 ──酉子の大剣型ALISは、亥栗を目標に死角から音もなく忍び寄っていたイタチ型プレデターを突き刺した。串刺しとなったイタチ型は尻尾の刃鎌を振りまわして大剣型ALISと接触させ、耳障りな金属音を何度か鳴らすと、ぐったりと動かなくなり、液体となって消えた。


「び、びっくりしたー……ありがとね、酉子!」

「ん」


 酉子は、素っ気ない返事をして、すぐに別の『プレデター』へと向かい大剣型ALISを振るい。亥栗も動き出し、カニ型など防御力が高い『プレデター』に狙いを付けて移動を開始する。


「よーし、このまま全部ぜーんぶ砕くよ!」


 ──亥栗コノブは、中等部一年ペガサスの中でも飛び抜けた運動神経の持ち主で、新入生でありながら上級生に引けを取らない高い戦闘能力を持つ『勉強会』の前衛アタッカー。今回の大規模侵攻では、その能力を惜しみなく発揮し、アシスト機能があるとはいえ、それなりの技術と慣れが必要な槌型ALISを、自在に操り『プレデター』を砕いていく。


「──加護チートエイムを見せてあげます!」

「当ったれや!」


 暴れる亥栗を、中等部一年のペガサス二名がボウガン型ALISを連射して援護する。命中率は決してよくはないが援護としては充分な効果を発揮しており、矢で怯み足を止めた『プレデター』を亥栗が葬っていく。


 ──『勉強会』は、戌成いぬなりハルナ、玄純酉子くろずみとりこ亥栗いぐりコノブの三名を前衛とし、上代兎歌かみしろとか夏相申姫なつあいしんきなど計四名を後衛とした陣形で戦っていた。


 前衛は、己の得物や戦い方から有利な相手を中心に狙い、後衛はその援護。できるだけ全員がカバーしあえる距離感で戦う。人手不足ゆえに、こうする事しかできなかった苦肉の策であったが、“どうしてか”現状、無理することなく安定して戦えていた。


「──っ! イノシシ型が一体抜けたわ!」


 とはいえ、極端に数の差がある以上。どうしても手が足りず、イノシシ型プレデター1体が、ハルナたちを抜けて、兎歌がいる建物目がけて突進する。


 長く放置されて劣化している上に、半壊している建物である。イノシシ型プレデターの突進を受ければ、崩落するのは目に見えている。とはいえ、『ペガサス』の身体能力であれば、隣の建物に飛び移るのは容易く、三階程度の高さなら飛び降りたとしても着地さえちゃんとすれば無傷で済む。イノシシ型の正面外殻は頑強であり、急所に矢を通すのは至難の業である以上、まずは回避を選ぶのが無難な選択だろう。


「兎歌!?」


 だが、兎歌は移動する素振りを見せず、イノシシ型プレデターに向かって矢を番え、『P細胞』によって“兵器”へと作り替えられた眼を輝かせた。


「──〈凶射きょうしゃ〉」


 矢を放つと同時に、兎歌は己の〈魔眼〉を発動した。すると矢が不自然に急加速し、イノシシ型プレデターの額に向かって真っ直ぐと飛んでいく。


 ──〈凶射きょうしゃ〉の能力は、視覚内に存在する方向性を持って移動する物体に運動エネルギーを追加するというもの。簡単に言ってしまえば移動している物体を何倍も加速させると言ったものだ。


 これによって速度が加算された矢は、イノシシ型プレデターの外殻を砕くのに充分な威力となり、額へと貫通する。『P細胞』に犯され生物兵器となっても変わらず、生物の絶対的な弱点である脳を損傷したイノシシ型プレデターは絶命。その巨体を他と同じく液体へと変化し、一部の『遺骸』を遺し跡形も無く消える。


「兎歌……」


 〈魔眼〉は強力であるが、活性化率を上昇させる諸刃の剣である。そのため『ペガサス』たちは、ここぞという時以外では使用を控えるのが常である。それを兎歌はなんの躊躇いも無く使用した。


 射撃に適している建物が無くなるのも、そのまま街中に入られるのも、確かに負担が増える事態であるがだからといって、わざわざ〈魔眼〉を使用するなんてと、ハルナは真白い後輩を案じる。


「っ! もうっ、考え事しているのに邪魔しないで!」


 できれば話をしたいが『プレデター』たちはまだ残っている。兎歌が無茶をしないようにと願いながらハルナは、戦いに集中する。


「──こーれで最後っ!」


 それから五分ほど、『勉強会』は順調に『プレデター』を倒していき、残り一体となったカニ型プレデターを亥栗が叩き潰したことで、最初の群れとの戦いは終わった。


「とーりあえず、一段落かな?」


 気持ちを整える亥栗であるが彼女を含めた中等部一年ペガサスは、事前に大規模侵攻の話を聞かされているため、次がある事をちゃんと理解していた。日常では見なかった百を超える大群であったが、これはほんの始まりにしかすぎない。これから次々と東北地方から『プレデター』がやってくる。


 大規模侵攻では数千から数万の『プレデター』が学園および東京地区にむかって移動してくる。しかしながら、全て一斉にというわけではなく『プレデター』たちは集団を維持するためか、集まった群れの種によって移動速度を調整する。


 そのため『プレデター』たちは群れごとに速度差が生まれ、それによって断続的な波状進軍となり、次の群れが来るまでの数十分から数時間は、『ペガサス』たちにとっての休息する時間となる。


「せーんぱい! お疲れ様です……ハルナ先輩?」


 亥栗に、労いの言葉を掛けられたハルナであったが反応することなく、じっと『プレデター』たちが来たる方向を神妙な顔つきで考え込んでいた。


「ハルナ」

「申姫……妙、よね?」


 そんなハルナに、申姫たち『勉強会』が集う。名前を呼ばれたハルナは思考を打ち切り、躊躇いがちに、申姫に問い掛けた。


「うん、最初の群れにしては数が少なすぎる」

「少なすぎるって、百匹以上は居ましたよ!?」

「去年は、少なく見積もってもこの五倍はいたよ」


 大規模侵攻の群れは移動速度の差からか序盤は数が多く、後になるにつれて数が少なくなる。もっとも後半になるにつれて、大型種や場合によっては独立種など強力な『プレデター』の出現率が上がるため数と質、種類は違えど苦しい事に変わりはない。


 だからこそ、最初の群れはとにかく数が多いもので、経験があるハルナと申姫は、この数の少なさに違和感を抱く。


「ここに来る『プレデター』が特別少ない……って事はないわよね?」


 ふと過るのは体育館での出来事。生徒会長と『勉強会』の癒着告発騒動。ハルナは結局、詳しい事情を知ろうとはせず。大規模侵攻の事もあり、現状はなぁなぁで終わらせていたのだが、この数の少なさが、生徒会長が自分たちの配置を操作した事によるものかとハルナは考えてしまい、難しい表情を作る。


「分からない。他の可能性としては、群れが去年以上に分散したか、第1防衛ラインでたくさん倒しているかだけど……どれも現実的じゃない」

「第1防衛って……噂の転校生?」


 大規模侵攻直前となって、転校してきた他校の『ペガサス』。正確には『アイアンホース』たちの事は、中等部ペガサスには出回っていない。秘匿ではなく、単なる大人たちの怠惰による伝達不足で存在が明確になっていない彼女たちであるが、見知らぬ高等部制服を着たペガサスが『商店街エリア』で買い物をしていたという目撃情報から、確定的な噂が広まっていた。


「それも分からない。でも高等部の先輩たちが『プレデター』を倒してくれたとしても、やっぱりこの数の少なさは異常だよ」

「……なにが起きているの?」


 次の群れが来る気配もなく、なんとも言えない肩透かし感に心を揺さぶられるハルナ。そんな先輩の光景に、亥栗たちも不安そうになる。


 ──この状況の理由を知っている上代兎歌は口を閉ざし、気味悪がる仲間たちを静かに見ていた。


 +++。


 『プレデター』の移動は固定化されており、地形が大きく変わらない限りはルートが変わることは無い。その中で各方面から別々に移動してきた『プレデター』たちが集まる地点が存在する。


 『プレデター』にとって、あくまで移動ルートが重なる通過点でしかないのか、すぐに各々の群れが分散する動きが記号の“*”に見える事から、群れが一堂に会する場所に『アスタリスク・ポイント』という名前が付けられている。


 分散する前の多くの『プレデター』を減らせるとして、東京地区は第一次防衛ラインと認定し、高等部のペガサスを必ず配置させる場所となっている。


 そして、配置されたなら必ず“卒業”する地獄の淵。幾多の高等部ペガサスたちが“卒業”してきた因縁多き場所。そんな地獄の淵に、今年は四名の『ペガサス』たちが配置され、『プレデター』を──“蹂躙”していた。


「……これほどですか」


 鉄道アイアンホース教育校からアルテミス女学園高等部へと転校してきた、元アイアンホースであるハジメは、自分用に調整を施された相棒、K//G社製マークスマンライフル型ALIS、【KG9-MR/ケージーナイン・エムアール】の引き金トリガーを引きながらぼそりと呟いた。


 『プレデター』の移動による地ならしによって平地と化す前は、家と畑が立ち並ぶ場所であったとされる山沿いの草原地帯。迫り来る千超えの『プレデター』の大群相手に、ハジメは走っては撃つ、走っては撃つを繰り返す最中、思考を敵ではなく、味方の『ペガサス』へと寄せていた。


「確かに訓練所で見せてくれた弓の腕は、大した事無かったのかも知れませんね……それ以上の事をできるんですから」


 ──殺戮兵器である『プレデター』たちに、死の矢が降り注ぐ。


 アルテミス女学園高等部三年ペガサス、『喜渡きわたり愛奈えな』は、隣にある自身と比べて高さ半分ほどの長方形の金属体、彼女のために後輩夜稀が作った最大蓄積本数220本の“地面設置型矢筒”から矢を取り出しては、自身の専用ALISである【ルピナス】に番えて射る、それを『プレデター』が射程範囲に入ってから延々と続けていた。


 彼女の持つ〈魔眼〉は〈隙瞳げきどう〉、視力を向上させる他に感覚的に自身が放った物体を目標に命中させるための情報を得るもの。だから、どれだけ曲芸染みた撃ち方をしようとも、その全てが百発百中の結果となるのは当たり前と呼べるものかもしれないが、それに付け加えてと言うべきか、愛奈自身の強さにハジメは戦慄する。


 洗練の極地、人間味を完全に削ぎ落としたミス無き動作。まるで【ルピナス】があるじに見えるほど、愛奈の弓を引く挙動は機械的で正確だった。しかし、彼女の真骨頂は高速で矢を射る事でもなければ、必中の射撃でもないのだろう、判断速度と結果の正解率が彼女のもっともたる強さの部分だとハジメは分析する。


 ──言ってしまえば、愛奈が〈隙瞳〉で得られるのは“どう射れば矢が当たるか”ぐらいの情報でしかなく、〈魔眼〉が与えてくれるのは膨大な選択肢のみと言い換えてもいい。そんな中で愛奈は、状況が変わる刹那の間に、最適な選択肢を選び続けているように見えた。


 愛奈が射る『プレデター』は、とにかく正しい。ただ目の前の敵を倒しているだけではなく、味方に不利を与えるものを優先して処理していると、こちらの『ALIS』のほうが攻撃速度が上なはずなのに、何度か放っておけば危険と判断し、自分が倒そうとしたのを引き金を押さえる指に力を入れる前に矢が刺さるのを目撃もすれば気付きもする。


 ──喜渡愛奈という『ペガサス』は、味方の支援をしながら、この中で最多撃破数を上げている。自分たち『アイアンホース』とは違い、まともな訓練を受けていないとされるアルテミス女学園ペガサス。それなのに、どんな風に生きてくれば狂気的な強さを得られるのか、ハジメは、改めてこちらに向かってくる千を超える『プレデター』の大群よりも、味方の愛奈に薄ら寒いものを感じた。


≪ごめん! 矢が切れたから補充するね!≫

「了解!」


 インカムから聞こえてきた愛奈の声にハジメは返事をする。専用の大型矢筒の中にあった220本の矢を撃ち尽くした。これで二回目。ということは500体以上の『プレデター』を倒したのかと、頭の悪い算数をしつつ、ハジメは、しばらくの間降り止む死の矢の代わりに、味方の支援に特化した撃ち方に変える。


 当然ではあるが矢を補充している間は、当たり前のように十人以上の制圧力をたたき出している愛奈の矢撃ちは一時ストップしてしまう。数が多いだけあって補充用の矢箱は大きい、また愛奈本人が慣れていない事もあって、早くても補充が完了するのには数分ほどかかり、その間、前衛の負担はかなりのものとなってしまう。


 ──しかし、後衛愛奈も大概なら、前衛を担っている高等部三年ペガサスも大概である。


「──……うふっ、うふふっ! アハハハハ! ────」


 離れた距離に居るのにもかかわらずハジメの耳に届く狂気的な高笑いの発生源。前衛の『久佐薙くさなぎ月世つくよ』は、艶やかな黒髪を靡かせながら、とても楽しそうに己の専用ALISである【待雪草】を振るい、『プレデター』を斬り捨てていた。


 『アイアンホース』にとって関係深い苗字を持ち、なおかつ実際に関係者の一族である事を知った時ハジメは叫ぶほど驚いた。そして現在、狂気の赴くままに『プレデター』を惨殺して笑顔になっている彼女に、ハジメはドン引きしていた。


 月世の戦い方は全てにおいて狂気としか表現できないものだった。鉄道アイアンホース教育校でも悪名高い、前衛殺しのカマキリ型プレデターたちが集う群れに、あえて自ら入り込み、囲まれる中で斬り合いに勤しんでいる。


 たったひとつ間違えるだけで“卒業”する。そんな光景を見せられる自分の気持ちを知ってか知らずか、月世はどこまでも楽しそうに嗤い、斬り、悦に浸っているようであった。念のために月世に群がる『プレデター』を減らしているのだが、なんだか余計な事をしている錯覚に陥る。


 前衛の『ペガサス』は足を止めてしまったら最後。なんて言われているほど一箇所に留まらず移動し続ける事が常識なはずなのに、月世はその場に留まり続けている。その結果、彼女は『プレデター』たちに囲まれており、四方八方から襲われている。なのに“卒業”しない。むしろ命を終えるのは『プレデター』のほうだ。


 『アイアンホース』が学ぶ戦闘術とは違う。人が研鑽してきた武の動き。ハジメは月世の剣技に、なんともいえない美しさを感じてしまい、戦闘中でなければずっと見ていたいと思った。


 カマキリ型プレデターを斬り続けている月世。その死角からイタチ型プレデターが奇襲する。気付いた時には【待雪草】を振るったとしても間に合わない、そんな最悪のタイミングであったが、月世は至って冷静に“【待雪草】の握り方を変えた”。


「──抜刀、二ノ太刀」


 ──月世の発した言葉が耳に届くよりも速く、【待雪草】の内部からカチリと“押さえる金具”が外れる音が耳に届くよりも早く、【待雪草】から居合いの要領で抜き放たれた“刀”によって、イタチ型プレデターは横一文字に切り裂かれた。


「惜しかったですね」


 月世の専用ALISである【待雪草】。正確には【待雪草・一ノ太刀】は大太刀型ALISであると同時に鞘型ALISでもある。その内部には日本刀型ALISである【待雪草・二の太刀】が内蔵されており、月世は状況に応じて巧みに使い分けていた。


 ただ斬り続けられるように、月世に与えられた専用ALIS【待雪草・一ノ太刀】は刀本体となる刀身に溝を作り、それにはめ込むように【待雪草・二ノ太刀】が納刀されている。企業用の高度AIから製造不可の判定を受けてもなお、械刃重工の職人達は諦めず、受け継がれた人の手の技術を持って、狂人のために狂気の産物を生みだした。


 ハジメには、【待雪草】が、どれほどの『ALIS』であるかを理解する知識は無いが、【待雪草・一ノ太刀】と【待雪草・二ノ太刀】を自在に扱う月世を見て、アレは正真正銘彼女のために作られた『ALIS』だと、ただただ納得する。


≪──お待たせ!≫


 矢の補充作業が終わった事で愛奈による矢撃ちが再開される。たった1戦力が戻ってきただけのはずなのに、アサルトライフル型ALISを持った『アイアンホース』以上の制圧力によって、『プレデター』たちが加速度的に地面の染みへと変わっていく。


 この光景にちょっと慣れ始めたハジメは、弾を撃ちきる前に矢を切れさせるのは忍びないなと、冗談交じりの思いを呟きながら、この戦闘において己の選んだ役目に集中する。


 +++


 戦いながらハジメがアルテミス女学園ペガサスに対して評価していた時、愛奈もまた赤染の制服を着た『アイアンホース』たちを評価していた。


 械刃重工製の『ALIS』で揃えられているアルテミス女学園には存在しない、K//G社製のALIS。人類が種として頂点に立つ事となった兵器、銃を参考に開発された『ALIS』なだけあって、その威力、射程距離は、中世兵器を元とする械刃重工製ALISに比べてしまうと圧倒的であった。


 ハジメは、立ち止まって矢を射続ける愛奈とは対照的に、動き回りながら、そんなK//G社のマークスマンライフル型ALIS。【KG9-MR/ナイン】を撃っていた。


 単発撃ちによる発砲音が、毎回違う所から聞こえてくるかと思えば、イノシシ型やカニ型など固い『プレデター』を中心に死の穴が空いていく。


 ハジメの〈魔眼〉は愛奈とは違い射撃の補助をするタイプではない。また【KG9-MR/ナイン】は、前衛での運用も想定して開発されたとはいえ、本来は遠距離による狙撃を前提とした『ALIS』である。なので駆け回りながらの射撃は苦手な『ALIS』なのだが、ハジメは的確に命中させていく。


≪リロード!≫

「わかったよ!」


 ハジメは、慣れた手つきで弾倉止めマガジンキャッチを外し、空となった弾倉マガジンを地面に落とすと、ポーチから新たな弾倉マガジン取り出し差し込み口マガジンインレットへと装着。構え直している間に、ライフル弾は薬室チェンバーへと自動装填。ハジメ光学照準器ドットサイトを覗く先にいる『プレデター』に狙いを付けて、引き金トリガーを引いた。


 【KG9-MR/ナイン】から放たれた狙撃用のライフル弾は、『プレデター』の硬い外郭をいとも容易く貫通し、急所を破壊していき、死を与え続ける。械刃重工の『ALIS』ではできない、銃型ALISによる圧倒的な力技を見て、自分は使わないが、あれがアルテミス女学園にも有ったら良かったのにと愛奈は思った。


 そんな人類最強の『兵器ALIS』を扱いきる、ハジメであるが、彼女の強さは他にもあった。ハジメは愛奈が矢を打ち始めると即座にカニ型やイノシシ型など矢では倒しにくい『プレデター』を優先して狙いはじめた。


 ハジメの行なっている事は、愛奈にとって痒いところに手が届くと表現できるもので、自分が苦手とする事を、できるだけ受け持ってくれようとしていると、すぐに感じた。おかげかいつも以上に、とても狙いやすく、撃ちやすく、戦いやすい。そんな“やすい”と自分たちが思えるように戦場を調整しているのが、ハジメたち『アイアンホース』であった。


 ──始まる前に軽く行なった打ち合わせでは、攻撃力の高いライフル弾を使用できるハジメがメイン火力となり、自分がその支援をする予定だった。だけどいざ始まってしまえば、自分にのびのびと矢を撃たせたほうが、効率良く『プレデター』を殲滅できると判断したらしく、即座に役割を交代しようと進言。支援遊撃役として走り回っては撃っている。


 ハジメたちが見せる強さを、愛奈はどう表現していいのか言葉が見つからなかった。それは仕方のないことだろう。なにせ『アイアンホース』の強さは、アルテミス女学園ペガサスには存在しない概念と言えるものだった。


 アルテミス女学園ペガサスたちは、管理者たちの内情はどうであれ自主性と人間性を重んじる思想を元に生活している。大規模侵攻や日常の『プレデター』を倒すという義務が与えられてはいるものの、誰かの意思によって統一されておらず、自らの判断によって学び強くなる彼女たち『ペガサス』の持ち得る強さは個人の個性や意思が大きく反映している。


 一方で『アイアンホース』たちの強さは、本人の自由意思ではなく、他者の思惑によって与えられたものだ。目的のための戦力として鍛え上げられ、得られる選択肢は、あくまで誰かの意思によるもの。自己はあっても自由は無く、生き残るために必要なのは、望まれる仕事を熟し結果を出さなければならない事の一点のみ。


 いってしまえば、兵士的と呼べる訓練された強さを持つのが『アイアンホース』であり、愛用の装備や得意分野に違いはあれど、望まれるなら初めての『ALIS』で戦場を駆け、経験が浅い役割も全うする。彼女たちが考えるのは目的達成の結果のみであり、過程はなんでもいい、彼女たちは主役にも脇役にもなる。それが鉄の馬『アイアンホース』であった。


≪リロード!≫

「はーい!」


 なにはともあれ、味方ならこんなに頼もしい事はないと愛奈はハジメ、そして前衛で戦うもう一名の戦いを見て、心からそう思った。


「──だぁもう! ほんと多過ぎ! 限度を考えなさいよ限度を!!」


 紅玉色のツインテールを靡かせて、強めの言葉と散弾を吐き続けながら『プレデター』の群内を駆け回るのは『アイアンホース』のルビー。


「ルビーの大切な髪を痛めたら殺すわよ! しなくても殺すけどねっ!!」


 ルビーは散弾銃型ALIS【KG4-SG/T3ケージフォー・エスジーティースリー】の引き金トリガーを引き、散弾をカマキリ型プレデターの群れに浴びせる。幾つかは大鎌に当たり弾かれてしまうが、放射状にばら撒かれる数十にも及ぶ小さな弾丸はカマキリ型の体を蜂の巣にする。


「硬ったいのが多いわね!」


 最後の薬莢が外に出るのを確認したルビーは、走りながら【KG4-SG/T3フォーティースリー】の下部にある弾口ローディングポートにショットガン型ALIS専用の弾倉マガジンを差し込む。すると弾倉の中にあったシェルが、自動で【KG4-SG/T3フォーティースリー】内部の筒弾倉チューブラーマガジンへと移動。


「消し飛べっ……!」


 【KG4-SG/T3フォーティースリー】を荒っぽく振り回す事で空となった弾倉を外すと、装填機能フォアエンドを引いて最初の一発目を発射位置チェンバーへと装填。進路上邪魔なカニ型プレデターの背中甲羅に銃口を向けて引き金トリガーを引いた。


 新たに込めたのは単発スラッグ弾。火薬によって銃口から吐き出された巨大な鉄の塊は難なく甲羅を粉砕、内部へと侵入し、命をズタズタにすると、休む事無く群れの中をとにかく動き回る。


「ほんっと信じられない! なんでルビーがこんな泥臭いことしなきゃいけないのよ!?」


 自己意識高く、強気で激しい性格であるルビーは、攻撃手メインアタッカー型の『アイアンホース』であるが、彼女もまたハジメと同じく、本来では分野ではない役割にて戦っていた。


 大規模侵攻での『プレデター』は“命令が停止”されるまで移動しつづける。しかしながら、彼らの本懐は人間の抹殺であるため人間を感知した時、あるいは人間と思われる対象に攻撃されたさいには、そちらを優先する。なので、アルテミス女学園ペガサスの前衛たちは、自らをあえて発見させる事で進軍を止めさせる囮役も担っている。


 そして、ルビーは己の機動力を生かし、ハジメたち後衛に『プレデター』を向かわせないようにと、自らの判断で囮役を担う事を選んだ。その効果は絶大であり、ルビーに意識を持ってかれて、足を止めた『プレデター』たちは、何かを行なう前に愛奈とハジメによって討たれていく。


 そんな中で、ルビーは偶然にも同じ前衛で戦う月世の傍までやってきて、何体かの『プレデター』に散弾を浴びせる。


「おや、助かりました。ご苦労様です」

「ご苦労さまですぅ……じゃないのよ!? 斬り斬りイカレ女!」


 キレて暴言を口にするルビー。月世の自由振りを見れば彼女の怒りは至って当然とも言えるもので。そんな彼女の反応に月世はご機嫌に笑い、ルビーはさらに舌打ちを付け加える。


 出会った当初から、人を食ったような態度の月世の事をルビーは毛嫌いしていた。何か話すたびにイラっとし罵倒など攻撃的に接する。しかし、いざ戦闘が始まれば彼女は【待雪草大太刀型ALIS】と相性が悪く、斬りにくい『プレデター』を優先して倒していき、また、月世が囲まれ過ぎないようにと、定期的に彼女周辺のプレデターを自分の方へと誘導するなど、彼女のフォローを多く行なっていた。


「ほんと何考えてるのよ!? なにも考えてないでしょっ!? 自分の神経も斬っちゃってさっ! 腹切りに失敗したらそうなっちゃうのかしらね!?」


 月世に対する文句と弾を交互に放つルビー。感情的になっているが動きのキレは増しており、冷静に周囲を見れている。多種多様の動きで迫る『プレデター』たちは彼女の長いツインテールすら捉えることができない。


 ルビーもまた結果を求める『アイアンホース』なのだろう。私情とは別に効率を重視し、味方が一人減る事による負担をきちんと考えての行動であった。月世はより斬りやすい環境を与えられ、ご機嫌となり、それに対してルビーはさらに怒るが、決して無視しようとはしなかった。


 ──何かしら特別な事はせず。ただ自分にとって当たり前の事を熟す。そうやって四名の『ペガサス』、そして『アイアンホース』たちは千を超える最初の群れを危なげなく殲滅しきってみせた。


「……隠れているのも居ないみたい、とりあえずお疲れ様だね!」

「お疲れ様です。……いま、色々な驚きに止むこと無く襲われているのですが、不思議と悪くない気分です」

「あはは……私も正直けっこう驚いているよ。流石にここまで倒したのは初めて」

「……とんでもないですね。本当に色々と」


 数多くの戦場に立ったが、たった四名で千超えの『プレデター』を殲滅しきるのは初めてだと、ハジメは言いようのない強い高揚感に包まれる。そして“後先の事をあまり気にしなくても良くなった”という事が、どれだけ作用するのかを実感したハジメは、純粋な喜びの幸福感に浸る。


「……兎歌たち大丈夫かな?」


 最初のほう、位置的にどうしても見逃すしか無かった百体ほどの群れがあり、愛奈は数キロ先の後方に配置されている兎歌たち『勉強会』を心配する。


「彼女たちは真面目に訓練を積んできた『ペガサス』です。信じましょう」

「……うん、そうだね!」

「ルビー疲れたー ……まったく、これで終わりじゃないってのが本当にふざけてるわね……イカレ先輩も含めてっ!」

「申し訳ありません。つい夢中になってしまいました」

「ここまで、反省の色が見えない謝罪は初めて聞いたわ……」


 愛奈からすれば、たくさん斬りまくれる事で本当に浮かれていたらしく、本当にちょっとだけ反省しているのが分かる。しかし戦闘の余韻が残っている事もあってか、謝罪する月世はニコニコと微笑んでおり、ルビーが言うように反省しているようには見えなかった。


「ルビー。彼女は先輩だ……その辺にしておけ」


 妙な緊張感を含ませながら声を掛けるハジメに、ルビーはふんっと月世からそっぽを向いた。


「ずっと『プレデター』を惹き付けてくれて本当に助かったよ。ありがとうね」

「感謝するぐらいなら、このイカレ先輩の火遊びを是非とも辞めさせてほしいんだけど?」

「それは無理」

「でしょうね」


 見ていて分かると深いため息を吐くルビー。愛奈はごめんねと苦笑する事しかできなかった。


「まあでもアルテミス女学園の『ペガサス』は贅沢に溺れた連中かと思っていたのを改めるわ。大規模侵攻が終わるまで、よろしくね──“マヒル”」

「……………………」

「マヒル? どうしたのボケっとして?」

「……あっ!? うん! もちろんよろしくねっ!」


 ──愛奈は、遅れて“自分が呼ばれている”ことに気付き、慌てて返事をする。


「ふふっ、敵は居なくなったとはいえ、ここは戦場ですよ、あまりぼーっとしないでくださいね、愛奈マヒル

「あはは、そ、そうだねー。気を付けるよー、つ……月世ヒビキ……先輩」


 月世は楽しそうに微笑み、愛奈は気まずそうに笑う。そんなアルテミス女学園ペガサスたちの様子にルビーは訝かしんで眉をひそめる中で、ハジメは強烈な緊張から深い溜息を吐いた。


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