第一章
第1話 それは音もなく忍び寄るモノ
慌てて扉をしめて鍵をかけた。静かにという気持ちに反して、恐怖で力加減がコントロールできずこれでもかというぐらい扉を強く閉じてしまった。周囲にはバンッという大きな音が響いた。
息は荒く、肩は上下に大きく揺れている。さらにその扉のノブを持つ手は小さく震えている。その震えは全然おさまらない。
心臓もバクバク音を立てて、激しく鼓動していることがわかる。この音が体から出ていくことはないと分かりつつも、外に響いて自分の場所がバレてしまうのではないかという恐怖に駆られる。
……自分にできることはただ息を殺し、先ほどなんとか逃れた××が過ぎ去るのを祈るしかない。少しでも音を立てないように、うずくまり身体を丸め、全身を使い震えを抑え込んでいた。
すると、遠くからヒタヒタと何かがこちらに近づいてくるような音が聞こえる。
そして、その足音はなんの迷いもなくこちらの方にゆっくりと、ただし確実に近づいてきている。
全身の毛が逆立つ。先程とは比べられないくらい心臓が激しく痛いぐらいに鼓動している。口の中の水分はとうに乾ききり、からっからに渇いた砂漠のようだ。
極度の緊張と恐怖から、扉越しの見えるはずのない相手が見える気がする。そしてその見えない相手は、また一歩、さらに一歩と足音を大きくさせ、この部屋の扉まで近づいてくる。
そうして、その足音は止まった。この部屋の扉の前で。
あまりの怖さから絶叫したくなるがなんとか手で口を塞ぎ、言葉を発さないように我慢した。扉を一枚隔てた向こうからは何も音はしない。
夢であってくれ、それと夢なら覚めてくれ。神様、どうか。
その言葉だけを心の中で繰り返す。こんなに真摯に一つのことを願ったことは無かった。神を信仰するようなタイプではなかったが、この時ばかりは心から神に祈った。祈らざるを得なかった。
すると、その静寂がやぶられる。
ピンポーン
来客が来たことを告げるチャイムの音。
普段であれば何気ない生活音の一つ。しかし今は地獄へのいざないにしか聞こえない。
自分が本当に限界まで来ていることが分かる。ただ、こんな状況でもまだ自分は狂気に溺れていない。なんとか踏みとどまっていられる。
それは、扉についている『鍵』のおかげだ。
幼い頃からの教え。それは扉の開閉を司るもの。それは内なる領域と外なる領域を隔てる門番となるもの。それは外部からの侵略を防ぐ結界となるもの。
小さい頃に教わったその言葉がなぜか今頭に浮かぶ。……その時の教えには、"困り事、日の出と共に去る"という部分もあった気がする。
もう自分に頼れるものはそれしかない。アレに期待したがダメだったようだ。
部屋の時計を見ると、まだ日を跨いだばかり。まだ日の出までは時間がある。
だが、確信がある。如何なるものもこれを崩すことはできない。大丈夫。少しの辛抱だ。そう思うと、荒れていた呼吸がわずかに落ち着いてきた気がする。体に力が戻る。震えもおさまってきた。
カチャン
鍵が回る音。そうして、扉が開く。その最後の希望は打ち砕かれた。
『やっと会えた』
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