ちょっとした出来心で、彼女の日常を覗いてみた☆

代 居玖間

[い〜ちっ]鈍くさ少年の現実逃避と被害妄想な今日このごろ







 ────フカフカでほわほわ。


温々ぬくぬくパラダイス。


ここはどこ? 僕は、誰?





 いや、自分のことならちゃんとわかっちゃいるけどさ。


ちょっと現実を忘れたいんだよ。


何もかも全て忘れて何処かへ逃げ出してしまいたい。






 只今絶賛現実逃避中の僕は、春田はるた 幸助こうすけ


一級河川が流れる、ちょっとした都会の私立高校三年生。


いわゆる青春真っ只中なはずの男子高校生なのである。







 青春とは何ぞや?


夢や希望に満ちあふれ、活力みなぎる瑞々しい時代なはずじゃなかろうか。


それなのに。


僕ときたら。


睡眠不足の体と頭をダラダラと引きずりながら、学問の園を精神的にいつくばって進む日々。


去年の秋にちょっとばかり目立つような賞をとってしまったものだから、部活の新顧問が期待という重荷と課題を次々に投下してきやがるんだよ。


手当たりしだいのデザイン絵画コンクールに応募するべく、休まずたゆまず絵筆を握る。


美術部の新しい顧問は、どうやら大幅な部費の拡充を狙っているらしい。


その野望と後輩たちの未来のために、僕の尊い青春時代が犠牲になりつつあるのだった。


こんな自分と疲れ切ってヨレヨレにしおれたサラリーマンと、いったい何処が違うのか……相違点があるというなら教えてほしいものである。










 ムクリとベッドの上に身体を起こす。


まだちょっとクラクラ目眩めまいがしているが、そろそろ部室に顔を出さなければ。


そっと右手で頭に触れると、つむじの前辺りに居座っているたんこぶがズキリと痛む。


枕元には、すっかり微温ぬるくなってしまった氷嚢ひょうのうが転がっている。




 つい先程、といっても二時間ほど前の話だが……三徹明けの我が繊細なる脳ミソが、廊下の天井から落下してきた防犯カメラ機材に襲撃しゅうげきされた。


天井裏の配線工事中だったらしいのだが、作業員さんがしっかり固定していなかったらしい。


人通りの少ない通路だったし、ちょっと現場を離れた隙に運悪く誰かが通りがかるとは思わなかったと言っていた。


運じゃないだろ、人的ミスだって。


断じて僕が鈍くさいわけじゃない。


昏倒した哀れな僕は保健室に運ばれ、気がついたら作業員さんに謝罪され、たんこぶくらいで済んで良かったとホッとされた。


軽いノリでごめんねって言われてモヤモヤが募る。


それじゃお大事にねっとか言って、彼は颯爽と去っていったのだった。


ううむ、僕に慰謝料請求権はあるのだろうか。


ちょっと上司の人に苦情を言いたい心境だった。





 これは隣りにいた彼女、夕原ゆうばるさんをかばっての名誉めいよのたんこぶだと主張したのに……僕は、養護の先生に相変わらずどんくさい子ねと鼻で笑われた。


そりゃあ、歩けば転ぶ走れば滑ると友人たちに揶揄やゆされる僕なので……たしかに年中こちらにはお世話になっているんだけれどさ。


そんな生暖かい目で僕を見ないでいただきたい。


無言でたたずむ養護教諭の理知的な瞳が、ホントに鈍くさくてかわいそうな子ねぇと言っていたんだ。


いやいや、被害妄想ひがいもうそうじゃないってば。


ほんの二年ちょいくらいなのだけど、保健室の先生とは毎度お馴染みのそこそこ長い付き合いなんだよ。


そう、ツウと言えばカアなのさ。たぶん?







 保健室を出て、廊下の窓から校庭をながめる。


陸上部は今日も賑やかに活動していた。


僕を心配していた夕原さんも、養護教諭の心配ないという言葉を信じて部活に参加している。


そろそろ終わりの時間らしく後片付けを始めるようだ。


付き合いだして一年足らずの彼女だが、今のところは清く正しい青少年な間柄。


僕も彼女も進学希望だが、部活の最高学年としても忙しい。


引退前のもうひと頑張りといったところだ。


多感な時期で色々と興味津々ではあるものの、大人になるのはもう少し先でいいということで……お互いをゆっくりと知り合う途中なのである。


白状すると、僕がヘタレで手を出せずにいるともいえる。


それだけ大切にしたいひとなんだよ。




 ふと気がつけば、辺りが薄暗くなってきた。


さて、美術部も同じく終わりにするころだから急いで行ったほうが良いだろう。

渡り廊下を急ぎ足で進む。


目眩めまいはいつの間にか気にならなくなっていた。










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