第32話 ファーストバトル!
洞窟の薄闇の中を、紅い光が短い尾を引いて駆ける。それは『獲物』の姿を捕らえて離さない、ティアナの瞳の光であった。
「フッ!」
ザシュッ!
『ピギィィィ!?』
腕の一振りで、鋭いオーラの鉤爪に引き裂かれたスライムが、断末魔の叫び声を上げて消失する。
今のティアナの姿は、狩りをする獣のそれだった。しなやかで、一分の無駄もなく、狩られる側でさえ思わず見とれてしまうだろう身のこなし。それはあたかも、流麗な舞のようでもあった。散りゆくものに、たむけられる舞。
「ル、ルクス様! ティアナ様に見とれてないで、こっちに集中してください~!」
「ーーへ?」
ダム! ダム! ダム! ボヨーンッ!
「ヘブゥッ!」
よそ見をしていた僕は、スライムの体当たりをみぞおちにモロに喰らって、身体を『くの字』に折った。おえぇ……胃液がせり上がる。
「だ、大丈夫ですか~!?」
「う、うん……。大丈夫大丈夫……」
腹部の鈍痛に耐えながら、改めて敵と対峙する。半透明のゲル状の身体の中に、丸いふたつの球がバラバラに浮かんでいる。あれは目玉だ。
スライム。知名度では魔物の中でもピカイチな奴だ。ドロドロに柔らかくもなり、一方で分厚いゴムのように硬くもなる、不定形な身体。主に体当たりで獲物を弱らせ、動かなくなったところを体内に取り込んで、時間をかけて消化吸収する。どこにでもいるのに、その生態については今なお不明な点が多く、繁殖の方法すらよくわかっていないという、意外に謎多き存在だ。
とはいえ、冒険者にとって脅威となるほどの強さはない。いくら運動音痴な僕でも、コイツに遅れをとるわけにはいかない。ティアナのオシオキも怖いし。
「メア、僕の後ろに下がって!」
「は、はいっ!」
よーし、ここはひとつ、メアにいいとこ見せちゃうぞ。例の部屋で見つけた僕の相棒、『魔剣・ディザイア』の初お目見えだ!
僕は腰に下げた鞘から、ナイフ大の黒い魔剣を引き抜く。小振りながら、確かな重量感を持つ手に感じる。
ダム! ダム! ダム!
スライムの動きは単純だ。獲物めがけて一直線に突進してくる。さっきはよそ見をしていて腹に直撃を喰らったけど、動きをよく見ていれば、軌道を読むのは難しくない。
問題は意外にスピードがあるのと、僕の持つ魔剣のリーチがすごく短いということだ。紙一重で突進をかわしつつ、斬りつけなくてはいけない。
僕はラノベで読んだ異世界のスポーツ、『ヤキュー』を思い出していた。要するにアレと同じで、きちんとスライムのスピードに付いていって、タイミング良く剣を振り抜けばいいわけだ。よし、やってやるです!
ダム! ダム! ダム! ボヨーンッ!
「うおぉぉぉ! 葬らんッ!」
スカッ
……あれ? ちょっと気負いすぎちゃったかな? よし、もう一度!
ダム! ダム! ダム! ボヨーンッ!
「うおりゃあぁぁぁ! 葬らんッ!」
スカッ
……ウーン、思ったより、こう……。よし、もう一度だ!
ダム! ダム! ダム! ボヨーンッ!
「こなクソッ! 葬らんッ!」
スカッ
ラノベで読んで知っている、『ストライーク、バッターアウトー』という、謎の呪文が頭に浮かぶ。
「……ル・ク・ス~?」
ハッ! 鬼教官がこちらをにらんでいらっしゃる! 怖い!
「こ、これはアレだよ、僕の運動音痴が問題というより、純粋に剣のリーチが短かすぎるんだよ!」
だって、ナイフの大きさしかないんだよ? 普通のロングソードくらいの長さがあれば、ちゃんと当たってたって!
「ルクス様、お手伝いします! 『幻惑』っ!」
ニュ~ン。グルグル~。
メアがスライムに向けて『幻惑』のスキルを発動する。とたんに敵は目を回して不自然な動きを始めた。きちんと効果が現れたようだ。
「ありがとう、メア! よし、これならイケる!」
気合いを入れ直して魔剣を構える。スライムは、こちらに向かって再度突進してきたが、先ほどよりもスピードが遅い。
ダム! ダム! ダム!
「ヨッシャー! 葬らんッ!」
ダダダダムッ!
何!?
先ほどまで直線だった敵のステップが、不意に不規則なジグザグになった。こ、これは。
「ま、魔球っーー!?」
そして、予想外の軌道から繰り出された『幻惑』スライム渾身の一撃は、みごと僕のみぞおちにめり込むのであった。
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