第10話 風邪っぴきのニコ
風邪をひいた。
原因はよくわからないが、季節の変わり目にはよくあることだ。
「今日は寝てな、僕がリーダー代行するからさ」
……正直こういう時頼れるのはレーイチだったりする。普通に優秀だから気軽に頼める。
「頼む」
今日も今日とてトウモロコシ畑を作っている俺たちだが、今日の仕事はレーイチに任せることにした。万が一ロボットが出てもまあレーイチがいるなら安心だ。巨人兵士とか出ない限りは。
「一人にして大丈夫? 顔が赤いけど……」
レーイチの顔をみようとするのだが、どうも視線が虚空に泳ぐ。
「一人になるのは平気だ、うつるかもしれないから近寄らない方がいい。さっさと作業に行け」
「は〜い」
こういう時のレーイチは素直だ。お喋りがすぎるとはいえ、元々頼れるバディだったし、その辺の本質的なものが変化したわけではないらしい。
久しぶりに部屋で独りになった。ベッドに横になると、いつもより身体が熱を持っていることがわかる。気兼ねなくぼんやりできる良い機会だが、体調が悪いとどうも考えもまとまらない。横たわってみても夢も見なかった。眠っていたのかもよくわからなかった。ただ時間が過ぎていく感覚だけが妙にあった。
扉が開く音がした。誰かが入ってきたようだ。もう夕方ではないだろうか。レーイチはまだ帰ってきてないのに、誰だろう。
「あの、二五番、大丈夫ですか? 」
妙に懐かしく感じる呼び方だ。レーイチに引っ張られて、我が班の班員は俺をニコと呼ぶ。レーイチが考えた呼び名なのはどうかと思うが、そこそこ気に入っているのでそのままにしている。部屋に入ってきたのはおそらく面識のないクローンだった。十歳かそこらだろう。
「作業休んで寝てたからだいぶ楽になったよ。君は誰とかきいてもいい? 」
「あ、監視塔所属の二二三零-四零一です」
この子も『零一』か。
「どうしたの部屋まで来て」
我々にも一応プライバシーというものがあるので、部屋には基本的に主人の指示がない限り入らない。
「あの、風邪を引いてる二五番にお伝えするのは酷だと思うのですが、老が、どうしてもって」
「御託はいい。どうした」
「貴方の班、終業時刻すぎても戻ってこないんです」
「それで? 」
「あの、今、トウモロコシ畑の近くで巨人兵士の目撃情報が上がってて」
「なんだと! 」
まずい。それは非常にまずい。
「君に指示を出した老は今どこだ! 」
「監視塔です」
俺はふらつく足をなんとか動かして、監視塔へ急いだ。
「お、来たな」
そう優雅にのたまったのは二二二零ー五二三番。俺と少しだけ面識がある老である。
「状況を教えてください」
「彼が教えただろう? あの日と同じような状況だな」
思わず舌打ちをした。確かに二二が死んだ時と状況は似ている。一つだけ作業が長引いている班がいるときに、巨人兵士が現れ十人の班員のうち八人が死亡、一人が行方不明、生き残ったのは俺だけだ。俺は老を睨んだ。彼は微笑むだけだった。
「あの時とは違う」
俺は呻いた。
「ここに俺がいるからだ」
俺が行かないわけにはいかない。
「風邪ひいてテレパスも使えないのに? 」
俺は黙った。老は相変わらずにやけている。俺は彼に何かを言って欲しかったのだろうか。そんなことはない。コイツがなんと言おうとやるべきことはやらなければならない。
俺はあの日、何もできなかった。結局誰も救えなかった。俺はもう、誰にも死んでほしくはないのだ。
「班員がいそうな場所を教えてくれ。そのための監視塔だろ」
監視塔は物見櫓のような施設である。ロボットが侵入しないか監視している。
「トウモロコシ畑の北西にある森だ」
「ありがとう」
装備を整えて向かおうとするとボソリと老が呟いた。
「君の代わりも班員の代わりもいくらでもいる」
「そう思わないから助けにいくんだ。みんながみんな、誰かにとっての大切だ」
俺は基地を出て森を目指した。
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