第383話 謎の陣地
ローランド軍の編成が終わってから10日後。
ついに20万のローランド軍が、カッサンドルフ地方に足を踏み入れた。
そして、ローランド軍はそのまま進軍を続け、カッサンドルフから北に2kmほど離れた丘陵に陣を敷いた。
急造した物見櫓に昇ったバイバルスは、遠くに構える敵の陣を見て眉をしかめた。
「野戦を選択したか……」
もし、ハルビニア軍がカッサンドルフに引き籠っていたら、ピースブリッジを押さえる事で、こちらが8割方勝利を手に入れていただろう。
だが、ハルビニア軍は兵力差にひるむことなく野戦を選択した。
カッサンドルフを西の盾にし、中央には元ローランドの物だった支城でこちらの行く手を阻む。
そして、北の丘陵に陣を敷くが……そこで、バイバルスは首を傾げた。
北の陣地には何故か防壁がなかった。あれでは、簡単に突破できる。
バイバルスは見せかけの陣地かと考えたが、もし自分が敵の立場だったとしても、あの場所には必ず陣を敷く。そうしなけば負けは確実だった。
「陛下! 各部隊の将軍が全員集まりました!」
バイバルスが考えていると、櫓の下から彼を呼ぶ声がした。
「分かった」
今回の戦争は何かと不思議な出来事が多い。
バイバルスはあの陣地も予想外の仕掛けがあると考えた。
「敵の数は5万。内訳は南に騎兵が2万人、支城に3千人、北の陣地に1万2千人、カッサンドルフ内部に1万5千人が配置についています」
巨大なテントの中で、バイバルスとローランド軍の将軍が集まり、数週間前から放っていた密偵の報告を聞いていた。
「ほう? 引きこもりのハルビニアにしては、兵を集めたじゃないか」
一人の将軍が冗談を言うと、それに釣られて何人かの将軍が笑った。
「敵が作った北の陣の様子はどうだ?」
「丘の周囲に棘の付いた針金を張り巡らしています」
別の将軍がした質問に報告の兵士が答えると、有刺鉄線を知らない全員が首を傾げた。
「針金?」
「はい。棘の付いた針金を巻いて、丘の周囲に張り巡らせていました」
「……ふむ」
いくら棘が付いていても針金では人を殺せない。
将軍たちは説明を聞いても、有刺鉄線の有効性を疑問視した。
「奈落の魔女は何処にいる?」
ジッと話を聞いていたバイバルスが口を開く。
その声にざわついていたテントの中が静まった。
ローランド軍の銃に抵抗できるのは、奈落の魔女の大規模魔法。
これは敵味方共に認めていたので、将軍たちも関心が高かった。
「はい。南の支城で待機しているとの情報です」
「その情報はどうやって知りえた?」
「え? ……暫くお待ちください」
バイバルスから予期せぬ質問がきて、報告していた兵士が慌てて部下に確認する。
そして、情報の入手手段を聞いてから再び口を開いた。
「カッサンドルフの兵士たちが、酒の席で言っていた情報です」
「……そうか」
それだけ言ってバイバルスが口を噤む。彼は今のを偽の情報だと考えた。
もし、自分がハルビニア軍なら奈落の魔女の配置は秘匿する。おそらくハルビニアも自分と同じ考えだろう。
という事は、北から攻めるのは……。
「罠か……」
奈落の魔女が南に居るという偽情報を流して、北から攻めさせる。
そして、攻めやすそうに見える北の丘の陣地を攻めたところで、奈落の魔女が魔法を放つ。
魔法は連続で放てないから、そのまま前進すればおそらく北の丘を征服し、奈落の魔女も殺せるだろう。
だが、その後でカッサンドルフを落とすと考えた場合、こちらの被害が大き過ぎた。
「発言の許可を!」
バイバルスが黙っていると、一人の将軍が挙手して発言を求めた。
「……言ってみろ」
思考を中断されたバイバルスは少しだけ不機嫌になるが、誰かの考えを聞くのも何かのヒントになるだろうと発言を許可した。
「敵の数は5万人。そのうちカッサンドルフ内部に1万五千が引き籠っている状況。数で押し込めば敵の策略など問題ございません‼」
バイバルスが将軍の顔を見れば、まだ若い。40代手前といったところだろう。
確かこの男は、レイングラードの征服を決定した時も、似たような発言をして追加の軍に加わった記憶があった。
おそらく功を焦っての考えだと思う。バイバルスは彼の発言に内心呆れていた。
「……お前の部隊は何人の兵士が居る?」
「3千人です」
将軍はバイバルスの質問の意図を理解しないまま、自分の部隊の兵数を答えた。
兵の数を聞いて、バイバルスの頭の中で3千人の兵を捨て駒にする事が決定した。
「そうか……丁度敵の罠にハマる馬鹿が欲しかったところだ。明日の朝一番に、お前の部隊だけで北の陣地へ攻めろ」
「……え?」
予想外のバイバルスの命令に、発言した将軍が目を見開いた。
彼の頭の中では、全軍で北の陣地を攻めるつもりだった。
だが、バイバルスは彼だけの部隊で攻めろと命令した。それはすなわち、死ねと同意の言葉だった。
「我が国の軍では、命令違反は死だ」
そう言ってバイバルスが右の親指を立てて、首を掻っ切る。
「…………」
「安心しろ。お前の家族の命までは取らない。それに、もし陣地を落としたら、カッサンドルフの行政官に任命してやろう」
「まあ無理だろうけどな……」最後にバイバルスは小声で呟くが、発言をした将軍の耳には届いていなかった。
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