銀世界の童話

トてら

童話 積雪、狐、銀世界。

純白の雪が降り注いだあとのあの香りは、私の目を輝かせるには充分すぎるほどでした。空を見上げれば、きょう一日、橙の光が私の目に届くことはないだろうと思わせるくらいに白い光のすじが、私をてらしていました。

視界を地上に戻せば、やはり先ほどと変わらない、一面の積雪が続いていました。

ただ視界の端にみえた、いくつかの陰が気になって、私はふと、左下に目を置きました。

するとそこには、てん、てん、てん、と、ちょうど人差し指くらいの深さの穴が、左右に連なってのびていたのです。

最後に、まるで大きな岩をよけるかのように大きな影をみつけ、私は好奇心のあまり近よって、見てみようと思いました。ですが平らに続いてゆく、もとは草原だった海のような雪がへこんでしまうのがなんだか惜しくて、てん、てん、てん、と連なる、人差し指くらいの深さの穴の上を、ちょん、ちょん、ちょん、と歩いて――といっても、結局は私の足のほうが大きかったので、つぶしてしまうような感じでしたけれど――ゆきました。


ざっ、ざっ、という音を楽しんでそこに辿り着いた私は、天空宮に住まわれるという天女様のたおやかな薄桃色の御花をみたかのごとく、目を見開きました。

そのときの私の驚き様といったら、まだそれを更新できていないほどでしょう。


なんとそこには、ひとつの狐がうずくまっていたのです。

見事な狐でした。

むかし父が飼っていたものよりもずっと華奢で、むかし私がであった狐よりもずっと、ずっとずっと銀色の毛並みをしていました。

狐に気づいた私に気づいた狐の、ゆっくりと私をみようと頭をあげる様は、むかし母さんと狩った、気高い雄狐のそれよりも優雅でした。

銀色の狐の私を見据えるその瞳は、ひたすら氷を溶かす川のごとく、大河のような青い色。


怯えるでもなく、威嚇するでもなく、ただこの世の理を受け入れ、静かに時の流れを感じているような銀の狐は、その毛並みにふれてとけた雪があたり、自らの熱が失われてゆくのを、耐え忍んでいるようにも見えました。

私は助けようと、狐にあゆみよりました。


ところが一歩ちかづくと一歩、二歩ちかづくとこれまた二歩、狐は後ろへ下がるのです。私はその時、積雪が膝ほどの高さまでとどいていることに気づきました。

狐の目は私を変化することのない青色で見据えていましたから、私は余計に近づいて撫でてやりたい衝動にかられて、また一歩、二歩、と、狐に近づきました。


ず、ず、と音がして、だんだんと後ろへ行く狐の足は、歩くごとに光る雪の中に、深く埋まってゆきます。

やがて狐が自分の手の届く距離になったころ、銀色の狐はもう、歩けないほど深く、強く埋まってしまいました。

私はじっと狐と見つめあい、そしてもう一歩を踏み出すことは控えました。大河のごとく流れ、躍動する青色の瞳が、それを強く望んでいるように感じたからです。

あたりの結晶が結合しはじめるころ、狐は大河のごとくおだやかに、その瞳を、私に見せることのないよう閉じました。


急いで駆け寄ろうと一歩を踏み出した私にむけて、狐は懸命に私のいる方向に一歩歩こうとし、私の瞳と自分のそれとをあわせようとしました。

ですがそれは叶わない、と悟ったのでしょう。

瞳を閉じて雪の上に鎮座し、首をコクン、と動かしたあと、ふぁさ、と横たわりました。白い光の広がる中に鎮座した狐の毛並みは艶めき、むかしとかした姉さんの髪と同じくらい、その身に宿る誇りを私に伝えていました。


銀色の狐はそれ以降、自らをささえる銀の雪をみることはなく、四肢を動かして銀の雪を踏みしめることもなかったのでしょう。


私は今でも色あせることのないその毛を一房、とっておいてあるのです・・・ひとたび何かがおこれば、きちんと燃やしてあげられるようにね。

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