第41話 最期のメッセージ

 互いの武器が交差する。ガキンという音と火花が散り、ダイモンの一撃によって杖の先を完全に破壊されてしまう。魔晶が小さな爆発を起こし霧散した。


「これでもう魔法は使えねぇ。魔導士なんていうクソジョブを選んだのが運のツキだったなティリオンッ!」


 そのセリフを聞いてティリオンの口元がフッと笑った。

「魔導士だと……? そんなものを目指したつもりはない。俺が目指すのは、この世界の主役だ」


 トドメだと振りかざした斧を握る手を、ティリオンが蹴り飛ばした。反動で斧が吹き飛ばされ、地面に突き刺さる。

「なんだと?」

 ダイモンの驚く顔を間近にして、ティリオンは間合いを詰める。


 蹴りに続き拳打を連続でダイモンの身体に叩きこみ、その衝動で後方へと吹き飛ばす。ザザッーという音を出しながら、引きずられるように無精ひげの男は背中から倒れこんだ。


「な、なんだ今のは?」

 ティリオンがゆっくり片手を突き出し、指を動かして手招きをする。親指を舌でペロリと舐めると、カンフーの構えをしながらタンタンと地面の上を小刻みにジャンプする。


「フン、何だか知らねえが格闘技を受信ダウンロードしたか? 草の知識を手に入れるときくらいしか使ったことがなかったが、案外役に立つじゃないか」

 ダイモンは両肩をバネのようにして飛び起き、「だがそんな攻撃も、オレには痛くもかゆくもねえぜ」


 今度はダイモンの方から間合いを詰めた。拳を握り固め、ティリオンを殴打していく。体格や筋力はダイモンの方がはるかに上だ。膝から腰をバネのようにスイングさせて全体重を乗せるように、パンチを繰り出す。


 カンフーの小手技で、重量級のパンチを交わしていく。うまく力を逃がすように、一打一打をしっかりと対処する。しかしダイモンのパンチは剛健。腕の防御を突き抜けるようなパンチは、確実にダメージを蓄積していった。


「しょせんは情報の受信ダウンロード。オマエの格闘技はただの通信教育だよッ!」


 ティリオンは応戦するものの、攻撃の勢いを殺し切れず、岩壁まで押し込まれた。

 逃げ場のないティリオン。彼のガードする腕を弾き飛ばし、ダイモンは取っ組み合うように体を密着させた。それから太い腕をティリオンの首に絡ませると、背後から締め上げた。


 ギュギュッと二の腕で締め上げていく音が、ふたりの荒々しい吐息と共に聞こえてくる。まるで大蛇が小動物を衰弱させるように、腕がけい動脈を扼していく。

 ティリオンが両手でダイモンの頭を掴み、絡みついた腕を外そうともがいた。だがダイモンの筋量の方が勝っている。どう見ても無駄な足掻あがきだと言わざるを得ない。


「少し苦しいがすぐに楽にしてやる。なぁに、死後は魔晶化してホームに飾っといてやろう。畑の肥料にするにはもったいねぇ」


 ティリオンがカッと目を開いた。そして岩壁を蹴り上げるようにして登ると、ダイモンの腕の拘束からスルッと抜け出した。

「なに?」

 バク転をするようにティリオンの身体が宙を舞う。


 大きな弧を描いて地面に着地した瞬間を、ダイモンは捉えるつもりだった。逃さないように振り返った瞬間、ダイモンの左胸に矢が刺さった。

 ドスッ!


 言わずと知れたアイナの矢だ。だが、痛みを知らない、どんな致命傷もポーションで治癒してしまうダイモンには、心臓を貫く攻撃でさえも無意味……のはずだった。ところが、ダイモンは左胸を抑え急に苦しみだした。脳天からつま先まで駆け抜けるような酷い痛みに絶句した。


「カ……カハッ!」

 口から吐血する。「な、なんで痛みを感じる……?」

 ティリオンが地面から立ち上がり、ダイモンを睨みつける。


「俺のガジェット能力『詐称フェイス』を使って、あんたの素性ステータスを一時的に詐称させてもらった」

「あ、ああ?」

「『痛みを感じる』ようにと」


 ダイモンの胸に二本目の矢が突き刺さる。

 アイナが弓を構えたままゆっくりと近づいてくる姿が、ダイモンの目に入ってきた。

「ア、アイナ、オマエ……」

「黒ギャルナメんなよおっさん。肌黒くして、ピアス開けて、墨入れて、中途半端な覚悟でギャルなんかやってへんねん」


 ダイモンは膝から崩れた。そして寄りかかるように、岩壁に背をつける。それまで鬼の形相だった顔が、ホームの管理人をしていた頃の、頼りがいのある親分肌の顔つきに戻っていた。


「ティ、ティリオン……最期にひとつ頼みがある。オマエがくれた煙草がまだ一本残っている。それを……口に咥えさせてくれ」

 その言葉を聞いてアイナはさらに警戒した。油断させて反撃するつもりだと。

 それをティリオンが首を振った。もう戦う意思は残っていない。そう判断したのだ。


 腰のバッグから煙草の包み箱を取った。転送初日に、ティリオンが彼に差し入れしたものだ。折れかかりくたびれた姿の煙草。残していた一本は何を意味するのか分からない。

 それをダイモンの口の中に入れてやった。

「すまねえ」

 指先に魔法で火を点し、煙草の先に点火する。

 ——スーハー。

 ゆっくりと吐き出された紫煙が、たゆたいながら空へと消えて行く。


「ああ、やっぱり故郷くにの煙草はうめえなァ」

 ダイモンの胸から血が噴き出す。「なんで……オレは……こんなとこに来ちまったんだろうなァ……」

 ダイモンが遠い眼で虚空を眺める。在りし日の自分を思い出しながら、噛みしめるように過去の記憶に少しの間だけ身を委ねた。

 消えゆく命の灯の中で、何かやり残したことを思い出したのか、視線だけをティリオンの方に向けた。


「ティリオン……耳を貸せ……。伝えておきたいことがある……」

 分かったという顔をして、ティリオンは彼の口元に耳を寄せた。

「オレ……たちは、の………み…………ず……げ……だ」

 かすれた声でそう言い遺すと、ダイモンの命は尽き果てた。

 目を見開いたまま絶命した彼のまぶたを、ティリオンはそっと指先で閉じた。彼の遺骸の傍に、アイナが歩み寄る。


「なあ、ウチらは間違ったことしてへんやんな? これで良かったんやんな?」 

 ダイモンを射殺したことにアイナは少し悔いていた。右も左も分からない自分たちを、この男は快く受け入れてくれたのだ。命の恩人であると言っても過言ではない。最後は考えの違いがあったにせよ、殺し合う必要はあったのか? アイナは心の中で自問自答していた。


「アイナに手を汚させてしまったのは俺の責任だ。心から済まないと思っている。だが、他人が傷つけられるのを黙って見過ごすわけにはいかない。俺たちの背後に咲き誇っている禍々まがまがしい草は、間違いなく人類の敵だ。俺たちは正義を貫いたのだ」


「その言葉を聞けて安心したわ。ウチだって、こんなとこでくたばるわけにはいかへんねん」

 弓の構えを解除したアイナが、「で、このおっちゃん魔晶化するん?」

 と訊いてきた。

「いや、この地に眠らせよう。俺たちの受けた恩に対する彼への礼儀だ」


 ダイモンの遺骸をそっと小屋の中に移動させた。組んだ手を胸に置いて丁重に安置する。

 ティリオンとアイナは全ての小屋と光麻草が生い茂る一帯に火を放った。

 炎立つ野山を背に、ふたりは静かにその場をあとにした。

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