第446話 パンの伝道者

「まあ、何人かは信じていなかったけど、これでくだらない探索がなくなるんだから、多くの長老が受け入れたよ」


 アガラの話に、事前に聞いていたアクセルが頷く。

 エルフは種族の真名『エルダー』を知る人間を探すために、何百年もの間、若いエルフを人間が暮らす土地へ送っていた。

 奴隷商人から見て、美しいエルフは金になる。森を出た多くのエルフは、襲われたり騙されたりして奴隷に落とされ、悲惨な末路を迎えていた。


 ルイジアナもその一人。彼女は運良く奴隷商人に捕まらず、ハルビニアの王宮に魔法使いとして招かれて、密かにエルダー人を知る人間を探していた。

 だが、ルディが現れた事で、森のエルフは貴重な若者を人間の暮らす地へ送る必要がなくなり、それは全ての集落で歓迎された。


「これで駄目言うなら、エルフを恩知らずの種族と世界中に言いふらしていたです」


 ルディの冗談にアガラが顔を歪ませた。


「汚い嫌がらせだね」

「それがアンチという反社会的勢力の存在です」

「よく分からないけど、そうならなくて良かったよ。秘宝の場所へは、アクセルと、そうだね……ミンクの二人を道案内に貸すから、何時でも行きな」

「どーもです」

「今日はここに泊るといい、歓迎するよ」

「ありがとうです。お礼にお土産をやるです。ソラリス、アレを出しやがれです」

「はい」


 ルディの命令にソラリスがサワードウを出した。


「それは何だい?」


 ガラスの瓶に入っている灰色のどろどろした液体に、アガラが眉をひそめた。


「パンの種です。今夜の飯を楽しみにしやがれです」


 ルディは集落の皆を驚かせようと、サワードウの事を話さず、アガラに厨房を借りる許可を得た。




 集落の厨房を借りたソラリスは、興味深々な女性エルフに囲まれてパン作りを始めた。


「いったい何を作るんだね?」

「パンでございます」

「パンってなーに?」


 中年の女性エルフの質問にソラリスが答えると、パンを知らない子供が首を傾げた。


 エルフの集落ではフォレストバードの餌のために、ライ麦より安いオーツ麦を商人から購入していた。

 エルフたちの普段の食事は、ライ麦の固いクッキーを主食にしているが、ライ麦が不足している時はオーツ麦も食べる。

 その時は平らに潰して、水でふやかしてから食べていた。


 エルフの食事事情を聞いたソラリスは、ライ麦とオーツ麦をブレンドしたパンを作る事にした。


 ライ麦粉とオーツ麦粉を8:2の比率で入れてから、塩を入れてよく混ぜる。

 次にサワードウと水を加えて、さらに10分ほど捏ねるように混ぜた。


 ボウルの上に布を被せて、一次発酵に2時間半待つ。すると、生地が1.5倍に膨らんだ。

 折り畳むように生地を丸めて、ライ麦粉を振る。容器に入れて二次発酵に1時間ほど待つと、生地が2倍に膨らんだ。

 それを石窯で1時間ほど焼くと、オーツ麦とライ麦のブレンドパンが完成した。




 初めて見るライ麦パンを、エルフたちが不思議そうに見ていた。


「試食してみますか?」

「是非!」


 集まっていたエルフたちが大きく頷いたので、ソラリスはパンを一口サイズに切って、全員に渡した。

 エルフたちがゴクリと唾を飲んで、一口サイズのパンを口にする。


「柔らかい!」

「美味しい!」


 普段は固いクッキーが主食のエルフたちは、柔らかいパンに仰天し、一口食べただけで気に入った。


「ねえ、これって私でも作れるのかしら?」

「はい。私は皆さまに作り方を教えるために派遣されました」


 ソラリスの返答にエルフたちが歓声を上げた。




 ソラリスがエルフの女性たちにパン作りを教えている間。

 ナオミはルディと一緒に、エルフの魔法についてアガラと話していた。

 なお、ルイジアナはミンクに捕まって、ゴブリン一郎の事を根掘り葉掘り質問されていたので不参加。


 ナオミがエルフの魔法について知りたい理由。

 彼女が初めてルイジアナの魔法を見た時、人間の使う魔法と異なっている事に気づいた。

 エルフは人間と比べて魔法の効果が高く、詠唱から発動の時間も速い。

 ナオミはその理由についてルイジアナに質問するが、彼女は「ナオミ様の方が規格外で分かりません」と、呆れた様子だった。


「エルフの魔法が優れている理由?」

「うむ。エルフは人間と比べて体内のマナが多くて魔法も優れてる。その理由を知りたいんだ」

「そうなのかい? 私は人間の魔法を詳しく知らないから、分からないね」


 アガラはナオミに答えると、左手の指を二本立てて、「ファイア」とだけ唱える。

 すると直ぐに炎が現れて、指を回すと炎がくるくると動いた。

 ナオミとルディもアガラと同じ魔法を唱えて炎を出す。ナオミは同じように炎を出したが、まだ魔法に不慣れなルディは、指を回すと炎が消えた。


「ふむ。やはり人間と比べて詠唱が速く、炎に含まれているマナの量もあるな」

「お前は人間にしては、莫大なマナがあるじゃないか。一体何が不満なんだい?」

「別に不満などないよ。ただの好奇心だ」

「人間はエルフと比べて、好奇心がある種族なのは知ってるよ。時々その好奇心が迷惑だけどね」


 アガラの話にナオミが苦笑いを浮かべる。

 彼女の横では、ルディが炎を回そうと何度も失敗していた。


「ルディが言うには、人間は考える葦らしい」

「炎が回らねえです……」

「考えているようには見えないねぇ……」


 魔法を失敗しているルディを見て、アガラが肩を竦める。

 その時、ふとルディが何かを思い付いて口を開いた。


「ししょー。話し聞いていて思い出したですけど、元々エルダー人は超能力保持者が多かったです」

「「超能力?」」


 超能力と聞いて、アガラとナオミが首を傾げた。

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