第365話 クリス国王とレインズの再会

 翌日。ハルビニアの王都は、天地がひっくり返る程の騒動に包まれていた。

 国軍の騎士たちは、予定の野外演習が変更になって、昼から戦地へ向かうと聞いて仰天した。しかも、進軍先はカッサンドルフという。

 誰もがそんな無茶なと思って上官に問いただすと、今回の進軍はカッサンドルフを落としに行くのではなく、奪回に来る予定のローランド軍から、カッサンドルフを守るためだと聞かされた。


「おっと、待ってくれ。今の話だと、まるで我が国がカッサンドルフを手に入れていると聞こえるぞ」


 一人の騎士が上官に質問すると、自分でも納得していない上官が頷いた。


「将軍の話だと、カッサンドルフは落ちていないが、西門が崩壊して、常駐の軍隊も外に出ていて、もぬけの殻らしい」


 それなら既に落ちたも同然だと、騎士たちが騒めいた。

 そんな中、一人の騎士が手を挙げて別の質問をする。


「カッサンドルフが落ちたも同然だとしても、あの要塞の周辺には支城が5つある。そっちの方はどうなんだ?」

「そっちも問題ないらしい。支城の将軍を捕えて、支城に残っている兵士は動けないと言っていた」


 指揮官が居なければ、軍隊も烏合の衆と化す。

 今の話が本当だとしたら支城の兵士は動けない。誰もがそう思った。


「まだ問題は残っている。ピースブリッジ砦はどうなんだ? こちらが数を揃えたとしても、橋を落とされたら進軍なんでできないぞ」

「それもなぁ……砦は昨日の夜に落としたらしい」

「マジかよ……。一体、どこのどいつがやったんだ?」

「ガーバレスト子爵だ」


 上官の返答に騎士たちが目を見張った。

 デッドフォレスト領といえば、前領主が悪政を敷いていたせいで、まともな軍など居ないはず。それに、北の領地からカッサンドルフまでは距離が離れている。

 軍の人数は? 移動手段は? どうやってカッサンドルフとピースブリッジ砦を落とした?


 上官から話を聞いても兵士たちは全く状況が分からず、全員が首を傾げていた。

 この様な状況が、軍の至るところで行われていた。




 昼前に国王が現れると、式典をすっぽかして国軍の騎兵1万5千と戦争賛成派の貴族の私兵5千、計2万のハルビニア軍が進軍を開始した。

 今回は時間との勝負だと、馬がバテるのを承知の上で通常の倍の速さで街道を進む。


 軍隊があと少しでピースブリッジに差し掛かる頃、先行部隊の騎兵が戻ってきて現地の情報が入ってきた。


「申し上げます!」

「許可する」


 クリス国王の側近の許可を得て、伝令兵が口を開いた。


「現在、ピースブリッジ砦はガーバレスト卿が制圧しており、問題なく通れる模様。支城も動きがなく、このまま進軍しても問題ございません」

「カッサンドルフはどうなってる?」


 クリス国王の質問に、伝令兵が頭を左右に振った。


「まだ未確認ですが……遠目から確認する限り、何時もと変わらぬ様子です」

「……そうか。ご苦労だった」

「ハッ!」


 伝令兵はクリス国王に頭を下げて場を去った。


「いつもと変わらぬですか……陛下どうしますか?」

「構わぬ。このまま進め。ここまで来て何もしないで帰ってどうする?」


 クリス国王はセシリオ軍務大臣の質問に答えると、そのまま進軍を続けた。




 夕方に差し掛かる頃。

 ハルビニア軍が無事にピースブリッジを渡り切り、砦で待っていたレインズとクリス国王が再会を果たした。


「レインズ、よくぞやってくれた!」

「ありがとうございます」


 クリス国王は、片膝を付くレインズを立たせて、力いっぱい抱きしめた。


「それでカッサンドルフの状況はどうなっている?」

「全てが予定通りでございます」

「と言う事は?」

「カッサンドルフのレガスピ将軍以下、5つの支城の将軍は全員奈落の魔女が捕らえています」

「行政官が捕まっているのに、カッサンドルフはいつも通りなのは何故だ?」

「それは奈落の魔女がレガスピ将軍に変身して、行政を行っているからです」


 それを聞いてクリス国王が笑った。


「はっはっはっはっ! 人知れずに街を支配するか! また奈落の魔女の伝説が生まれたな」


 クリス国王の笑いが治まるのを待って、レインズが報告を続けた。


「カッサンドルフの一万の兵士は、西に丸一日移動した距離に居ます。現在も西へ移動中なので、明日の朝にここを出ても、こちらが先に街へ入れるでしょう」

「入るとしたら壊れている西門からか?」

「左様です。さすがに敵軍を見たら、向こうも城門を閉めます」

「まあ、そうだな」

「中の兵士は衛兵ぐらいしか残っておらず、数は2千ほど。武器は槍しか持っていないそうです」

「うむ。それなら街を破壊せずとも制圧できるな」


 そう言ってクリス国王が上機嫌に頷いた。

 街を征服する場合、敵の将軍は抵抗して街の住人を盾にする。そのせいで、街は破壊され住人にも被害が及ぶのが通常だった。

 だが、今回は既に敵の将軍が捕まっており、軍隊は外出中。街の衛兵では戦力にならず、おそらく無血開城でカッサンドルフが手に入る。

 カッサンドルフは暫くの間、国の直営地にする予定だった。

 その後の治安を考えると、クリス国王からしてみれば、今回の征服は最上級と言えた。


「後は奪還に来るローランドに勝利するのみだな」

「それが一番の難関です」


 今は西に向いているローランド軍が、どれほどの数を割いてカッサンドルフを奪還しに来るのか?

 それはまだ誰にも分からず、その前にどれだけカッサンドルフの支配と防衛が出来るかが勝利の鍵を握っていた。

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