餓鬼、おなかすいたってよ。

玄門 直磨

餓鬼を拾う

 餓鬼がきなつかれた。

 いや、正確には餓鬼にりつかれたと言った方が正しいだろうか。

 ぬえを退治すると、その住処すみかに何故か一匹の餓鬼がいたのだ。

 身体は骨と皮ばかりにせ細り、肌は黒く下っ腹だけがぷっくりと膨らんでいる。体長は十歳ほどの子供ぐらいの大きさだ。

 俺は先祖代々、妖怪退治などを生業なりわいにしている。今回も、鵺被害にあっている地域をどうにかして欲しいと依頼が来たため、雷上動らいじょうどうをもっておとずれた。

 流石伝説の妖怪というだけあって苦労はしたが、何とか倒すことが出来た。

 そんな中、鵺の亡骸なきがらを処理していると、はかますそを餓鬼に引っ張られたのだ。

「なんだぁ? お前。こんな所で何をやっている」

 俺の問いかけにも答えず、餓鬼はただ裾を軽く引っ張るだけ。

 正直鬱陶しかったが、今のところ人に危害を加えていないため退治する事も出来ないし、俺自身むやみに退治するのは好ましくないと思っている。

 仕方なく家へ連れて帰ると、少し落ち着いたのか「おなか……すいた……」と呟いた。

 しかし、食べ物を渡しても飢えがおさまることは無い。餓鬼とは、そんな妖怪なのだ。

 どうしたものかと困っていると、酒呑童子しゅてんどうじがいつもの様に遊びに来た。

「おーう、今日も俺様が来たぜー。って、なんかクセーと思ったら、餓鬼がいやがるじゃねぇか。どうしたんだこいつ?」

「なんか懐かれた。退治するのも忍びないから、連れて帰って来たんだよ」

「ぶっはははは! 妖怪退治の鬼である源司頼人げんじよりとも形無しだな。餓鬼一匹に情けをかけるなんて」

「おい酒呑童子、言葉には気を付けろよ? 俺はいつだってお前の首をねる事が出来るんだからな」

 そう言うと酒呑童子は、自分で自分の首を絞めるような仕草をした。

「おぉ怖。まぁまぁまぁ、今日もいい酒を持ってきたんだよ。鵺を倒したんだろう? どうだ、祝杯に一杯クイっと」

「おお! いいね。じゃあ、今ちょっとつまみを作るから座って待ってろ」

 俺がそう言うと、酒呑童子はドカッと椅子に腰かけた。

「……おなか……すいた」

 酒呑童子の隣に座った餓鬼がまたそう呟く。

「おい頼人。餓鬼、おなかすいたってよ」

「分かってるって。そう急かすなよ」

 冷蔵庫を開け、何を作ろうか考える。

「う~ん。昨日買ったあじでなめろうでも作るか」

 鯵の他に、ねぎや生姜、味噌を取り出す。鯵を三枚におろし、細かく叩きながら酒呑童子の方を見ると、餓鬼をつついたりして遊んでいた。

 昔は残虐非道だったが今では改心したらしく、口は悪いが意外と面倒見がいい。そして、ノリも良いので定期的に良い酒を持っては家に遊びに来るのだ。

「ほら、出来たぞ」

 皿に盛ったなめろうをテーブルに置く。その他にも、かいひもや剣先イカなどの乾きモノも一緒に出す。

「おぅ、なめろうじゃねぇか。いいねぇ」

 そう言うと酒呑童子は持ってきた一升徳利いっしょうとっくりをテーブルの上にドンと置いた。徳利には『酒の無い人生なんて』と書かれている。中身はいつもどこの酒かは分からないが、美味い。甘口の時もあれば辛口の時もある。

 早速おちょこを二人分用意し、注ぐ。

「んじゃぁ、頼人よりとの鵺退治を祝して、乾杯」

「乾杯」

 一口を一気に呷る。

「くぅ~~っ!」

 さっぱりとした口当たりだが、芳醇ほうじゅんな柑橘系を感じさせる香りが口いっぱいに広がる。

「美味いな! これはいくらでもイケそうだ」

「だろう? それじゃ、俺様はなめろうをいただこうか」

 酒呑童子は箸を伸ばすと、一気に半分ほど掴んだ。そしてそれを一口で平らげる。

「うんうん。流石は頼人だぜ。こいつぁ、最高だな」

「おい、もっと少しづつ食えよ」

「堅い事言うなよぉ。ほれ、餓鬼、お前も食え」

 そう言いながら残りのなめろうをゴッソリと箸でつかみ、そのほとんどを餓鬼に与えてしまった。

 早くしないと自分の分が無くなってしまいそうだ。

「おなか……すいた……」

 相変わらず餓鬼はそれしか言わない。

 俺は慌てて残り少なくなったなめろうを口に入れる。

 やはり、美味い。

 日本酒になめろうは最高だ。

 だが、何やら違和感を覚える。確かに味は美味しいのだが、満足感がまるでない。

 酒を飲み進め、他のつまみを食べても、一向に腹が膨れてこない。

「おい、どうしたんだ?」

 そんな俺の様子が気になったのか、酒呑童子がそう声をかけてきた。

「いや、さっきから酒を飲んでるしつまみを食ってるんだが、なんか満たされないんだよ」

「……おなか……すいた……」

「そりゃあれだな、餓鬼にかれたからだな」

「そ、そうなのか?」

「ああ。餓鬼に憑かれると、いくら飲み食いしても腹が満たされる事は無いんだよ」

「マジかよ……。でもそれって、いくら食っても腹が膨れないだろ? 実質カロリーゼロじゃん」

「いやいや、満たされないだけで栄養は蓄積されるんだよ。だから気が付いた時にはぶくぶくに太っている。それが餓鬼に憑かれて一番恐ろしい事だな」

「おいおい、エンゲル係数がヤバい事になるじゃないか。何とかならないのかよ」

「ん? 餓鬼を殺しちまえ。それが手っ取り早いだろ」

「いくら何でもそれは乱暴過ぎだろ」

「でも、このままじゃお前は一生飢えたままだぞ……ん? 待てよ」

 そういうと、酒呑童子が何やら思い出そうと頭を抱えだす。

「たしか、誰だったか、いや、ハッキリとは覚えてないんだが……」

 と歯切れの悪い言い方をする。

「何だよ。良いから言えよ」

「かなり昔に、多分ぬらりひょん辺りに聞いたと思うんだが、餓鬼は人間の食べ物では満たされないが、妖力の濃い物だったら満たされるって聞いたことが有ってな」

「ほ、本当か!?」

「いや~、俺様もハッキリ覚えている訳じゃないんだが、そんな話だった気がする」

「しかし、妖力の濃い食べ物って何だ?」

「さぁ? そこまでは俺様も分からねぇよ。もっかいぬらりひょんに聞こうたって、あいつはどこにいるか分からんしなぁ」

 ぬらりひょんは掴みどころのない妖怪だ。神出鬼没で、どこにいるのかさえ分からない。

「まっ、俺様からしたら関係ないがな」

 そう言うと酒呑童子は立ち上がり、「せいぜい頑張れよ」と捨て台詞を吐いて家を出て行った。

 俺は椅子にちょこんと座っている餓鬼を見る。

「おなか……すいた……」

「お前、それしか言わないのな……はぁ」

 思わずため息が漏れる。解決法が見つかるまでは、こいつと一緒に居なければならないのか。


 餓鬼が家に居ついてから二日後、とある農場から電話が入った。

 くだんが生まれたらしい。

 早速現地におもむくと、牛舎ぎゅうしゃわらの上にくだんが横たわっていた。それを取り囲むように農場の従業員達が見守っている。

「ああ、探偵さん、良く来てくださいました」

 俺の姿を確認すると、代表者と思しき人物が声をかけてきた。

「予言は?」

「いえ、まだです」

 くだんは人面の牛で、生まれてから数日で死ぬ。そして、その際に予言を口にするのだ。

 その予言は良い事だったり悪い事だったり、その時によって違うが、的中率は100%。

 くだんに近づくと、薄っすら呼吸しているのが見て取れた。

 生まれたばかりでも体重が40キロを超えており、それなりに大きい。人面とは言え、はっきりと人間の顔をしている訳ではなく、通常の牛に比べて人間のような顔つきをしているだけだ。

 俺がくだんの傍らに跪くと、こちらを見上げ、カッと目を見開いた。

なんじ、我を使え。さすれば其方そなたの苦難は終わりを迎えるであろう」

 突然そう言うとぱたりと倒れこみ、くだんは動かなくなった。

「探偵さん、今のお告げは一体……」

「さぁ、俺にも良く分からん」

 今のお告げは確かに俺に向かっての物だった。『我を使え』? 『苦難の終わり』?

 一体どういう事だろうか。餓鬼にりつかれている事に何か関係があるのだろうか。

「と、とりあえずこのくだんを何とかしてくださいよぉ」

「あ、あぁ。分かった。責任をもって引き取ろう」

 法律上、一般市民が妖怪を勝手に処分したり、使役したりしてはならない。そのため、国家資格を持っている俺達妖怪探偵が出現した妖怪の対応を行う。

 くだんは悪い妖怪では無いから埋葬するのが基本だが、お告げが気になったので、一旦持ち帰ることにした。


 家に帰ると、リビングに餓鬼がボーっとした様子で座り込んでいた。俺の帰宅に気が付くと、のっそりとした動きでこちらに近づいてくる。

「……おなか……すいた……」

 そう言って、俺の持っていたくだんに両手を伸ばす。

「コラコラ。これはお前の食べ物じゃな――! コレだ!!」

 酒呑童子の言っていた話と、くだんのお告げが頭の中で繋がった。

 妖力の濃い食べ物、我を使えという言葉。

 まさにくだんの肉なのではないだろうか。

「でかしたぞ、お前!」

 思わず餓鬼の頭を撫でまわす。

「おなか……すいた……」

 とりあえず試しにほんの少しだけ肉を切り取り、フライパンで焼く。しっかりと焼けた所に塩コショウで味付けをする。

「ほれ、食べてみろ」

 少し冷ましてから餓鬼に与える。

 殆ど噛まずに飲み込むと、いつもと変わらぬ様子で「……おなか……すいた」と呟いた。

「う~ん。効果なしかぁ」

 正直イケると思っていた。

 俺が頭を抱えていると、玄関のドアが開いた。

「お~う。俺様が来たぞー。腹を空かせた奴はいねーかー?」

「ここに二人いるぞ。なんだ、喧嘩売ってんのか?」

「冗談だって冗談。おっ、なんか肉の焼けた良い匂いがするじゃねーか」

「あぁ、くだんを手に入れたからな。それを焼いてみた」

「なんだその、ワールドチューブにアップされてる動画のタイトルみたいな言い方は」

「それなら、『件を手に入れたので試しに焼いてみたらヤバかった!』だろう」

「確かに確かに、それっぽい」

 そう言って酒呑童子は笑う。

「んで? 食べてみたのか?」

「俺は食べていないが、餓鬼に食わせたよ。まぁ、効果は無かったがな」

「ううむ。量が足らなかったか、妖力の濃さの問題か」

「確かにひとかけらの肉では全然足らなかったかもな」

「複数の食材を合わせてみるってのはどうだ?」

 俺は酒呑童子のその一言にピンと来た。

「それだ! 妖怪の食材で料理を作ろう!」

 そうと決まれば行動開始だ。空腹で気が狂う前に、早く餓鬼を何とかしたい。

 頭の中で献立をまとめると、早速食材調達に出かけることにした。


 ◆◆◆


 夕暮れ時の川辺。

 どこからともなく音と声が聞こえる。

 ――ショキショキ

「小豆洗おか、人取って食おか」

 ――ショキショキ

「小豆洗おか、人取って食おか」

 今回の目的は、小豆洗いだ。

 いや、正確に言うと小豆洗いの洗っている小豆が目的だ。

 しかしこの小豆洗い、人間と会話することは無い。こちらがいくら呼び掛けても無視をする。小豆を洗う事しか頭にないのだ。

 歌では『人取って食おか』なんて言っているが、人に対して危害を加える事も無い。

 俺は背後から小豆洗いにそろりそろりと近づいていく。

 向こうは気付いているのかいないのか、俺の事はお構いなしに小豆を洗い続けている。

 持って来ていた小袋を取り出すと、小豆洗いの右手側に放り投げる。じゃらっという大きな音をたて小袋が地面に落ちると、小豆洗いが手を止めそちらを見た。

 ――今だっ!

 俺は素早く小豆洗いの死角から近づき、洗っていた小豆をざるごとひったくる。

 そして、猛ダッシュ。

「悪いが、こいつは頂いてくぜー」

 必死の形相で追いかけてくる小豆洗い。

「うおっ、こわ」

 ものすごい殺意を向けてくる。

 だが、1キロほど走り住宅街に入ると、何とかまくことに成功した様だ。追ってくる気配は無い。

 強引に奪うしかなかった罪悪感で、このまま帰るには寝覚めが悪い。

 暫くしてから川辺に様子を見に行くと、新たな小豆を洗っていた。傍らには俺が投げた小袋が空になっていたので、その中の小豆を洗っているのだろう。

 今度改めて謝罪に来ようと、その場を後にした。


 次に訪れた場所は、皿屋敷さらやしきだ。

 日はすっかり落ち、辺りは闇に包まれている。

 井戸に近づくと、女の美しい声が聞こえてくる。

「一枚……二枚……三枚……」

 皿の枚数を数える声だ。

「四枚……五枚……六枚……」

 井戸の陰を覗くと、黒髪の女がうずくまっている。おきくだ。

「七枚……八枚……九枚……」

 ピタリと声が止む。そして、

「いやぁぁぁ!! 無い! 無い! どうして!? #%#$%!」

 泣き叫ぶ声。その声はビリビリ鼓膜を震わせ、妖力の無い一般人なら気が狂って死んでしまうだろう。

 暫く泣き叫んだあとは、再び皿を数え始める。

 俺はそのお皿が欲しかった。だが、お菊も人と会話することは無い。故に話しかけて借りる事が出来ない。なので、今回も強引に借りるしかないのだ。

 俺は持って来ていた皿を一枚取り出した。100円ショップで買ったやつだ。

 しかし、100円ショップ商品と侮ることなかれ、電子レンジ対応だし、食洗器にも対応している優れモノだ。本来なら自分で使いたかったが、背に腹はかえられない。

「四枚……五枚……六枚……」

 再びお菊が皿を数えている。

「七枚……八枚……九枚……」

 ――今だっ!

 俺はお菊が九枚数え終わった直後、持っていた皿を少し遠くの方へ投げた。

 ガシャンという皿の割れた音。

 お菊はものすごい勢いでそちらの方を向くと、

「お皿! お皿!」

 と振り向いた勢いのまま音のした方へ転がる様に走って行った。

 俺はその隙に、数えてあった皿を三枚手に取り、脱兎のごとく逃げ出す。

 暫く距離を開けた後、遠くでお菊の泣き叫ぶ声が聞こえたような気がしたが気にしないことにした。


 明け方、俺は海辺に来ていた。

 水平線が薄っすらと明るくなってきている。夜明けはもうすぐそこだ。

 海辺に立ち並ぶ岩場、その一際大きい岩の陰にそれは居た。

 美しい女性が一人ポツンと佇んでる。

「おはよう、蛤女房はまぐりにょうぼう

 そう、目的の人物は蛤女房だ。

「あら、源司げんじさん、おはようございます」

 俺の挨拶にこちらを向くと、魅力的な笑顔で挨拶を返して来た。

「今日はどうなさいました?」

「ちょっと、相談というかお願いがあるんだが、いいか?」

「私に協力できる事であれば」

 俺は事の経緯を簡単に説明した。そして、

「だから、その、出汁だしを、少し分けて欲しいんだ」

「まぁ、そんな……」

 蛤女房は手で口元を隠し、顔を赤らめる。その仕草はとても上品で、気品すら感じさせる。

「分かりました。では、暫くあちらを向いていてください」

 蛤女房は、俺が持って来ていた水筒を受け取ると、岩陰に身を隠した。俺は言われた通り、後ろを向き耳を塞ぐ。

 暫くそうしていると、肩を叩かれた。

 振り向くと、少しもじもじとした仕草で蛤女房が中身の入った水筒を持っていた。

「どうぞ、お使いください」

「あ、あぁ。ありがとう」

 蛤の出汁を受け取った俺は、複雑な気持ちのまま家に帰った。


 その後は油坊あぶらぼうから油を、豆腐小僧とうふこぞうから豆腐をもらい、角椀漱つのわんすきの池からおわんを取って来た。

 料理の準備をしていると、「おーう、俺様が食材を持って来てやったぜー」

 と、玄関から酒呑童子が入って来た。その手には、徳利の他にきゅうりが握られている。

「お前、そのきゅうりってもしかして」

「おうよ! 河童かららってきたぜ。ガハハ」

 と豪快に笑う。

 今回のレシピにきゅうりを使う予定は無かったが、まあいいだろう。少しでも食材は多い方が良い。

 そして、絶妙なダジャレは無視する事にした。

 先ずはくだんを解体し切り分ける。初めての解体なので少し手間取り、骨には肉が沢山残ってしまった。

 その骨を軽く湯通ししてから、余計なあぶらや血などを洗い流す。ハンマーで砕いた後、玉ねぎやセロリ、ニンニク、生姜、酢などと一緒に煮込む。野菜の甘みが肉の旨味を引き立てるだろう。

 別の鍋で小豆をゆでこぼして渋抜きをし、柔らかくなるまで火にかけ、水気が飛ぶまで煮る。

 そして柔らかくなった小豆の中に、旨味が凝縮された牛骨の出汁を入れ、煮詰めたらソースの完成だ。

 フライパンに油坊からもらった油をしき、くだんの肉に塩コショウを振りかけ焼いていく。

 ジュウジュウという脂が弾ける音が満たされない俺の食欲を刺激し、思わずよだれが垂れた。

「おいおい、良い匂いがしてきたじゃねーか! この匂いで酒が進むぜ」

 酒呑童子の方を見ると、既に一人で飲み始めている。

「おい先にズルいぞ。もう少しで完成するから待ってろよ」

 しっかりと肉に焼き目が付いたら、お菊のお皿に乗せソースをかける。

「俺様の持ってきたきゅうりを忘れんなよな」

 しまった、すっかり忘れていた。さて、どうしたものか。

「ステーキの脇にでも添えるか……」

 適当にヘビの形に飾り切りをし、お皿の端に置く。

 最後に、蛤の出汁を鍋に移し、さい切りにした豆腐を投入し、火にかける。

 湯気が立ち上り、蛤の上品な香りが鼻孔をくすぐった。お腹がグゥと鳴る。

「よし、出来たぞ!」

 牛骨や小豆を煮込むのに時間がかかったが、料理は思った以上の出来栄えだ。

 後はこれを食べて餓鬼が満足してくれれば良いのだが。

「おお! 待ちくたびれたぜ。さっさと食おうぜ」

 餓鬼と遊んでいた酒呑童子が徳利をもって立ち上がると、テーブルに着いた。

 それに続くように餓鬼もテーブルに着く。

 俺はそれぞれの前に料理を出す。

くだんのフィレステーキ小豆ソースがけと、蛤と豆腐のお吸い物だ」

「こりゃ美味そうだな。だが、蛤の身が無いぞ。これはもしかして、蛤女房の――」

「ストップストップ! それ以上は言うな。恥ずかしくなる」

「ふ~ん。まぁいいや」

 酒呑童子はニヤニヤと笑いを浮かべる。

「とにかく、食べよう。いただきます」

「おう、いただくぜ」

 酒呑童子はステーキにフォークを突き刺すと、そのまま一口で平らげてしまった。

「うんうん。美味い!」

 こいつは本当に味が分かっているのだろうか。大して味わいもせず飲み込んでいる気がする。

 俺はきちんと一口分をナイフで切り分けると、口へ運んだ。

 癖が無く柔らかい肉質、噛むたびに溢れてくる脂の旨味。今まで食べた牛肉とはまた違った味わいだ。

 小豆ソースはというと、ほんのりと小豆独特の優しい甘みが口いっぱいに広がり、塩コショウの効いた肉とマッチしていてとても美味い。

 次にお吸い物。

 豆腐はのど越しがとてもなめらかで、大豆の甘みがきちんと感じられる。冷奴や鍋に入れても美味いだろう。

 そして、特筆すべきは汁だ。えぐみなどは無い。スッキリとしつつも深い味わいの蛤出汁。

 これはやみつきになってしまう。今度個人的にもらって来よう。

「ふぅ。想像以上に美味かったぜ、頼人よりと

 いち早く料理を全て食べ終えた酒呑童子が酒をあおっている。

「あぁ、美味く作れて良かった」

 餓鬼の方を見ると、ナイフとフォークを使えるほど器用ではないのか、手づかみでステーキを食べていた。時折、酒呑童子が口元を布巾で拭ってやる。

 そして、最後に残ったお吸い物を飲み干すと、お椀をテーブルに置いた。

「おい餓鬼、どうだ美味おいしかったか?」

 酒呑童子が尋ねる。

「無事、おなか一杯になったか? どうなんだ?」

 俺達のその問いかけに、少しボーっとしながら餓鬼が口を開く。

「お……」

「「お?」」

 まさかまた『おなか……すいた……』とか言うんじゃないだろうな。

「……お……」

「「お?」」

「……おかわり」



 了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

餓鬼、おなかすいたってよ。 玄門 直磨 @kuroto_naoma

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ