method
西野 夏葉
第1話
ペンを机の上に放り出して、あぁ、とおばさんみたいな溜息をついた。
男子に告白するのは初めてだし、あたしの周りはもうみんなLINEでやりとりするから、女友達に対してすら、あまり手紙を書いたりしない。そもそも自分の書く字に自信もない。丸文字ではないにしても、若干クセのある字だと思う。読めなくはないからまあいいか……という気持ちと、こういう大事なことを伝える手紙ならもっと慎重に書け……と叱責してくるもう一人の自分がせめぎあう、草木も眠る丑三つ時。早く寝ろよ自分。
唇にのせることができなさそうだったから、こうやって手紙をしたためることにしたのはいいものの、いざ書こうと思ったら何をどうやって文章にしたらいいのか全くわからなくなってしまった。机の横に置いたゴミ箱には、クシャクシャにした便箋がたくさん丸まって放り込まれている。地球さんごめんなさい……という気持ちは少しくらいならあるんだけど、それよりもあたしは、寝ても覚めてもさっぱり頭の中から消えてってくれないあの男に、とっとと引導を渡したくて仕方なかったのだ。
幼馴染。
そして今、あたしが恋愛感情を持っている、唯一の相手だ。
***
トイレに行って歯みがきをして……と、寝る準備をすすめながら、あらためてよく考えてみた。
そもそも、面と向かって喋れなさそうだから手紙にした……っていうのも、なんかおかしくないか。惇はいつも「何かをする前からダメだった時のことを考えるな」って言っていたはずだ。だとしたら、今こうやってたった数枚の便箋にこんな大事なことを託そうとしているあたしの行動は、大きく矛盾しているんじゃないのか。自分なんかには面と向かって告白なんかできそうもない……って、諦めているだけなんじゃないだろうか。
あとはまあ、惇って普段サバサバしてる感じだけど、自分が予想もつかないようなことに直面すると、急にあたふたしちゃうとこあるし。それなら、ちゃんと正面から目を見据えて「好きです」って言った方が効果ありそうな気がしてきた。ワンチャンス、あたしの勢いに圧されてイエスって言ってくれそう。手紙だと、返事するまでに冷静になる時間ができちゃいそうだし。
惇は特別かっこいいわけじゃない。ただ、別にチャラくもないし頭はいい方だから、特に女子に嫌われたりするような要素は持ち合わせていない。そう思うと、いつまでも手をこまねいていたら、あたしみたいにアクション起こす女子もいそうだよな。
そうなる前に、あたしはちゃんと惇にこの気持ちを伝えなきゃいけない。
だからこそ、こうして手紙も書いたわけだけど、直接声に出した方が、確実さが上がる気がしてきたのも事実だった。
明日はもう既に、惇と遊ぶ約束を取り付けてある。今更あたしが遊びに誘ったところで惇はまったく警戒しないから、呆気ないほど簡単に、あいつのスケジュールを押さえることには成功した。
あとは明日の、自分が起こす行動にかかっている。
手紙を渡すべきなのか、直接コトバで伝えるべきなのか。
数分、目を閉じて考えてみた。
やがて、どれほどの時間が経っただろうか。
そもそもどのような形であれ、あたしが惇に気持ちを伝えようとしている意思には、何らの影響を及ぼすものではない。
間違いなくあたしは明日、ただの幼馴染だった相手に、この気持ちを打ち明ける。
ただの幼馴染なんかじゃ、もう嫌だ。
あたしを一人の異性として見てほしいんだ、って。
そんなふうに、ある意味ナイフのように鋭くて、もしかすると痛みを感じるかもしれないこの気持ちを、どうやってあいつの胸の奥まで届かせるのか……っていうだけ。
よし。
独り言ちたあたしは、書き上げたばかりの手紙を、机の引き出しの奥へしまい込んだ。
どんな結果であれ、きっと、もう読み返すことはない手紙。
薄っぺらい封筒におさめられた便せんのなかで、この事実は保存され続けるのだろう。
まるでホルマリンに漬けられたみたいに。
たとえ、この恋が実らなくても。
あたしが惇のことを好きになった……いう事実のカタチだけが、いつまでも、静かに。
目覚ましのアラームをセットして、部屋の電気を消したあたしは、布団に潜り込んで、目を瞑った。
なんだか落ち着かなくて、頭まで布団をかぶって。
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