【ある日の会話2】豆腐の味が知りたい

 ここはJR荻窪駅駅前。眼前にはバスロータリーが広がり、道を挟んで向こう側に鎮座する驚安の殿堂からは今日もパワフルな歌声が響いている。


 今日も女子高生が2人、ティッシュ配りのバイト中に、ダラダラと内容もない会話を繰り広げる。


「よいっすー!今日も元気にお喋り&お配りしようね田中!」

「山田よいっすー!はいいけど、その挨拶ダサいよ?」

「うそ!?夜の宵と掛けてる新しいこんばんはなのに!」

「意味のないダブルミーニングやめなよ」

 田中は眉間に手を当てて、ため息をつく。

「そんなことより、今日はぜひとも田中と朝まで語り明かしたい議題があるのだよ」

 ムフーッと小鼻を膨らませながら、得意げに話し始める。

「私はとっとと配り終わって帰りたいけどね、で、議題って?」

「今日の議題は豆腐です!」

「豆腐?」

「そう!白くて味がなくて美味しくないのに、何故か人気のある豆腐!」

「山田の豆腐観はなんとなくわかったけど、それ朝まで語り明かす必要ないよ」

「え!?なんでなんで!豆腐の人気の秘密を解き明かそうよ!」

 手足をバタバタさせながら、説得を試みる。

「豆腐の人気の秘密は至極簡単。美味しいからだよ」

 田中の放った何気ない一言に、人生観を揺るがされるほどの衝撃を受け、まっすぐ立てないほど動揺する。

「美味しい・・・?豆腐が?」

「そう、美味しい」

「噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ!」

「頭おかしくなった?」

「だって、豆腐味ないじゃん!やわらかいだけじゃん!それに真っ白なんだよ!」

「味はともかく、色はどうでもいいでしょ。てゆーか味あるよ、あーし豆腐大好き」

「黒ギャルが白豆腐食べるなんて、国賊だよ!」

「山田国賊の意味わかってんの?あと黒ギャルも白豆腐食べるよ。いや白豆腐ってなに?」

「とにかく!あんなまっちろい正方形に味があるなんて、到底容認できないよ!」

「山田って豆腐に実家燃やされたりした?豆腐職人さんに謝りなよ」

「え?豆腐って職人さんが作ってるの?」

「いや、そりゃそうでしょ」

「職人さんかわいそう・・・あんな味なし白角形を作らされてるなんて、ホントはコンビーフとか作りたいだろうに・・・」

 まだ見ぬ豆腐職人の苦悩を想像し涙を流す心優しい山田。

「豆腐職人さんにタコ殴りにされるよ?」

「だって豆腐よりコンビーフのほうが700倍ぐらい美味しいよ!しょっぱいもん」

「豆と牛を比べるのは酷でしょ」

「納豆とか、味噌とか、醤油は味があるのに、なんで豆腐は味をなくしちゃったんだろう」

「何回も言うけど豆腐には味があるよ。豆の風味が凝縮されてるし」

「だったら豆食べりゃいいじゃん!なんで真っ白くして、四角形にするのさ!」

「豆より豆の味がするのが豆腐なの」

「・・・・なぞなぞ?」

「豆より豆の味がするものってな~んだ?ってあーしが言ってたらなぞなぞだけど、言ってないからなぞなぞじゃないよ」

「もう、けっきょく豆腐の魅力がぜんぜんわかんないよ!・・・・そうだ!」

 山田は何かを思いついたかのか、慌てた様子で駅に併設されている商業施設へと走っていく。


「山田足おっそいなー・・・・ん?いやこれタダで配ってるやつですよ。・・・はぁ?あーし自分に値段付けるタイプのギャルじゃねーんでおとといきやがってください」


どたどたと、どんくさそうな足音を立てながら山田が戻ってくる

「さっきのおじさん誰?知り合い?」

「ん-ん知らない人。豆腐職人さんだって」

「マジ!?豆腐職人さん実在したんだ!どうりでちょっとくたびれた感じだったもんね。きっと無理やり豆腐作らされてるからだよ」

 などと無駄に無駄を塗り重ねるような会話を繰り広げながら、山田はあるものを田中に見せた。

「なにこれ?」

「豆腐!西友で買ってきた!」

「で?どうするのこれ」

「食べよう!」

「あーしたち今から駅前で素豆腐食べんの?ヤバくない?」

「田中が豆腐は美味しいっていうから買って来たんじゃん!」

 豆腐を開封し、西友でもらってきたスプーンで豆腐をすくい田中の口元に差し出す

「はい、あーん!」

 ボッっという効果音が聞こえてきそうなほどに、顔を赤くする田中。

「なななななななななななな、なにしてんの!山田の分際で生意気よ!」

「なんで急にシンデレラをいじめるお姉さんみたいになるの!?」

「うるさい!というかなんで、スプーン一個しかもらってこないの!その山田さが山田を山田たらしめている所以ね!」

 興奮して支離滅裂な罵倒を紡ぐ。

「もーわけわかんないこと言ってないで、口開けて!」

 スプーンを田中の口に滑らせ、自身も同じスプーンを使い豆腐をひとくち。

「ん――確かに、ほのかに大豆の味がするような・・・優しい甘みと鼻から抜ける香りが・・・・ハッ!?もしかして、これが豆腐のおいしさ??田中!田中の感想も聞かせてよ!」

 初めて感じる豆腐の味に舌鼓を打つ山田。自分の唾液が付着したスプーンですくった豆腐を山田が食べたことで、思考停止状態に陥ってる田中。

「・・・・・・・味しない」

「え?田中が豆腐美味しいって言ってたじゃん!」

「山田のデカパイ見てたらイライラして味なんか感じなかったの!!もうティッシュ配り終わったから帰る!!山田は一生そこで豆腐食べとけし!!」

田中は朱に染まる頬を隠すようにしながら、駅の階段を駆け下りていく。


「なんなんだー、田中のやつー。もぐもぐ、うーんでもやっぱりコンビーフのほうが美味しいな。だってしっかりしょっぱいもん」


今日も女子高生2人の中身のない会話が荻窪の空に溶けていく。


【人物紹介】

山田

好きなお菓子 コンビーフ、チーたら、ビーフジャーキー(意外と甘いもの苦手)

嫌いな芸能人 和泉元彌(夢に出てきた際に口から強酸を吐いてきたため)

最近読んだ本 かいけつゾロリ(部屋の片づけをしてたら、出てきたものを熟読)

鉄人といえば 木人の亜種


田中

好きなお菓子 カントリーマアムとかっぱえびせん(甘い、しょっぱいコンボ)

嫌いな芸能人 そもそもテレビを観ない

最近読んだ本 白い薔薇の淵まで

鉄人といえば 衣笠(知識として知っているだけ)

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