1.5章
第17話
──アルテミス女学園高等部『ペガサス』が人型プレデターと出会った夜から三日後。
元茨城県に存在するアルテミス学園の外は、人類の天敵である『プレデター』の侵攻によって人間が住めなくなった捨てられた街──『
そんな『街林』の中に存在する広大な工場地帯にて現在、『ペガサス』と『プレデター』が戦っていた。
『プレデター』のほうは日本全国で見られるカマキリ型。中型種の中でも二メートルほどしかない小柄で両手の鎌は鋭く、振るうスピードの速さから対応を間違えてしまえば、呆気もなく両断される事から、“前衛殺し”の異名で呼ばれている。
それが数十体。いくら『ペガサス』と言えど囲まれたら“卒業”することは避けられない。中距離、遠距離からの撃破が望ましい。
そんな“前衛殺し”に前衛で、長い黒髪を靡かせながら大太刀を振るい駆逐していくペガサスがひとり。
──楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい!!
そんな感情がありありと伝わるほどの獰猛な笑みを浮かべながら、黒と紺色の制服の大和撫子──アルテミス女学園高等部三年生『
「快気祝いをくれるとは『プレデター』も中々に粋なことをしますね!」
カマキリ型の弱点としては装甲がかなり脆いことが挙げられる。両腕の鎌以外であれば、『ペガサス』の専用装備である『ALIS』の攻撃ならどこに当たっても有効なダメージを与えられる。なので月世の一太刀を浴びて、再生できぬほどの致命傷を負ったカマキリ型は、そのまま絶命。液状化して跡形も無く消える。
月世の戦い方はとても単純で、カマキリ型が手鎌を振るう前に斬るか、振るわれたのを【待雪草】で弾いた後に斬るかの二つ。しかし、それが並みの『ペガサス』にできるかと言われれば不可能である。
できない理由もまた単純で、失敗すればそのまま“卒業”を意味する戦い方であり、その失敗も一太刀で葬れなかったら、刀が鎌に弾かれたら、刀を入れる角度がほんの少しでも間違っていたらなど種類が多く、リスクを考えたら戦闘のプロであるほど行わない、かといって素人が真似すれば呆気も無く“卒業”してしまう戦い方と言ってもいい。
それを月世が率先してやっている理由は“この方法がもっともたくさん斬れて楽しい”からである。
──月世は斬るのが大好きだ。戦闘狂とも言い換えられる。昏睡状態から目覚めての初の実戦。学園の外に出てからというもの感じていた疼きを解消したくて堪らなかった。だからいま、とても幸せだ。
「ふふっ! あははっ!!」
金属製の外殻に刀身が食い込む感触、その中にある分厚い生物部位にするりと刃が通る感触。そして切り抜いたあと手に残る感触。
「──なんて、最高なんでしょう」
悦に浸る月世、しかしながらその両手は動き続けており、プレデターの命を効率良く刈り続ける。
「あら?」
──そんな最中、斬ったカマキリ型の尻から“針”のようなものが生えてきて、月世に襲いかかった。
この針のようなものは本来、カマキリに寄生していたハリガネムシが元で、プレデター化したさいに、カマキリ型プレデターの武装の一部として改造されたものだ。カマキリ型にはこのような個体が確率的に存在する。
──伸縮自在の柔軟な針が月世の胸を貫こうとしたが、その前に飛来してきた矢に突き刺さり、そのまま別のカマキリ型の身体へと縫い付けられる。
「珍しいものを見ましたね」
「平気?」
「ええ、援護ありがとうございます。愛奈」
ハリガネムシ触手が内蔵されているカマキリ型は、オリジナルからプレデター化した個体だけであり、最近ではめっきり見なくなった。ついに両手で数えられるほどとなった出会いに、今日は運もいいかとさらに上機嫌になった月世は、心なしか刀を振るう速度を上げた。
「増援はもう来ないみたい、この群れで終わりだね」
自分の専用ALISである【ルピナス】に、『ALIS』用に作られた矢をつがえて放つを繰り返すアルテミス女学園高等部三年の『
──『ペガサス』が必ず保有する瞳に宿る特殊能力〈魔眼〉。
愛奈の〈魔眼〉は〈
つまり発動中は、どうすれば当たるか、どういう風に飛ぶのかを愛奈は“なんとなく”で理解できるようになる。ゆえに射撃という行為に関してだけ、センス有る無し関わらず愛奈を天才的な射手にするのが〈
「持ってきた矢が足りてよかったよ」
──愛奈は赴くままに矢を放ち、カマキリ型プレデターの急所に百発百中で当てていく。
さらに愛奈は月世に群がるカマキリ型の中で配置的に危ない個体や、こちらに標的を変えた個体を優先して狙う。何十体も居る中でどれを狙うかの判断は愛奈が決めており、その全てが的確なのは彼女自身の才能である。
──こうして二人の高等部三年『ペガサス』によって、『プレデター』は危なげなく一掃された。『プレデター』の遺体は全てが液体化して廃工場敷地内の割れたコンクリート製の地面に染みこんで消えていった。
「……強い」
その傍ら“なにもできなかった”大盾型の専用ALISである【ダチュラ】を右手に持つ高等部二年生の『
──短い時間、たった二人で百体近くのカマキリ型プレデターを掃討した先輩たちは、一年後輩である彼女から見て、かなり異質だった。
月世先輩の戦い方は同じ前衛の真嘉から見ても理解不能で、自分からカマキリ型に囲まれに行くという時点でおかしいのに、怪我ひとつ負わずに全てを斬り捨てる技量に真嘉は狂気を感じた。
また、愛奈先輩のほうも明らかに弓が出していい制圧力ではなく、〈魔眼〉抜きにしても矢の装填速度や状況把握能力、瞬時の判断などが常軌を逸している。狙われたら逃げられない。真嘉はそんな事を考えて背筋が冷えた。
しかしと真嘉は疑問に思う。先輩たちが強いことは知っていたが、これほどだっただろうか?と。戦い方だってもっと消極的だったと過去を振り返っていると、ふと答えに行き着いた。
「……そうか、活性化率を気にしなくて良くなったんだもんな」
『プレデター』の体内に存在する『P細胞』を保有している『ペガサス』には、活性化率と呼ばれる数値が存在する。それが100%になってしまうと『ゴルゴン』と呼ばれる『プレデター』になってしまう。なので先輩たちは本来高くなってしまった活性化率を気にしなければならず、よほどの事が無い限り全力では戦えない。
──しかしながら三日前。世界で唯一活性化率を下げられる人型プレデターの登場によって事情は大きく変わった。彼が現われたおかげで自分たちは活性化率を気にせずとまでは行かないが、少なくとも節約した戦い方はしなくてよくなったのだ。
それが自分が知らなかった先輩たちの強さの正体。それを理解した真嘉はだからといってすぐに出来る戦いかたじゃねぇよと改めて先輩たちに戦慄する。
「──うん。上がってる」
愛奈が【ルピナス】のディスプレイに表示される数値を確認して、そう呟いた。その数値は活性化率を表わしているものであり、『ペガサス』にとって目に見える寿命そのものである。愛奈の活性化率は、戦う前よりも数値が3%上がっていた。
本来であれば、『ペガサス』に絶望や嘆きを与えてくる数値の上昇。しかし愛奈の表情はとても穏やかだった。
「なんだか複雑だね。昔は上がる度に怖がっていたのに、いまは本当に下がっていたんだねって安心する」
「愛奈先輩……」
「私たち、長生きできるみたい」
一度は抑制限界値である95%まで辿り着いた活性化率。それなのに〈魔眼〉を使用して戦っても『ペガサス』のままであることに、愛奈は自分の活性化率が下がったことを実感して、何度目かわからない学園に居る“彼”に感謝の念を送る。
そんな愛奈よりも、実感を持てて心の底から安堵していたのは真嘉だった。
自分よりも大切な同級生四人の命が本当に伸びたんだという喜びは、自分の選択に間違いは無かったと自信に繋がる。──しかし、来夢の“卒業”した日の光景がフラッシュバックして、真嘉の気分は一瞬にして後悔に塗り潰された。
「真嘉?」
「──いや……本当に活性化率が下がったんだなって」
──今は考えるなと真嘉は、浮かび上がった映像を振り払い、咄嗟に誤魔化す。
「……うん、といっても気を付けないとね。100%になったら『ゴルゴン』に成るのは変わらないんだから」
「──できるかどうかはまた別ですが戦うことを考えて、一度にどこまで下げるべきか決めておいたほうが良いかも知れませんね」
合流した月世が手に金属の破片らしきものを持っているのを見て、愛奈があっと声を上げた。
「もう、いつまで経っても手伝ってくれなくて悲しくなりました」
「あはは、ごめんね。話に夢中になっちゃった」
「す、すいません!」
月世が持っているものは『遺骸』と呼ばれる『プレデター』の残骸。絶命したさいに液体化して跡形も無く消滅する『プレデター』であるが、確率で金属部位を残すことがある。それらには必ず『P細胞』が内包されており、これらを加工した『プレデターパーツ』は『ペガサス』たちの武器である『ALIS』に使用される。
愛奈たちが話している間、月世は『遺骸』を回収していて、最後まで誰も手伝いに来てくれなかったと悲しい顔をする。
──その表情が嘘だと、愛奈にはすぐにばれた。真嘉も嘘だろうとは思ったが、どちらにしろサボってしまったのは確かなので頭を下げ続ける。
「確認ですが、『遺骸』などの回収はどなたの役割でしたっけ?」
「オレ……です。すいません」
「自覚があるのに、サボってお喋りに興じていたと?」
「すいませんでした!」
「月世~! 後輩を虐めないの!」
言葉のトゲトゲしさとは裏腹に月世は全く怒っていない。代わりに縮こまる真嘉を見て、とても楽しそうに微笑んでいた。
──月世は他者を虐めるのが大好きである。そこに可愛げは一切無く、『プレデター』が現われる前の時代であれば、彼女は生まれながらにして批判される側の存在だっただろう。なんなら彼女はこれがしたいために、二人に声をかけず『遺骸』を回収したから完全に確信犯である。
「冗談ですよ。頭を上げてください」
「はい……本当にすいません。いま持ちます」
「あら、愛奈のようにタメ口で話してくれないのですか?」
「………………持つからくださ……くれ」
苦虫を噛みつぶしたような顔になる後輩に、月世は心底愉快になる。個人的にはもっと遊んでいたかったが、愛奈に視線で咎められたため、名残惜しいが今回はこれで終わりにする。
「リュックの中に入れるのでしゃがんでください」
「あ、ああ」
「あ、私が開けるよ」
真嘉が【ダチュラ】を水平に持ち片膝立ちになると、愛奈は真嘉の後ろに回り込み彼女が背負っているリュックを開けた。そこに月世が、持っていた『遺骸』を全て入れる。
「倒した数に比べると、ちょっと少ないかな?」
「渋いですね」
百体以上倒したのに、残存した『遺骸』は数に比べて一割ちょっと。愛奈の経験から言えばあと一割増しで残ってもおかしくないのだが、今回は単純に運が悪かった。
──これから自分たちの倒す『プレデター』の『遺骸』は東京地区に送らず、自分たちで使うこともあって、これだけしか残らなかったなと愛奈は残念がる。
「所詮はカマキリ型なので良品も少ないと思いますし、大きめの奴とか現われてくれませんかね」
「月世が単に斬りたいだけでしょ?」
「はい!」
「もう……月世は変わらないね」
とても良い笑顔で肯定する戦闘狂の月世。そんな変わらない月世に愛奈は仕方ないなと笑う。
「はぁ……全力で斬れるなんて、もう出来ないかと思っていたので本当に嬉しいです」
──月世が先ほどの戦闘を思い出して恍惚とした表情を浮かべて長めの吐息を零す、それが真嘉の首筋に当たって、思わずビクッと身体を震わせた。
+++
「『街林』で素材集め?」
──昨日の夜、アルテミス女学園の生徒会長である高等部一年の『
「はい! ボクたちがきちんとした“自立”をするには、様々なものが必要となってきます。しかしながら正規のルートで集めるのには限界があるため、必要なものを『街林』で集めることにしました!」
アルテミス女学園高等部は人型プレデターとの出会いを切っ掛けに、ある決断をした。
──大人たちに彼の存在がバレてしまえば、自分たち高等部を含めて碌でもない事になるのは明白であり、それを回避して生きていくために“自立”をすることにした。
彼の存在を秘匿し、大人たちを欺き、事情を知る『ペガサス』だけで独自の道を進んで生きていく。それが愛奈たちが呼ぶ“自立”の内容。未だゴールも決まっておらず、スタートラインもままならないため、現状ではまだ始めるための準備段階の最中である。
そんな容易ではない“自立”のために必要ではあるが、学園内では揃えられないものを野花は『街林』に行って手に入れようと愛奈に提案した。
「分かった。それで何を持って帰ればいいの?」
「本当に色々なものなので、その度に注文していきたいと思います──ただ、その前に
「大事なもの……缶詰とか?」
「なぜピンポイントで缶詰出てきたんですか? 食べたいんです?」
「あはは……食べたいんだけど、いま自分が使えるお金が無いので……」
彼との出会いの日から愛奈は、野花の考えによって“卒業”扱いになっていた。そのため愛奈の電子マネーは停止したため無一文となっている。食堂の料理は無料なので好きなように食べられるため飢える事はないが、金が必要なものを愛奈は買えない立場でいる。
──『街林調査』のさいに見つけたら持ち帰って欲しいリストに缶詰が載ったのは、それから五分後の事である。
+++
そうして愛奈は現在、月世と真嘉の三人で『街林調査』へと赴いている。大手企業が使用していたとされる広大な工業地帯に居るのは、ここに夜稀が絶対に欲しいと言う機械があるかもしれないということで、実在するかどうかの確認である。
愛奈たちは鍵や社員証などが無ければ本来入れない建物内部に、『プレデター』が空けたであろう大きな穴から入る。
「……うん、建物の中には『プレデター』は居ないみたい。でも小型種がどこに隠れていてもおかしくないから、警戒は怠らないでね」
「ああ」
「わかりました」
前時代では毎日稼働して製品を作っていたであろう作業場は、かなり荒らされており、瓦礫だけではなく、愛奈たちが見たことの無い巨大な製造機器が散乱している。
「どれが無事なものか分からないね」
「そうだな。大半が壊れている」
巨大な製造機器たちの大半は横転していたり、瓦礫に押しつぶされたり、重たいものに踏み潰されたように陥没しているものなど、ほとんどが壊れている様子だった。それを愛奈は頼まれた通りに渡されたカメラで手当たり次第撮っていく。
「真嘉なら持ち運べる?」
「いや、オレでも無理そうだな」
「重量を軽く出来る〈魔眼〉持ちが居たとしても、これだけの大きさです。学園まで持って帰るのは難しいかと」
これらの製造機器が夜稀の言う絶対に必要なものだったとして、常人よりも遙かに強い力を持つ『ペガサス』。さらにその平均的な『ペガサス』よりも力持ちな真嘉ですら、流石に重量が数百キロの製造機器は持ち上げるのも難しい。仮に〈魔眼〉や道具などを使って移動できるようになったとしても巨大な製造機器を運びながら『街林』を通って学園に帰るのは危険極まりなく、分解するにしても、愛奈たちに機械を弄れる技術は無く、下手に触って壊してしまえば本末転倒だ。
「──やっぱり夜稀が来るしかないのかな?」
目的の機械が持ち運べそうに無かったら、機械を欲している張本人である夜稀と一緒に、後日ここを訪れる手筈となっている。
しかし、工場の敷地内の『プレデター』はある程度掃討出来たとはいえ、『街林』はどこにプレデターが潜んでいてもおかしくない場所だ。いつ何時、どんな『プレデター』が現われてもおかしくない。そのため愛奈は危ないからできれば夜稀には現場に来て欲しくなかった。
なにせ、本人も言っている事だが、夜稀は本当に弱い。『ペガサス』だからこそ身体能力は常人よりも遙かに上だが、戦闘のセンスは皆無に等しく、新入生にですら負ける可能性が充分にある。もちろん、もしも『街林』に来るというのなら命を懸けて守るつもりでは居るけど、危険を冒さないことに越したことはなく、なにかいい手が思いつけばいいなと、愛奈は写真を撮り続ける。
──作業場を後にした三人は倉庫や事務所など色々な所を回った。破壊されたり、埃を被ったりしていたが、様々な道具や機器が昔のままで残っているものも多く、愛奈たちはよく分からないなりに、ここから色んなものが揃えられそうだと思った。
「想像以上に広いな」
「今日全部回るのは無理だね。ここで最後にしようか」
「了解」
「分かりました」
資材を置いておく倉庫だと思われる建物の探索を最後に、今日は切り上げるという愛奈に二人は了承する。愛奈たちは空いている穴から中へと入る。
「……ここにきて一番に荒れてるな」
瓦礫だけではなく、棚や資材、あらゆるものが折り重なっており足の踏み場もない状態だった。
「中に入るなら【ダチュラ】はここに置いていったほうが……先輩?」
「──居る。月世」
「戦うには足場が悪すぎます、外に出しましょう」
それだけ言って愛奈は矢筒から矢を取り出して【ルピナス】につがえる。遅れて真嘉が前に出ようとすると、月世が服を掴んで強く引いた。
「外へ出すと言ってるんです」
「すいま──悪い!」
倉庫の奥の乱暴に積み上げられた機材の山。天上から差し込む光を避けるように積み上げられたそれが、ほんの僅かに震動している。
──それは『ペガサス』の五感ですら感知するのは不可能な、生物が生きているだけで発する振動。〈
愛奈は弦を限界まで引き絞り、矢を放った。先ほど連射していた時と比べて遙かに力が乗った矢は真っ直ぐと瓦礫の山へと飛んでいき、ほんの僅かな隙間を潜って中へと入っていった。
「外へ!」
愛奈が叫ぶとすぐに機材の山の中に潜んでいた『プレデター』が、その山を吹き飛ばして姿を露わにした、その間に三人は倉庫へと出て、戦闘態勢となる。
そんな愛奈たちを追って、『プレデター』はコンテナのシャッターをぶち破って外へと出てきた。
「イノシシ型……一体? 独立種か!?」
「いえ。アレは単なるはぐれのようですね」
プレデターは、見た目どおりイノシシ型と呼ばれるものである。全長350センチ、体高200センチ越えの巨体。額から尻に掛けて固い外殻に覆われており、戦車をもひっくり返すほどのパワーでの突進を得意とする。
イノシシ型プレデターの側面には先ほど愛奈が放った矢が外殻の隙間を縫って刺さっており、機材の山に隠れていた『プレデター』であることを証明している。
「来るよ真嘉!」
「ああ!」
開始の合図はなく、愛奈たち『
──イノシシ型の突進を受けて生き残ったペガサスは、必ず“気がつけば目の前に迫っていた”と語る。
チーター並みの加速と言えばいいのだろうか、イノシシ型プレデターが走り出して僅か3秒後、時速80キロの速度で真嘉をひき殺そうとする。そんな中、真嘉は避けるそぶりすら見せず、迫り来るイノシシ型を奇妙に輝く瞳で視た。
「──停まっちまえ! 〈
──イノシシ型は停止ボタンを押された動画のように駆ける姿のまま、真嘉から2メートルほど手前でピタリと止まった。
真嘉の〈魔眼〉である〈
「おらぁ!」
動くことのできないイノシシ型に自分から接近した真嘉は、〈魔眼〉の効果が切れるタイミングに合わせて、生物部位が露出している柔らかい鼻の下を、大盾の【ダチュラ】で殴った。
ゴンッという音とともにイノシシ型の巨体が浮き上がり、前脚は地から離れて鼻先が青空に向くが、すぐに重力に従って元に戻ろうとする。
──ギュイイイイイイイイイ!!。
そんなイノシシ型の顎の下めがけて、真嘉は【ダチュラ】の先端にある杭を向けると盾の裏側に搭載されている電動モーターが高速回転をはじめ──。
「
──勢いよく杭が飛び出した。
射出された杭はイノシシ型の喉下から中へと入り込み脳天を貫く。
伸びた杭を【ダチュラ】の内部へと引っ込めた真嘉は後ろへと下がる。神経系をやられて即死したイノシシ型プレデターは、そのまま地面へと倒れ伏し、ドシンと大きな音を響かせたあと液体となって、今日中には乾くであろう地面の染みとなった。
「……終わっ──うおっ」
「おつかれさま。こっちも丁度終わったよ」
真嘉がイノシシ型を倒して愛奈たちを見ると、その周辺には、もっとも日本人の血を吸ったと言われている小型種であるカブトガニ型プレデターが散乱していた。
「いつのまに」
「あの倉庫の天井に張り付いてたのが外に出てきたの、真嘉の邪魔させないために優先して対処したんだけど、結果的にひとりで戦わせることになってごめんね」
「ああいや。適材適所ってやつだ。気にしてない」
大盾である【ダチュラ】と、平均的な『ペガサス』に比べてパワーが秀でてる真嘉は、イノシシ型のような同じパワータイプの中型種と相性がいい。逆に愛奈たちが倒した小型種は真嘉にとって、かなり苦手であまり戦いたくない相手であるため、受け持ってくれた先輩たちに感謝しかない。
「とはいえ、わたくし的には大きなボタン肉を捌きたかったところですね」
「す、すいま……すまん……?」
「ふふっ、冗談ですよ。そう脅えた顔しないでください」
微笑む月世に、真嘉は疲れたようなため息をする。ごめんねと謝ってくる愛奈に気にしてないと返事をする。気にしていないというか、気にしても仕方がないという諦めではあるが嘘は言っていない。
「あ! イノシシ型の『遺骸』が残ってる! すごい!」
イノシシ型は年に二度ある大規模侵攻を除けば、侵略地域の山中に居ることが多く、こうやって『街林』で出会うことは、先ほどのカマキリ型などに比べれば少ない。
そんなイノシシ型、それも1頭だけだったのに『遺骸』が残ったことは本当に幸運なことで、イノシシ型の『遺骸』を手に持った愛奈は、目に見えて喜ぶ。
「お手柄ですね、真嘉」
「単なる偶然だ」
「それでも倒したのは真嘉だよ。リュックの中に入れるね」
先ほどと同じく、真嘉が背負っているリュックの中に『遺骸』を入れる。一気に重量が増えたが、真嘉にとってはまだまだ羽のように軽い。
「真嘉が居てくれて本当に助かったよ」
「遺骸ひとつで大袈裟な」
「そうじゃないよ。こうやって調査でも戦闘でも、すごく助かってる。だから付いてきてくれてありがとね」
「お、おう……」
愛奈からすれば、ただ単にふと思ったことを口にしただけだった。一方で真嘉は、自分のやるべきことをやっただけであって、それに感謝されてもと思った。しかし、戸惑いの理由は、その感謝に自覚できるほど強く嬉しいと感じてしまったからだった。
「それで、もう一度倉庫の中へと行きますか?」
「見るだけ見よっか。あの機材たちも必要になるかもしれないし、写真を撮りたい」
「分かりました。小型種が残っていてはなんですし、真嘉は後ろを警戒してください」
「ああ……分かった」
先輩たちの言葉に従って、最後尾となって倉庫の中へと入っていく真嘉。その中でふと思い至る。そういえば、こうやって誰かに指示されて動くのは何時ぶりだろうか?
──言われた通りのことをして、達成したら感謝される。難しいことを考える必要も無く、なにかしら重い決断をしなくていい。大切なものを守るために自分からやりだしたことだが、それでも気苦労や辛いことも多い。それに比べれば先輩たちに付き従うだけというのは、とても心が軽く──なんて、楽なんだろう。
「…………っ!」
無意識に浮かんだ言葉を必死に打ち払う。コレじゃまるでと、己の馬鹿さ加減を責め立てながら真嘉は置いてかれないように先輩の後へと続いた。
「……真嘉?」
「なんでもない」
他人に鋭い愛奈が立ったまま動かない真嘉を気に掛けて声を掛ける。月世は内心で、本当に何でも無いなら、名前を呼ばれて“なんでもない”と返さないでしょうにと思い、クスリと笑った。
「……そう……真嘉、役に立てるかは分からないけど悩み事があるなら相談してね」
「──悪い。まだ少しだけ自分で整理したいんだ」
「そっか、分かったよ。でも溜め込むのだけは止めてね……良いことなんてなに一つ無いから」
「愛奈先輩……」
──感情の籠もった愛奈の言葉に来夢の顔が連想されたことで、真嘉は相談されない辛さは自分がいちばんよく知っていたと自分の額を軽く叩く。
「……その時は頼らせてもらいます……頼るよ」
「間違っても、わたくしにはご相談しないように、碌なことになりませんから」
「それは…………くぅ……」
「月世、後輩をいじめないの!」
──まだ自分の気持ちに整理が付かない。意地でも過去を思い出にしたくない自分が居て、整理がつけられない。でもあいつらの事を考えれば、ずっとこのままでいい筈がない。
「そうだ! 学園に帰ったら、さっき事務所のほうで見つけた缶詰一緒に食べようよ!」
「……あの埃被ってたやつか? 本当に食えるのか?」
「中身は大丈夫だと思うよ。多分……それで真嘉は鯖味噌缶と蒲焼きサンマ缶どっちが食べたい? 私のオススメとしては鯖味噌。彼に食べさせてもらって本当に美味しかったの!」
「……食べない選択肢はあるのか?」
「こうなったらありませんね」
──だから、もう少ししたらはっきりと決めよう。これからオレが、あいつらがどうやって生きていくのかを。
ひとつの決意を定めた真嘉は、突如降って湧いた先輩に与えられた二択に頭を悩ませるのであった。
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