■■ハジメ  ce1

 現代の日本は国土の殆どを『プレデター』に侵略されており、人々は十にも満たない都市の中で暮らしている。都市の外に出れば、安全は保証できず、『プレデター』に見つかれば確実に死ぬ事となる。そんな日本の物流を支えているのが『プレデター』侵攻後、崩壊状態であった日本鉄道事業を、とある“財閥”が立て直して新たに設立した『新日本鉄道』である。


 日本全国に張り巡らされた元新幹線線路は、現日本国家にとって最後の生命線ライフラインとなっており、日本の血脈として日々、AI列車が食料や生活品を運搬し続けている。


 しかしながら、AIではどうにもできない問題は、どうしても発生するものであり、その主となる原因が『プレデター』となっている。奴らは人間でなければ直接的に襲わないまでも、運行の邪魔になることが多く、それらを解決し、線路を守る手段として『新日本鉄道』は、自らが『ペガサス』を管理、運営していくことにした。


 この決定により、設立されたペガサス学校こそ『鉄道アイアンホース教育校』であり、在籍する『ペガサス』、またの名を『アイアンホース』は、乗車した『列車教室』の仲間と共に、路線を守るため生涯を捧げる事となる。


 +++


 ──数年前。『アイアンホース』となってから経験した初めての戦闘は偶発的に遭遇したカニ型プレデターが相手だった。時速100キロにて走行中だった『教室列車』を発見して追ってきたところを、自分たち『アイアンホース』が迎撃する事となった。


 カニ型プレデターは正面の移動はかなり鈍足であるが、横向きでの移動となれば時速120キロ以上にて移動する事が確認されており、実際全速力で走っているはずの『教室列車』に追いついてきたのを憶えている。


「当たれ! ……よしっ!」


 『教室列車』最後尾の天井上、初戦闘に加え、強い走行風に当たりながらの狙撃であったが標的に命中。最新式のK//G社製アサルトライフル型ALISから放たれた特殊貫通弾は頑丈な蟹型プレデターの分厚い甲羅を貫き足を止めた。


 移動しながらの戦いである以上、動きが止まったカニ型プレデターはすぐに見えなくなり、息の根を止められたかは確認できなかったが、これが自分にとって初めての白星となった。


「ナイスだよ! 『──』!」


 そんな自分の狙撃を、同じ日に入学した同級生であり──自分の初めての友達となってくれた『アイアンホース』の彼女が褒めてくれて、『プレデター』がいる事を一瞬忘れてしまうほどに嬉しくなった。


「そちらこそ、既に二体倒しているなんて天才なんじゃないですか!?」

「煽てても弾丸ぐらいしか出ませんよっ。っと命中!」

「ナイスぅ!」


 彼女は人見知りの自分に遠慮無く話しかけてくれて、それから妙に馬が合ったのか直ぐに仲良くなり、彼女の口の軽さに影響を受けて、日に日に己が解れていくことに、不思議と心地よさを感じていた。


「終わったかな?」

「……うん、そうみたい。こちら『──』、戦闘終了。周辺に『プレデター』、見当たりません」

 〈ああ……終わったなら車内に戻れ〉

「了解しました。即刻車内に戻りま──」


 当時の『車掌教師』に報告を終えようとした時、それは起こった。15時の太陽を影が遮ったと気付いた時には、大きな衝撃が体を襲った。


 ──その原因はすぐに見つかった。周辺の山林のどこからかサル型プレデターが『教室列車』に飛び乗ってきた事による衝撃なのだと理解するのに、そう時間は掛からなかった。


 そこからの出来事は刹那の如くあっという間で、それでいて鮮明に覚えている。発生した衝撃に身を竦ませながらも、状況把握につとめた自分は、後ろが最後尾の端であることから逃げ場はなく、このままでは自分だけではなく友達や仲間、『教室列車』そのものが蹂躙されてしまうと瞬時に判断し、咄嗟にサル型プレデターに銃口を向けて、一心不乱にトリガーを引いた。


 それが功を奏したようで、銃弾が急所に命中したサル型プレデターは事切れて、すぐに『教室列車』から落ちて転がっていった。


「──ふ、あはは!」


 死を間近に感じたからか、咄嗟に動けた理由でもある脳内麻薬アドレナリンが、大量に分泌されたことによって昂揚してしまい、我慢できず笑いが弾ける。


「何しに来たんですかね!? あの猿! ねぇそう思わな……い?」


 同意を求めて友達が居た隣を見ると、そこには誰も居なくて、なにが起きたのか直ぐに悟った。


 ──“落馬”


 『アイアンホース』が走行中の『教室列車』から落ちる事を言う


 落ちるだけならいい。『アイアンホース』であれば100Kmで走る列車の上から落ちても即死することは早々なく、また治癒能力が高い事から、骨折でもしてなければ、すぐに立ち上がって歩き出すことができるだろう。


 ──彼女が“落馬”した事を知った私は取り乱した。忠実な“馬”であることを望まれる身でありながら、あろうことか『プレデター』が何処に潜んでいるか分からない場所で、『車掌教師』に緊急停車を願い出た。


 自分にも彼女にも、『アイアンホース』となった日から首に嵌められた鋼鉄の首輪には、登録された『教室列車』から離れると内部に仕込まれている針が首を刺し、直接、食道へと“毒”を流し込む機能が存在する。


 ──『教室列車』は時速100キロで走行している。落ちた彼女と距離がドンドン離れていく。この時、どういう風だったのか、よく覚えていない。後の報告によれば錯乱状態となって、『車掌教師』に緊急停止を求め続けたという。


 そんな自分に鬱陶しさを感じた『車掌教師』は、黙らなければ首輪の毒針を起動させると言ったらしいが、それでも止まらなかったため、見かねた先輩の『アイアンホース』が無理矢理、列車の中へと連れて落ち着かせてくれたらしいが、全くもって覚えていない。


 あの時、自分が覚えていたのは、一生覚え続けているのは──。




≪──待って! 待って!! お願いまって! いやだっ! 死にたくない!! 待って! 待ってよ!! 『──』! まって! 助けて! 一人にしないで! お願い! お願い届いてっ! 気付いてっ!! 私ここに居るの! 行かないで! 待って! まってって言ってるのにっ!! ──ごほっ! いや……だっ! 嫌だっ!! まっで……まっで……ま────≫





 通信越しに聞こえてきた。泣き叫ぶ友達の遺言だ。



 +++




「…………夢」


 朝六時を知らせる教室列車の汽笛が鳴り、目が覚める。最近よく見る夢だ。


 朝礼に遅れてはならないと朝の支度を始める。いつものように寝具を整えて、BDUを元にデザインされた目立つ赤染めの学生服を着込み、帽子を被る。鏡で服装の乱れが無いか、そして首輪に異常は無いかを確認していると、夢の内容を思い出して動きが止まる。


「…………」


 『ペガサス』ではなく自分たちを『アイアンホース』であると決定づける鋼鉄の首輪。友達を“卒業”させた存在であり、遠くない未来、自分を“卒業”させるであろう忌々しい存在。指を引っかけて力を入れてみる。このまま無理に外そうかと最近、よく考える。


 どういう仕組みかは分からないが首輪を無理に外そうとすると、その情報が『車掌教師』へと伝わる。それからは、あちらの判断次第では脱走行為とみなされて、遠隔操作で毒針が突き立てられて“卒業”となる。だから考えるのだ。刻々と迫る終わりに気持ちが溢れてしまうのなら、もう自分の手で終わりにしてしまったほうがいいのではないかと。


「……ふぅ」


 ──ただ、夢に出てきた前の『車掌教師』ならともかく、もう出会ってから数年の付き合いになる今の『車掌教師』──先生のことを、そして“ クラスメイト”を考えれば“自主卒業 ”めいたことはできないなと首輪から手を離した。


「準備完了。物および作業忘れ無し」


 最後のチェックを済ませた後、今日の分の食料を配給ボックスから制服のポケット内に移した後、部屋を出た。


 +++


 廊下に出ると、既に同じ列車クラスの二人が先に定位置に付いていた。前までは誰よりも早く来ていたが、今では自分が最後になる。


 口を開かず沈黙を保ちながら自分も定位置に付く。しばらく待つとスピーカーからマイクの電源が入る音が聞こえ、それに体が反応して勝手にスピーカーの方を向いて姿勢を正す。


≪──敬礼≫

「“ゼロ先生”に敬礼!」


 スピーカーから発せられた感情を感じさせない落ち着いた中年男性の声に従い、自分たち【303号教室列車】の『アイアンホース』3名は、相手側にきちんと見えるように天井に取り付けられているカメラに向かって敬礼を“返す”。


≪敬礼止め、休め、報告……これより、七月十五日の朝礼を始める。点呼、番号はじめ≫

「いち!」

「に!」

「さん! 終わり!」

「確認、【303号教室列車】、『アイアンホース』三名。異常なし!」

≪確認した。──本日の予定は、引き続き北陸路線の巡回、その道中で補給所にて補給を行なう、また──≫


 淡々と語られる今日の予定。前日の業務終わりに伝えられた内容から変更は無く、いつも通りの内容となっている。


 『アイアンホース』のやることは多岐にわたり、搭乗した教室列車によって作業が異なる。【303号教室列車】では主に北陸路線の安全管理を担っており、基本的には定められたルートを巡回走行。


 『プレデター』が線路周辺に現れれば戦闘。線路に異常があれば点検、場合によっては応急処置などを行なう。何もなければ何もしない。それが自分の日常。


≪──質問はあるか?≫

「……ありません!」


 少し待って声が上がらなかった事を確認した後、代表して発言する。


≪では、朝礼を終了する。07ぜろなな時に業務開始。それまで待機せよ……各自、安全且つ的確に業務を遂行するように≫

「はい! 先生に敬礼!」


 少し間を空けてマイクの電源が切れる音が鳴ると、自分は二人の『アイアンホース』のほうを向いた。


「──おはようございます。フタミツ

ハジメさんおはようございます~」

「おはよう、ハジメ!」


 年齢は同じだが後に【303号教室列車】に乗ったことから、自分の事をさん付けで呼ぶフタに、来月13歳となるミツと挨拶をしあう。


「えー。またトリガラ味ぃ? たまにはフルーツ味が食べたーい~!」

「自分は好きですよ~、トリガラ味。とはいえ、こうも続くと流石に違う味が恋しくなるのは確かですね~」


 これから七時までの約40分ほど待機時間となっており、その間に朝食を摂る。廊下に設置されているベンチに横並びで全員で座り、食べ飽きたシリアルバーを口の中に入れていく。


「考えたら唐突にピザ味が食べたくなりましたね〜。ミツは何か食べたい味とかあるんですか?」

「んー、あ! あれ食べたい! チョコ味。西に行けば食べられるんでしょ!?」

「チョコ味ってまさか……なんでミツが知って……フタ?」

「ごめんなさい~、つい口がすべっちゃって~」


 チョコ味のシリアルバーは、滅多に食べることの出来ない貴重なフレーバー。自分とフタは、任務で大阪地区に行った時、鉄道アイアンホース教育校本部のお膝元だったからか、任務達成の恩賞として、生き残った『アイアンホース』たちに嗜好品が配給された。


 それがチョコ味のシリアルバーであり、そのさい、自分たちがいつも食べているものとは明らかに違う存在。なんというか、甘くて美味しくて、脳に新たなしわができたような気がした。


 それをフタが、ミツに話したらしく、西に行けば配給されるものだと勘違いしたらしい。


フタ、アレは西に行けば配給されるというものじゃなくて、特別に与えられたものだったんだ」

「え~!? そうなの!? フタ嘘吐いたの!?」

「嘘じゃないですよ~。ミツが勘違いしたんです〜」

「違うもん! フタの説明が悪かったんだもん! フタのバカ! アホ! あんぽんたん!!」


 膨れっ面になって、頭に浮かんだ罵倒を連呼するミツ。本人には申し訳ないが、その様は愛嬌が強く、真面目に受け取ることができない。


 ミツは『アイアンホース』でありながら、精神が年相応……かは不明だが、子供っぽく感情的で自分の意見を考えずに口から出してしまう。その事で“不良馬”認定された彼女はこの【303号教室列車】へと移動してきた経歴を持つ。


「ごめんなさい〜。どうか許して〜」

「いや! 許さない! ……今日の夜まで許さない!」

「じゃあ。自分も夕方まであんぽんたんって言ったこと許してあげませんからね〜」

「んー! じゃあお昼までに変える!」


 フタミツがいつものようにじゃれあい始める。自分はそれを見ているだけが多いが楽しく、そして寂しいとは思わない。何故なら二人は自分のことを忘れず、最後には名前を呼んでくれるのを知っているから。


「「ハジメ」」

「──はい。なんでしょうか?」


 ──いつもと変わらず、自分を輪に入れてくれることに嬉しくなり、やっぱり自分は最後の最後まで一緒に居たいと思った。


 +++


 【303号教室列車】は二両編成となっており、自分たちの部屋がある後尾車両から先頭車両へと移動する。左右に座席はなく、代わりに壁には電子機器で管理されている金属製の収納ボックスが並んでいる。『車掌教師』──ゼロ先生が居る管制操縦室へと繋がる中央通路を半分ほど進み、自分の業務道具がしまってある収納ボックスの前へと立つ。


≪本人であることを確認。解除。速やかに装備を整えるように≫

「はい!」


 ゼロ先生の遠隔操作によって、電子ロックが解除される。ランプの色が変わり扉が自動で開き、すぐさまボックス内の必要装備を取り出す。


 自分に与えられた今日の業務は列車天井に体を出しての周辺警戒。中から夜間用キャップライト、双眼鏡。通信機などを取り出して、制服の適切な場所に取り付けていく、そして弾薬入りの弾倉に、それを入れるポーチを取り出して装着すると、風対策のポンチョを羽織る。


 最後に、自分用に調整されたマークスマンライフル型の『ALIS』を手に取って、マニュアルに従って点検した後、弾倉を装填。スリングを肩にかけて『ALIS』を背中に固定する。


 準備が完了して、二人を見るとそちらも終わっており、目があうと手を振ってくれたので、こちらも振り返す。待機時間以外では日常会話は厳禁であるため口頭による会話は行えないが、こうやって身振り手振りでする会話は嫌いじゃなかった。


 行ってらっしゃいとサムズアップで見送られながら、梯子を登り、天井をスライドさせる。


 +++


 【303号教室列車】は現在、巡回走行中であり、列車教室を統括管理する所によって定められたルートを走っている。外に出した上半身に強い走行風が体に当たるが慣れればどうということはなく、自分の体の中で活動する『P細胞』は風圧対策、視界補助、呼吸調整までをやってくれるのか、強い風に当たっている感覚はあれど、逆に言えばそれだけで済んでいた。


「──寒さもどうにかしてくれればよかったのに」


 風邪は引かねど凍える鉄の馬。火傷や凍傷を自覚させるためか、なってもすぐに治る体なのに、温度を感じる機能だけは人間のままで、夏の風でも中々に寒く、冬は結構地獄である。


「こちら、ハジメ。ただいまより警戒監視作業へと入ります。どうぞ」 

≪確認した。安全に業務を遂行するように、終わり≫


 +++


 ──時間が経ち、昼までの警戒業務は、特に何事もなく空と景色を見ているだけとなった。【303号教室列車】は少し型は古いが【プレデター】を広範囲で発見できるレーダーがあるので、怠惰にやるつもりはないにしろ、そこまで気を張る必要もなく。そもそも異常が起きた際に、率先して対処に当たるのが周辺警戒を任された『アイアンホース』の主な役目であるため“周辺警戒”は二の次だったりする。


 ──もっとも、多少気楽にやれているのは、ゼロ先生が真面目に業務を行っているからこそで、最近はそれに甘えている。


 何もなければ、何もしない、そんな警戒業務に退屈や苛立ちを感じていた時期もあったが、今では風切り音と列車の可動音の中で、流れる景色を見るのが不思議と心地よかった。ただ、今日はあの時のことを夢に見ていたため、心がざわつく。


 ──初めての友達の彼女は、【303号教室列車サンマルサン】とは違う教室列車の上から“落馬”した。直視することはできなかったから最初の頃は、どこかで生きていると信じていた。だけど時間が過ぎてゆく中で本当に“卒業”したんだと理解して、『アイアンホース』というものが、どういった生き物であるかを自覚した。


 それからは、ここまで必死に生きてきたと思う。辛い事や悲しい事のほうが多かったけど、【303号教室列車】で過ごす日々は、きちんと自分を立って歩かせてくれた。少なくともあの日“卒業”してしまった友達を過去だと割り切れるほど、この教室列車での生活は、自分にとって尊いものとなっている。


 では、なんで、今更あんな夢を見たのか。理由は分からないが、原因は思い当たる。だからこれ以上は考えない──できたら、この景色のように流れるままに、残り僅かな日々を平和に、穏やかに、無情に過ごしたかった。


 ──神様。もしも鉄錆びた家畜である自分の願いを叶えてくれるのなら、この【303号教室列車】の車内で終わらせてほしい。ついでを言うなら、ベッドの上で、傍にはフタミツが居て、ゼロ先生がカメラ越しに見てくれている中で“卒業”したいです……なんて天に向かって祈ってみる。


「……今の時代、流れ星にお願いするほうが、まだ叶いそうだ」


 +++


 ──なんて、神様を蔑ろにしたのが駄目だったのか、自分の願いが叶わないと知ったのは、夕方、補給所に到着して“本校”からの命令を聞いた時だった。


 ゼロ先生に呼ばれ、後部車両の廊下へと並ぶと、それは読み上げられた。


≪──周期的に発生する『プレデター』の大規模侵攻であるが、アルテミス女学園在籍の『ペガサス』だけでは東京地区の防衛が困難であるとし、【303号教室列車】に所属するアイアンホース第……、『アイアンホース』、ハジメは、先の防衛に参加することを目的に、アルテミス女学園に転校する事をここに通達する≫


『鉄道アイアンホース教育校』上層部から届いたであろう転校命令書と言うべきものを、ゼロ先生は淡々と──気のせいでなければ、酷く辛そうに読み上げた。


「──なんで?」


 最初に声を上げたのは、転校する事になった自分ではなく、ミツだった。本当に理解できないから質問したことが分かる。


≪……ハジメ以外を含めた三名の『アイアンホース』が転校する予定となっており。各々の管理は乗車していた列車の『車掌教師』が行なうこととなる≫


 【303号教室列車】から降りて、自分はアルテミス女学園の生徒になるらしいが、引き続きゼロ先生の管理下に置かれるらしい。あちらの学園の事情もあるから、実際はどうなるかは分からないが、転校したからといって完全に縁が切れる事はないらしく、ほっとする。


「……三名なら、じぶんたちでいいじゃん」

ミツ

「だってそうでしょ! なんでハジメだけ【303号教室列車サンマルサン】を降りるの!? ハジメが転校するなら、じぶんだってアルテミス女学園に行く!」

ミツっ!」


 意味不明なほど、すんなりと受け入れていた自分自身とは違い、ミツはゼロ先生に向かって猛抗議する。流石に度が過ぎているとフタが止めに入るが……ミツは止まろうとはしなかった。


フタも何か言ってよ! このままだとハジメだけ転校しちゃうよ! なんでハジメだけなの!?」

「それは……」


 フタは自分だけが選ばれた理由に気付いている。きっとミツだってそうだ。


「……活性化率が【84%】。それが自分だけが選ばれた理由です」

「──っ!」


 ──自分は冷静、というのは勘違いだったのだろう。混乱していたのかもしれない。口が滑ったと自覚した時には、もう遅かった。


ミツっ!」


 ミツが先頭車両に向かって走り出す。フタが叫び、自分は追いかけるが、俊敏なミツに追いつけない


 ──前後の車両を分かつ扉は管制操舵室によって、通常時にはロックが掛かっており、本来であれば往き来するのに、ゼロ先生の許可が必要だが、ミツは構わず進む。


「駄目だ! ミツっ!」


 ──ミツが“扉をすり抜けて”先頭車両のほうへと移動する。ミツの〈魔眼〉の能力だ。扉に行く手を阻まれて止まる。その二秒後ぐらいにロックが解除されて、自分とフタも先頭車両へと移動するが、そもそも長くない通路だ。間に合わなかった。


「なんで、ハジメを転校させるの! どうして!? ふざけんな! なんとか言えよっ!」


 ──先頭車両の先にある鋼鉄製の扉を、力の限りノックしながら、その奥に居る人物──ゼロ先生に向かってミツは絶叫する。ミツが扉を叩く度にガンガンッ! と教室列車が揺れる。


「やめろっ!」

ミツっ!」


 ミツを扉から引き剥がして、後ろに居たフタのほうへと送る。『ALIS』の攻撃にも耐えるほど頑丈に作られた扉を手加減なしに叩いていたミツの手は、目に見えて損傷している。


「離して! このままじゃハジメが居なくなっちゃう! 約束したのにっ! ここにずっと居るって約束したのにっ!!」

フタミツを後ろに」

「は、はい……」


 ──ミツは泣き叫び暴れており、フタに頼んで羽交い締めのまま下がってもらう。


「──“待って”よ!」


 ──全身が硬直し、銅像のように動かなくなる。呼吸をしているのかどうか分からなくなる。振り向くことすらできず、ミツがどんな気持ちで、自分が禁句にさせてしまった言葉を放ったのか確認できない。


「待ってよ……ハジメ……」

ミツ!」


 剣呑な声を出しながらフタは後部車両へとミツを連れていく。何度も深呼吸を繰り返し、呼吸を思い出す。心臓の鼓動音が半分ぐらいになってから管制操舵室の扉の前に立ち、ゼロ先生に話しかけた。


「先生……」

≪……転校に関しての報告は以上だ。以降の質問は受け付けない≫

「……わかりました……ありがとうございます」


 ──ミツのしたことは、自分たちの管理者である者への反抗だ。『車掌教師』によっては、そのまま勢いでボタンを押して“卒業”させていたっておかしくない。少なくとも自分の前担任はそうだった。“卒業”までは無いにしろ、何かしら罰を与えられて然るべきだ。


 でも、ゼロ先生はこの一、二分で起きたことを感知してないと装ってくれた。恐らくだが記録に残らないようにも手を打ってくれていて、ミツを罰する理由そのものを無かったことにしてくれたのだと思う。


「……先生。お願いがあります。今日は他のアイアンホースと同じ部屋で就寝してもよろしいでしょうか」

≪──許可する≫

「ありがとうございます! それでは待機状態に戻ります!」


 敬礼にて感謝を伝えたあと自分も後部車両へと戻る。


 +++


 ベンチに座るミツは、泣いていた。フタも涙こそ出していないが、ほがらかな空気は消えており、酷く悲しそうな顔をしている。


「……あ、ハジメ……」

ミツの手は?」

「もう治りました……ハジメ、このまま……【303号教室列車サンマルサン】を降りていいんですか? ……私は……まだ覚悟が出来ていません」


 自分が居なくなれば、自ずと年長者であるフタが長の役割を担う事となる。彼女がハジメの名を受け継ぐことになるだろう。


「大規模侵攻がどれほどのものか分からないけど、アルテミス女学園に転校ということは、自分はもう【303号教室列車サンマルサン】には帰ってこられないと思う」


 肉になるために出荷される家畜が、もしも人の心を持っているというなら、彼らの気持ちが今はとても分かる。


「だからごめん。後は頼むよ」

「そんな簡単にっ──!」

「『アイアンホース』に決定権は非ず。許されているのは人が握る手綱の通りに動くだけ」

「……独断専行しがちの貴女がそれを言いますか!?」

「頼むよ。フタ。貴女しかいないんだ」


 出来る限り平然を装った微笑みを浮かべて、力強くお願いする。何かを言おうとしたフタであったが飲み込んで、ひと言ずるいです~と項垂れる彼女に申し訳なく思う。


「──やだ」

ミツ……」

「やだよ。ハジメ。いなくならないでよ……じぶんの搭乗日ケーキあげるから……!」


 【303号教室列車】の『アイアンホース』には搭乗した日に天然の材料で作られたチーズケーキが配給される。ミツはまだ食べたことはなく、話に聞いてとっても楽しみにしていた。


 ──ミツが、幸せそうにケーキを食べるのを見たかったな。


「…………ごめん」


 泣きじゃくるミツに掛ける言葉が見つからなくて抱きしめる。そんな自分をフタが後ろから抱きしめてくる。


 “前のハジメ”のように“前のフタ”のように、そして初めての友達の時みたいに、『アイアンホース』である以上、別れは突然に、あっという間に訪れる。それだけは、どれだけ経っても変わらなかった。


 自分の番が来ただけだ。


 ──自分は『アイアンホース』の中で恵まれている。一番恵まれていると自信を持って誇れる。だって、転校の話を聞く前から、どこか生を諦めていた自分の代わりに泣いて、怒ってくれて、慮ってくれる、こんなにも好きで居てくれる温もりを感じられているのだから。


「……ハジメ。今日、一緒に寝てくれる?」

「うん。いいよ。フタも一緒に寝よう」

「……今日ばかりは、お言葉に甘えさせていただきます」


 ──転校について、終始どこか他人事であったが、今日は幸せな気持ちのまま眠りにつくことが出来た。


 ──神様が流石にやりすぎたと反省したのか、それからの日々はとても穏やかな日々が続いた。


 そして数日後。自分は『アイアンホース』を下車し、アルテミス学園へと転校した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る