第16話 不都合な顛末

 御神刀を咥え、涎を垂らしながら、真太は疲れた体をムチ打って家に帰ろうとしていた。

 そこへアボパパが、怒り心頭と言った面持ちで行く手に現れた。真太は何を怒っているのだろうと思っていると、

「どうして、何時までも本性のままでいるのだ。さっさと人間に戻れ。こんな所に居ると、人に見られてしまうぞ」

『自分だって、人間のままで宙に浮かんでいるくせに』

 と思っていると、

「俺は姿を隠している。お前は姿もまだ隠せぬだろうがっ。大体口答えするとは、何様のつもりだ」

 アボパパは、いつもよりかなり機嫌が悪そうだ。真太にも察せられたが、どう言う訳か、人間にどうやって戻っていたか、分からなくなった。龍の姿になるのはこれで二度目だが、この前はどうやって戻っていただろうか、考えてみると、学校に遅れると気がかりで、気が付くと急いで服を着ていた。今日は別に気がかりは無かった。パパに言わせると、人に見られるかもしれないと言う事だが。

 パパはまだ言い募っていた。

「人に見られると、もう此処では暮らせぬぞ」

「そうだった」

 ママや、千佳由佳と暮らせないのは嫌である。やっと、思い至った真太は人間に戻れた。

「服はどうした」

「あ、多分神社かな」

「制服のままだったよな」

「あ、特注だった」

 ぞっとしたところで、制服を呼んで服を着ることが出来た。少し汚れていたが、破れてはいない。

「神社が火事になっていたな」

 パパの怒りの原因が段々分かってくる。

「この前、神社には行くなと言っていなかったかなあ」

 真太ははっとした。

「今、思い出した。ホントだよ」

「そりゃそうだろう。覚えていれば行かなかっただろうな。しかし、さっき口答えしていたな。逆らって行っていた可能性もある」

 真太はその事について、考えてみた。分からない。

「そこんところは、ちょっと、どうなったか分からないね」

「そうだろうな、逆らわない方が良いぞ」

「そうだね、今日は相当不味かったから」

「よく無事でいたものだ。次、無事でいられるかは分からないぞ。パパが言っていた事に、逆らうなよ」

「うん、わかった」

「お前ももう知っている様だが、あの神社は俺らの敵地と言えるところだ。住んでいる人たちはもう関係は無いが。石に魔物が封印されていたようだな。まだ、そういう代物が残っていような。行くなよ」

 そう念を押された真太は、すっかりしょげて、アボパパと家に帰った。後は寝るだけである。

 

 次の日真太は、昨日は消防車のサイレンで二人して逃げ出してしまったが、柳はどうなったかなと思いながら学校に行った。行く途中で柳に会うことは無かった。

 着いてみると、柳は出て来ていたが、金沢は何故か休んでいる。

 真太は、柳に、

「どうして、ロバートは来ていないんだろうな」

 と聞いてみると、

「神社にロバートのカバンが、有ってね。おまけに神社の外に居た目撃者っていうのが、紅琉中学の生徒が、燃えている神社から飛び出して行くのを見たって言うんだ。だから、多分警察かな。事情を聞きたいから、来いって言われたんだ。きっと。昨日、病院に警察の人が来て事情を聞いた。俺、気を失っていたから分からないと言うしかなかった。ママが買い物から買ってきたら、神社は燃えていて、俺たち三人が倒れていたから、救急車を呼んだんだ。それで俺、前後の事よく覚えていないと言うしかなかった。説明のしようが無いだろ。爺さんと親父は、おかしくなっていて入院した。ぼんやりして、魂が抜けたみたいな感じだ。実際何かに操られていたよな。本人の魂は無くなった感じだ。神主が居なくなったから、ママと俺は、近々引っ越す」

「何だって、その証言したって言う奴は嘘だな。俺とロバートは、別ルートで逃げている。ロバートの奴。カバンの事、忘れちまっていたんだな。俺も気が付かなかった。分かっていたら、取り戻していたのにな。畜生、失敗しちまった」

「別ルートって?」

「所で、お前は本当に本人なのかなあ」

「どういう意味さ」

「お前は操られていないのかなって事だ」

 真太は柳の話を聞いて、変だと感じていた。柳がロバートに不利にならないような証言をしなかった事が、解せない。俺だったら、ロバートは、犯人を追いかけて行ったとか、出まかせでも言うと思った。

「・・・」

 そこへ、舞羅が翼をおぶってやって来た。真太は、

「舞羅、丁度良い所に来たな。この柳にちょっと触ってみてよ」

「どういう事」

 柳が不審がるが、

 舞羅は意味が分かった様で、薄笑いを浮かべ、柳に触った。同時に、翼はカバンから、大きなビニール袋を出し、柳の頭に構える。真太はこいつら、こんなこといつもやっているのか、やけに手馴れている。感心して見ていると。

 真太の予想どおり、舞羅に触られた柳は、ギャッと叫び、翼の持つ袋が膨らむと、舞羅が素早く袋の口を結んだ。袋の中の代物は、暴れているようだが、舞羅が触るうちに、元気がなくなって行く感じだ。柳の方は、気を失っている。目が覚めたら、どうなっているだろう。それも気がかりだが、舞羅は袋をどうするつもりだろう、

「舞羅、それどうするの」

 聞いてみると、

「シンが来るの」

「へえ、そうなの。何だか手慣れた感じだね」

 翼が、

「おばあちゃんによくやっているよ」

「何だって」

「おばあちゃん、魔物や鬼が、よく取り付くんだ。翔が死んでからね。ずっと元気無かったから。鬼の時は、舞羅の力はあまり効かないからシンがすぐ来る」

「香奈の結界は効いていないの」

「おばあちゃんにはもう道が出来ているんだって、シンが言っていた」

「じゃあ、結界張っても意味なかったのか」

「お爺ちゃんや僕らには効いているよ」

「なるほど」

 真太はふと、気になって周りを見回すと、周囲の皆は無関心でいる。

「僕らのすることは、他の皆は気にしないように、シンがしてくれている」

「そうなんだ。お前らも苦労しているんだな」

 翼は、

「まあね」

 と答えた。舞羅は廊下に出たので、見ると、廊下の開いた窓からシンが入って来て、舞羅からビニール袋を受け取り、中身を殺したようで、開いた袋を返している。

 シンはチラッと、真太を見て、にっこりした。

「最近シンはよく笑うみたいだな」

 真太が呟くと、

「真太の事、可愛いんじゃないの」

 翼は随分大人びた物言いである。まあ、真太よりは年上と言える為かも知れない。


 柳は一時間目、ずっと気を失っていた。先生には、

「お疲れのようだな」

 と言われていた。昨日の件は知れ渡っているようだった。

 二時間目、途中で柳は目覚めた。慌てて辺りを見回して、周りの奴から笑われていた。真太は、じっと観察していると、どうやら本人のようでほっとした。授業が終わり、柳は真太を見て、側に来て言った。

「おい、どうなっているんだ。爺さんの猟銃発砲から、次の日の授業になっちまった」

「お前、魔物に乗り移られていたぞ。まあ、同化していなかったから良かったけど、親父さんやお爺さんは、具合が悪くなって入院したんだそうだぞ、お前に取り付いていた、魔物によるとな」

「お前が退治してくれたのか」

「いいや、俺は取り付いたのは払えない。舞羅がどけた。翼が袋を構えてたな。で、殺したのはシン」

「何だか良く分からないけど、翼君に世話になったみたいだな。ありがとう」

 翼は、

「僕は大した事はしていないよ」

 謙遜している。

「ロバートは」

 柳は、本人としては知らないと見えて、真太に聞くので、

「お前に取り付いていた奴によると、警察で事情を聞かれているそうだ。神社にカバンを忘れていてな、それに紅琉中学の生徒が逃げて行くのを見たと言う、目撃者がいたそうだから」

 と言うと、

「目撃者だと、誰だろうな。あの騒ぎで、逃げて行くのだけ見たなどと、良く言えたものじゃあないか。俺はあの時、警察とかが来ないのが不思議だったぞ」

「普通の人間には見えないらしいんだ。前にも俺、あいつらみたいなのに襲われたことがあったけど、見えていなかったらしい。この前、学校に来た奴も、お前らしか分かっていなかったじゃあないか」

「そうだった。それじゃあ、ロバートは警察で何て言っているだろうな。心配だな。放火犯にされて無けりゃ良いいけど」

「行ってみようか、警察に」

「そうだな。今からずらかるか」

「僕も連れて行かなきゃ。残されたら困るよ」

 翼に言われ、真太は仕方なく、おぶってずらかった。カバンは家に飛ばした。ロバートのカバンの事を思い至らなかったことが、悔やまれる。


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