[に〜ぃっ]自称ライバルが突っかかってくるんです




 長い廊下の突き当りにあるスライドドアを開けると雪ぐn……じゃなくって、美術室であった。僕の視界が白くなった。室内の皆の動きが止まった。


内側の座席から部長が立って来て、僕の前に転がる黒板消しを回収した。


部長は精一杯背伸びして、部室内に響くように、「やーい引っかかった、引っかかったぁ」


スケッチブックを持ってゆっくり歩み寄ってきた副部長は、大柄な身体を屈めながら黙って一枚のプリントを渡してくる。








 部長が入り口に仕掛けていた黒板消しが、思い切りたんこぶに命中しやがったもんだから痛いったらありゃしない。


スライドドアに隙間すきまが開いていたのを気にしなかったのは迂闊うかつだった。


っていうか、今どきこんな古典的嫌がらせ行為は流行らないんだよ。


ノッシノッシと席に戻る副部長を見送って、ギロリと部長をにらみつける。




 僕がこんな嫌がらせをされるのには理由があるらしい。


なんと部長は、夕原さんに告白して玉砕されたらしいのだ。


お付き合いしているひとがいるからと、彼女はきっぱりと言ったのだそうな。


で、僕が八つ当たりの標的になっているんだよ。


「……」


「なんだよっ。鈍くさいからこんな幼稚なわなに引っかかるんだろが。くやしかったらもう少し機敏になったらいいんだよ」


「それができたら苦労しないっての。全くもって大きなお世話だ」


「ふんっ。こんな奴の一体どこが良いんだか……夕原ゆうばるさんの気がしれないね」


「当たってくだけた奴は引っ込んでろよ。彼女は鈍くさくてもかまわないって言ってくれる優しいひとなんだ。未練みれんがましくちょっかい出すなよなっ」


「くぅーっ。俺は認めんっ……俺がお前なんかに負けるわけがないっ」


「いやさ、勝ち負けじゃないだろが」


「恋愛もコンクールも勝負だ。選ばれた者が勝者だと世間が認識するはずだ」



「世間でどう思われようが、僕は僕だ。ひとりでも、認めてくれる誰かが居てくれればそれで良いさ」


ついでに言うと、前回のコンクールも僕が入賞で部長は参加賞だ。


それ以来ライバル視されて微妙に風当たりが強かったが、近ごろでは暴風になってしまってほとほと困っているんだよ。





 僕たち三年生は間もなく引退で、その後は受験に向けて勉強の日々。


先輩から部の運営を引き継ぐときに、僕は役職を引き受けるほど人望がない自覚があるので遠慮した。


コンクール入賞の実績があるのでぜひ部長をと指名されたが、ソレとコレとは別物である。


そんなこんなで交渉力や協調性のあるらしい部長と、大柄で強面こわもてだけど優しく几帳面な副部長のコンビが結成されたのだ。


僕は部室の片隅に居場所があれば満足だった。






 黒板消しに塗りたくられていた白チョークの粉まみれなままで席に座る。


部活の時間もそろそろ終わりで、帰りがけに連絡事項の伝達をするところだったらしい。


それが終われば今日は解散だ。


今すぐ室内ここで汚れを落とすと周囲に被害が広がってしまうので、帰りがけに外へ出てからバサバサおとすことにした。


さっき副部長が手渡してくれたプリントに目を通す。


他の部員たちも同じ用紙に視線を落として部長の話を聞いている。





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   【全国高校絵画コンクール】



・応募要項


 高校生対象の絵画コンクール


   油彩・水彩・デザイン部門ごとに作品を募集します

     

   各部門ごとに入賞作品を選出


   ジャンルを問わず総合で最優秀賞を選出



・締め切り


 〇〇月〇〇日必着


   作品に応募用紙を添付のこと 




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



去年、彼女を描いて最優秀賞に選ばれたあのコンクール。


月日が経つのは早いもので、今年もそんな時期になったのか。


もちろん今年も出品するつもりで描いている作品がある。


締め切りまで、あともうひと踏ん張りというところ。


今回は人物画じゃないんだよ。


出来上がってからのお楽しみ。




 そうなんだ。


僕は楽しみにしていたんだよ。

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