第11話 少年はひとり、彼女の風呂上がりを待つ。

 しばらくして、風呂場の方からお湯の流れる音が聞こえてきた。

 きっと、さっき見たロープみたいなのからお湯を出して、身体に浴びているのだろう。


 身体。


 えーっと、カラダ。


 服を着て風呂に入る人間はいない。となると、きっと脱衣所で服を脱いだんだろうな。

 今日、ティアナが着ていた服は、彼女のツインテールにまとめられたワインレッド色の美しい髪が映える、清楚な白いシャツ。首もとには、家紋のブローチがあしらわれた赤いロープタイ。下はミニスカートにニーソックスという、俗に言う絶対領域発生仕様だった。

 それらをすべて脱ぎ捨てて、今はまさに‘’一糸いっしまとわぬ姿‘’でいるんだろうな、あのドアの向こう側で。

 で、もしかしたらもうじき、妄想のままの姿の彼女を、直に見ることができるかもしれないんだよな……。


 ゴロン! ゴロン!


 じっとしていられず、無意識のうちにベッドの上を転げ回ってしまう。


『いかんいかん、落ち着け、僕!』 

『落ち着けるわけねーダロ! これからあんな美少女と×××するかもしれないんダゾ? 春画しゅんが淫夢いんむでしか見たことのない、女の子の裸が見られるかもしれねーンダ。じっとなんかしてらんネーヨ!』 

『ええい、だからこそがっついたところを見せたくないって言ってんだ! クールだ、クールになれ、ルクス・ヴァーンズ!』


 頭の中では天使と悪魔の終末戦争ラグナロクが繰り広げられていて、じっとしていられない。

 このままじゃダメだ。ティアナにも約束しちゃったし、とりあえず部屋の中を探って脱出のための情報収集をしよう。それで結果、「やっぱり×××するしか方法はないみたいだよ、ハハハハー!」ってことになれば、大手を振って×××できるってもんダシナ。だまれ悪魔。人のモノローグに勝手に割り込んでくるな。



 とりあえず、例のドアのプレートから調べてみるか。



 ここは『×××しないと出られない部屋』です。

 縺ェ縺溘↑繧医�縺ッ縺イ縺ェ繧�d縺ッ諱千クョ驍」隕�クゅ↓縺セ縺ェ……



 ――ん? おや? さっき読んだ文の後ろに、何か書いてあるぞ。

 でもおかしいな、ふつうの文字で書かれているはずなのに『読めない』。正確には、『読んでも、頭の中で言葉が意味を結ばない』という感じか。

 なんか気持ち悪いな。認識阻害そがいの魔法でもかかっているのかな? でも、この文に続きがあるのは確かなようだ。

 こういう仕掛けは、なんらかの条件を満たすか、一定のレベルにまで上がるかすると、『解除』されて読めるようになるものだって、なんかの本に書いてあったな。

 気になるけど、今はそっとしておくしかないか。

 

 この部屋にも、他の部屋と同じく、ソファの向かいの棚に『謎の黒い板』が立っていた。これはいったい何なんだろう。

 黒い板を眺めながら、ソファに腰かけてみる。目の前にはガラスのテーブルが置かれており、その上に、手のひらくらいの大きさの、細長くて薄い黒い板が乗っていた。その板にはたくさんの突起が付いている。

 何の気なしに、僕はその中の赤い色の突起を押してみた。

 その瞬間。


『あーー!!! アッ、アッ、アッ! イクイクイクイクーー!!!!』


 突如、女の絶叫が室内に響き渡った。今までただの黒い板だったものに、裸の男女がくんずぼぐれつしている、とんでもない様子が映し出される。

 あまりに予想外な出来事に、僕はソファから飛び上がってそのまま落下し、床に尻餅をついた。


「な? な? な……?」


『奥さん、どうなんですか? 旦那さんのより、僕のがいいんですか? 正直に言ってくださいよ、ほらほら!』

『サブちゃん! やめてサブちゃん!』


 なんだこれ! ただの黒い板かと思ったら、遠見とおみの水晶や水鏡みずかがみと同じ、遠くの出来事を映す仕掛けだったのか。

 どこかでまぐわっている男女を、ここでこうして覗き見していた奴がいた、ということなんだろうか。――それにしても。


『ほらほら奥さん、ご注文は? ご注文はありませんか?』

『アッ、アッ、アッ! じゃ…じゃあ、ビール一箱お願いしますぅ!!!』

『毎度! ほらほら毎度毎度ぉぉ!』


 激しい、激しすぎるよ! 声! 声抑えて! いくらドアがあるからって、風呂場にいるティアナにまで聞こえちゃ


「――ルクスー? 部屋に誰かいるの? ひょっとしてドア開いたのー?」 


 僕は大慌てで赤い突起を押す。運良く黒い板は沈黙した。部屋は静寂を取り戻す。

 

「違うから! 僕がひとりで騒いでただけだから! 『奥さん! 奥さん!』 ほら、僕だから!」

「何よ、まぎらわしいわね! それと、その口調気持ち悪いから、今後一生やめなさいよね!!!!」


 ティアナの怒鳴り声が去った後、僕は床にへたりこんだまま、大きなため息をついた。

 元凶である、突起の付いた小さな黒い板は、枕の下に隠しておくことにした。

 

 やれやれ……。



★★★ 次回 ★★★

『第12話 魔剣『ディザイア』』


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