第438話 ブチ切れ一郎!

 ゴブリン一郎はエアロバイクから降りて一歩だけ歩くと、膝から崩れ落ちた。


 獲物を仕留めて帰ってきた男衆。

 彼らの周りではしゃぐ子供たち。

 赤子をあやしながら、その様子を見て微笑む女衆。


 昨日まで、ゴブリンの村の中には常に笑みがあった。

 だが、今、ゴブリン一郎の目の前に映るのは、踏み荒らされた村、崩壊した家々、仲間だったゴブリンの死体だった。


「……ギャ……ギャ……(……何で……何で……)」


 ゴブリン一郎の目から涙が流れた。

 俺たちゴブリンが何をした?

 ただ、生きたい。弱者にはそれすらも許されないのか?


 許せねえ……許せねえ……許せねえ……。


「グギャアァァァ‼(許せねえぇぇぇ‼)」


 ゴブリン一郎が天を仰いで絶叫する。

 体からどす黒いオーラが揺らめき、筋肉が膨れ上がる。

 涙が血涙と変わり、村の奥に居るオーガを鬼の形相で睨んだ。




 二匹のオーガはゴブリンを殺してスッキリしたのか、狂暴化が治まっていた。

 最後に残ったのはゴブリンのノービタ。

 奥の洞窟を必死に守ろうとするノービタの様子に、この奥には食い物を隠しているのだろうと、オーガたちはニタニタと笑っていた。


「グギャアァァァ‼(許せねえぇぇぇ‼)」


 背後から絶叫が聞こえて、まだ生き残りが居たのかと、オーガが振り向く。

 振り向いた先には、ゴブリン一郎とルディが村の中央で立っていた。


「ググググガ……(また雑魚が来たか……)」


 オーガは呆れた様子で二人を見ていたが、彼らが持っている装備に気付いてせせら笑った。


 ゴブリン一郎が背中に背負うのは巨大な戦斧。

 ゴブリンが持てば巨大な戦斧だが、オーガからしてみれば片手斧に使える。

 それに、ルディが抜いたショートソードも丁度良かった。

 ゴブリンを食う時は、皮を剥かないと臭くて食べれない。あのナイフで殺したゴブリンを捌こうと考えた。


 オーガの一体が気晴らしに、目の前のノービタを蹴り飛ばす。

 そして、追加で現れた獲物を仕留めようと、ゴブリン一郎に向かって歩き始めた。




「一郎、僕も手伝うですよ」


 ルディがゴブリン一郎の横に並び、腰のショートソードを抜いた。


「…………」


 だが、ゴブリン一郎は話を聞いておらず、ジッとオーガを睨んでいた。


「檄おこぷんぷんで聞こえてねえです。仕方がねーです、お前が一体を仕留める間、僕、もう一体をけん制してやるです。それぐらいは協力させろです」


 ルディがやれやれと肩を竦めていると、オーガの一体がノービタを蹴り飛ばした。

 それを見るなり、ゴブリン一郎がブチ‼ とキレた。


「グギャギャギャーー‼(ぶっ殺してやるーー‼)」


 ゴブリン一郎が戦斧を構えて走り出した。


 オーガの一体が走りだしたゴブリン一郎を見て、ほう? と感心していた。

 雑魚の癖に根性入ってるじゃねえか。だったら一対一で相手をしてやろう。

 拳をバキバキと鳴らしてから、ゴブリン一郎に向かって走りだす。

 固く握った拳でゴブリン一郎に殴りかかった。




 ゴブリン一郎の戦斧とオーガの右拳が衝突する。

 戦斧がオーガの拳に食い込み、手首まで引き裂いた。


 オーガが自分の拳を見て目を見張る。

 所詮はゴブリンの武器だと甘く見ていたが、ゴブリン一郎が持っている戦斧は、ルディが渡した繊維強化セラミック製。鋼よりも固く、見た目よりも軽い。

 固い筋肉で覆われているオーガの拳ぐらいなら、余裕だった。


「ガアァァァ!?(痛てぇぇぇ!?)」


 激痛にオーガが絶叫する。

 ゴブリン一郎が一旦戦斧を後ろに構える。今度は横殴りの一撃をオーガに放った。

 戦斧がオーガの太ももを抉る。固い筋肉で切り飛ばせなかったが、戦斧は脚の半分まで食い込んだ。


 ゴブリン一郎が戦斧を抜くと、オーガの太ももから血が噴射した。

 思わずオーガが片膝をつく。ゴブリン一郎はとどめの一撃だと、戦斧を振り降ろした。

 戦斧が脳天に食い込む前に、オーガが地面を転がり攻撃を避ける。そのまま転がって距離を離すと、ゴブリン一郎を睨んだ。


「ガァァァァァ‼(この雑魚が、ぶっ殺してやる‼)」


 オーガの狂暴化が始まる。

 膨らんだ筋肉で出血が止まり、怒りで痛みが感じなくなる。体から殺人級の気迫が吹き出し、ゴブリン一郎に襲い掛かった。


「グギャァァァ‼(死ぬのはテメェだ‼)」


 ゴブリン一郎が叫び返して、オーガの気迫を振り払った。




 戦いを見学していたもう一体のオーガは、仲間の危機に加勢しようとする。

 だが、その前にルディが立ち塞がった。


「おっと、ここから先は行かせねえです」

「ガア、ガギャ!(どけ、チビ!)」


 オーガの脅しにルディが後ろを向いて、突き出したお尻をペンペンと叩いた。


「ケツにキスしなクソ野郎です」


 言葉が通じないけど、ジェスチャーでコケにされたと分かったオーガがブチ切れた。


「ガアアアア‼(ふざけるな‼)」


 こちらのオーガも狂暴化が始まった。

 だが、ルディの電子頭脳は金属で覆われているので、マナの威圧は通じない。

 ルディはショートソードを構えると、隙だらけのオーガに向かって剣を振った。


「はざーん!」


 ワン!


 ルディの振ったショートソードから現れた半透明のコーギーが現れた。

 コーギーがオーガに向かって空中を走り出す。そして、オーガの股間をパクっと噛みついた。


「ギャアアアア‼」


 予想していなかった急所の攻撃に、オーガの狂暴化が中断して内股になった。

 なお、以前ルディが放った覇斬は豆柴だったので、覇斬は少しだけ進化している。


「内股なオーガというのも、面白れーです」


 ルディが煽ると、激痛に股間を押さえたオーガが涙目で睨んだ。

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