第364話 ハルビニア動く

 レインズがピースブリッジ砦を落とした、その日の夜。

 ハルビニア国の王城の執務室では、クリス国王が両肘に顎を乗せたまま目を瞑っていた。


 戦争反対派を押さえて開戦まではこぎつけた。

 だが、依然戦争反対派は意志を変えず、戦争するのなら勝手にしろと、領地から兵を出さないと宣言していた。

 今、ハルビニア国が出せる戦力は、国軍の1万2千人。それと戦争賛成派から4千人。中立派からの2千人。合計1万8千人。

 ピースブリッジを渡れたとしても、カッサンドルフを落とすには全然兵が足りない。

 条約を破棄してまで戦争を始めてもし負けたら、自分は歴史に残る恥さらしになるだろう。


「父上からは賭け事はするなと言われていたのだがな……」


 クリス国王が目を瞑ったまま呟いたその時、扉が激しくノックされて、外から従者の声が聞こえてきた。


「陛下、火急の報告です‼」

「入れ‼」


 その声にクリス国王はカッ! と目を開けて直ぐに入室を許可する。

 勢いよく扉が開き、一人の伝令兵が入ってくる。

 伝令兵はクリス国王に敬礼をすると、許可が下りる前に報告を口にした。


「ローランド側のピースブリッジ砦の国旗が、我が国に変わりました‼」

「レインズ、良くやった‼」


 それを聞くなり、クリス国王が立ち上がって大声で叫んだ。

 カッサンドルフと支城の全てを支配下に置いた場合のみ、ハルビニア国の国旗を掲げる。これは事前に打ち合わせしていた合図だった。


「軍務大臣と宰相を今すぐ呼べ‼」


 伝令兵と一緒に部屋に入っていた側近は、興奮状態のクリス国王に驚いていたが、彼の命令を聞くと直ぐに軍務大臣と宰相を呼びに行った。


「陛下、お待たせしました」

「呼んだという事はもしや?」


 宰相の問いにクリス国王が大きく頷く。


「レインズがやってくれたぞ! 詳細はまだ分からんが、カッサンドルフは落ちている‼」

「なんと!」

「本当にやってしまうとは……」


 クリス国王の話に、ペニート宰相とセシリオ軍務大臣が目を見張る。


「この機を逃したら、もう二度とない。セシリオ卿、明日の昼までに動員できる全ての兵士を出陣させろ」

「ハッ!」


 クリス国王の命令にセシリオ軍務大臣が頭を下げる。

 すでに国軍は野外演習の名目で戦いの準備をしており、それが本番に替わるだけなので、明日出陣するのは可能だった。


「宰相は明日の昼に、ローランドと戦争をすると布告しろ」

「畏まりましたが……陛下はどうなさるおつもりで?」

「決まっている。私も軍と共にカッサンドルフに向かうぞ!」


 クリス国王の子供はまだ幼く、もし彼が死んだら後継者問題で国内が荒れる危険がある。

 だが、相手は強国ローランド。国王自ら出陣して、少しでも士気を上げる必要があった。

 宰相は少し困った様子で顔をしかめたが、仕方がないと渋々頷いた。




 クリス国王の下に、カッサンドルフ征服の知らせが入ってから数時間後。

 バシュー公爵の下にも、明日国軍が出陣するという報告が入ってきた。


「馬鹿な! もう戦うつもりか⁉」


 クリス国王の裏工作により、ハルビニアの参戦が決まった。

 だが、バシュー公爵を筆頭とする戦争反対派の貴族は、戦争を拒否。

 国税の半分を収めている戦争反対派の意見に、クリス国王は強気に言えず、戦うなら国軍と有志の貴族のみとなった。

 相手は大軍を持つローランド国。いくら西に軍を向けているとはいえ、各領地に多くの軍を配備している。

 バシュー公爵は戦力が足りなければクリス国王も出陣しないと考え、その間に中立派と前国王を懐柔して、戦争をやめさせようと計画していた。


「一体何を考えている……」


 バシュー公爵が顔をしかめて呟く。

 明らかに戦力差がある。参戦前に陛下とガーバレスト子爵がこそこそと動いていたから、攻めるとしたら北のデッドフォレスト領からだろう。

 だが、相手も馬鹿じゃない。北に軍を動かせば、それに気付いて大軍で迎えるはず。

 準備期間が短い事から、陛下は短期決戦を狙っているだろうが、おそらく長期戦になる。

 もし、そうなったら兵力の少ないハルビニア国が確実に負けるだろう。


 バシュー公爵は、戦争に負けてハルビニアの北の領地が奪われようが構わなかった。

 だが、自分が生きている間、ローランド国にハルビニア国が支配されて、地位と領地を失う事だけは断じて避けたかった。


「あの……まだ話が……」


 バシュー公爵が考え込んでいると、情報を知らせた密偵が話し掛けてきた。


「……ん? まだ、居たのか。それでまだ何かあるのか?」

「はい……話によると、国軍はカッサンドルフに進軍するそうです」


 密偵の話にバシュー公爵が口を半開きにして、数秒程意識が飛んだ。


「…………は?」

「進軍先はカッサンドルフで、そのカッサンドルフは既に落ちていると……」

「……お前は何を言っている?」

「まだ詳しい情報は入っていません。ですが! 聞いた話ではカッサンドルフは奈落の魔女が落とし、ピースブリッジ砦はガーバレスト卿が制圧したらしいです‼」


 密偵は嘘ではないと声を荒らげるが、バシュー公爵は密偵を見つめたまま、再び思考を停止させた。


 奈落の魔女がたった1人で難攻不落の要塞を落とした?

 北のデッドフォレストが、どうやってピースブリッジ砦を制圧した?

 

 経済に詳しくても戦争について詳しくないバシュー公爵の頭脳では、到底理解できる話ではなかった。

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