グリサーの姫と5人のプリンス
美崎あらた
第1話 鏡よ、鏡
「鏡よ、鏡。この大学でいちばん美しいのはだぁれ?」
『それは、あなたです』
あたしはこの春から大学生になる。
平凡に受験勉強をして、受験者平均点くらいを取って合格し、平凡に地元を出て、平凡に一人暮らしを始めた大学一年生だ。顔面も体系も平凡なくせに、一人暮らしテンションで鏡に話しかけてしまったという次第である。
「鏡からの返事が聞こえたわ、やば」
『幻聴ではないぞ』
「あれ? マジで聞こえてる?」
『マジマジ』
「魔法の鏡がマジとか言うな」
『この大学でいちばん美しいのはお前だよ。なぜなら、お前の前世は始祖の姫なのだから』
「紫蘇?」
『紫蘇じゃなくて始祖!』
「始祖鳥の始祖ね。イントネーションだけじゃわかんないよ」
『始祖の姫。すべての始まりの姫』
ごく平凡な女子大生の部屋にあるごく平凡な姿見が中二っぽいことを言われて困惑。
「始まりの姫?」
『あらゆる童話に登場するお姫様の
「こんな平凡な大学一年生に?」
『自分で平凡平凡言うな……』
鏡に注意される。
「そんなこと言ったって、中学高校までは男子に告白されるとか付き合うとか、そういうこととも無縁だったし……」
『見た目はまぁ……平凡かもしれないが、それは魂の在り様によって変わり得る』
「やっぱ平凡だと思ってんじゃん」
『私を信じろ。始祖の姫を解き放ち、華々しい大学デビューを果たすのだ――』
「どゆこと?」
『君が進学するこの
「根っこみたいな名前のこの大学に、そんなアイドルグループがいるんだ」
『アイドルグループではない。彼らもまた、前世で王子様をやっていたのだ』
「そんなのが五人もいるわけ?」
『それが運命なのだ』
「なるほどね、りょーかい」
『軽いな……』
魔法の鏡が運命だというなら運命なんでしょ。深くは考えないようにする。
『お前がキャンパスに足を踏み入れれば、彼らもまた前世の記憶を思い出すだろう。そして君を求めて戦い始める』
「あたしのために争わないで! っていうやつ?」
『そういうやつだ』
「もうちょっと穏便に、どうにかならないの?」
『ならない』
「ふ~ん」
『あれ? あんまり信じてないな?』
「まぁね」
テキトーに返事をしつつ、これはちょっと精神科に行った方がいいのかしらなんて冷静に考えている自分がいる。
『まずは、五芒星大学中央キャンパスのそのまた中央にそびえる時計塔に向かいなさい。信じるか信じないかは、その時に決めればいい』
「うーん、まぁいいけど」
『その気になってくれたか! それでは五人の王子様を紹介しよう』
魔法の鏡はなんだかうれしそうだ。
『エントリーナンバー1 医学部の
「医学部ってだけで尊敬する。めっちゃ偏差値高そう」
『君はみんながあこがれる始祖の姫なのだから、あんまり軽いと困るんだが……』
その時、鏡の表面がゆらぎ、テレビ画面のように映像が映る。
悲しげな目もとをそっと隠す艶のある黒髪。際立つ白い肌。病的なまでに白い肌は、黒い大地に舞う雪を思わせる。
瘦身に黒いマント。足元には彼の身長よりも大きな箱。その形状はまるで棺である。彼は実におっくうそうな様子でそれを引きずりながら歩き始める。
「なにこれ、プロモーションビデオ?」
『まぁ、そんな感じだ』
「おっけー。次いってみよー」
『エントリーナンバー2 理学部の
知的な目つきで周囲を確認し、何事か納得した様子で赤い長髪を束ねて背中に垂らす。
えんじ色の詰襟蘭服に身を包み、犬歯むきだしの大きなあくびをひとつしてから、すっと背筋を伸ばして歩き始める。
「赤髪に赤の学ランとか、もはやコスプレでしょ。かっこいいからいいけど」
『エントリーナンバー3 法学部の
長身で少し猫背。鷹のような鋭い目つきで眼下に広がる城を見渡す。
足元の布袋を拾い上げ、肩にかける。ダークグレーのコートをひるがえしながら、歩き始める。
「なんか城が見えたけど。これって前世の記憶の方?」
『混ざっているかもしれないな』
「※画像はイメージです。ってやつか」
『エントリーナンバー4 文学部の
両目を包帯で覆っているが、その鼻筋から口元のラインから、整った顔立ちであることがわかる。
きれいな金髪とは対照的に、薄汚れたぼろきれのようなマントを身にまとい、杖をついて歩き始める。
「待って、待って。ビジュアルやばすぎひん? こんなんキャンパス歩いてたら引くわ」
『※画像はイメージです』
『エントリーナンバー5 工学部の
決意に満ちた目とその茶髪をあえて隠すように、大きなフードを目深にかぶる。
身体は鍛え抜かれていて、筋骨隆々。しかしそれもまた隠すように甲冑を身に着ける。甲冑の金属音を鳴らしながら、歩き始める。
「一人だけ雰囲気が違う。何というか……ゴリマッチョすぎ?」
『こんな王子様いたかな……まぁいい。これで全部だ』
『この中で勝ち残った一人が、始祖の姫つまり君の、婿となる。真の王となるのだ』
「バトルロイヤル形式なんすか?」
『そうだ』
「こんなプロモ見せておいて、あたしに選択の権利はないの?」
『選ぼうと思っていたのか、ぜいたくなやつめ』
「でもやっぱり、選べって言われても難しいなぁ」
『だから選べないんだって』
「真の王になったら、どうなるの?」
『真の王は真の王だ。世界は彼のものになる』
「リアルに?」
『そう、リアルに。王子たちは無条件に君のことを愛している。したがって世界は君のものになるといっても過言ではない』
「へぇ、別にいらんけど」
『そうだろう、そうだろう。世界は君の思いのまま……って、いらんのかい!』
「イマドキの魔法の鏡って、ノリツッコミもできるんだ。ウケる」
『し、しかし……君に行ってもらわないと困るな……』
「ん? 大学には行くけど?」
『?』
「だって、初日からサボるわけにいかないっしょ」
『…………』
プロモーションビデオ上映会の後、あたしは言われた通り中央の時計塔に登った。塔のてっぺんには一つの部屋があり、表札がかかっている。
『グリム童話
その扉をあけると……
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