第359話 この泥棒猫!

 ルディとナオミが、ハルがレガスピ将軍の筆跡で書いた命令書をチェックして、問題が無いことを確認すると、お互いの顔を見て頷き合った。


「書類は問題ねーです。後は博打が上手くいくかですね」

「うむ。そう言えば、スタンたちの方はどうなってる?」

『何度か戦闘はありましたが、現在は金庫室の扉の開錠に成功して、中の物を運んでいる最中です』


 ナオミのスマートフォンからハルの声がして、彼女の質問に答えた。


「どうやらあっちも順調みたいです」

「ふふふ。まさかアイツらも泥棒のマネごとをするとは思ってもいなかっただろうな」

「税金は無駄に使うのも盗むのもダメーだから、すぐに返すです」

「はいはい。起きて騒がれても邪魔だから、ボリバルの家族を探そう」

「了解です」


 ルディとナオミは他の部屋を探索し、寝ているレガスピ将軍の妻のアマンダを見つけると、彼女をナオミの魔法で眠らせた。




 翌朝。

 まだ太陽が昇らぬ内から、中央広場と城内で騒ぎが起きた。


「将軍、大変です!」

「なんだ騒がしい……」


 レガスピ将軍がアマンダに手伝ってもらいながら着替えていると、彼の副官がノックもせずに部屋の中に入ってきた。


「何を落ち着いていらっしゃる! 城と広場の兵士が全員眠っていて、城の金庫の中の金貨が根こそぎ盗まれています!」

「何だとぉーー⁉」


 副官の報告にレガスピ将軍が大声を出した。


「とりあえず金庫室に来てください!」

「分かった。アマンダ、行ってくるぞ」

「はい。お気を付けくださいです」


 慌てて上着を羽織り部屋を出て行くレガスピ将軍に、アマンダが頭を下げる。

 レガスピ将軍とアマンダは、副官に見つからない様に目を合わせると、ほくそ笑んだ。




 レガスピ将軍は金庫室に向かう最中に副官から状況を聞いた。

 彼の話によると、日の出と共に登城した使用人が、招き猫の周りで眠っている兵士を発見した。

 起こそうとしても反応がなく、近くに居るはずの城の門兵を呼ぼうと行ってみれば、その門兵も眠っている。

 それで、何かの事件が起こっていると気付いた使用人が城へ向かうと、城の中の兵士や使用人が至る所で眠っていた。

 それで、後から登城してきた使用人と日勤の兵士全員で、眠っている者たちを起こしていると、金庫室が開いているのを発見した。

 丁度、金庫を管理している使用人も登城してきたので彼に確認させたところ、金庫の金が盗まれている事が分かった。


「なっ⁉ 本当に消えているだと‼」


 実際に金庫の金貨がごっそり消えている惨状に、レガスピ将軍が愕然とする。


「ようやく起きた兵士から話を聞くと、変なマスクを被った武装集団に襲われたとの事です」

「信じられん……」


 レガスピ将軍が頭を抱えて途方に暮れた。


「そうだ、招き猫だ! あれを入れたら事件が起きた! あの猫が怪しい、今すぐに調べろ‼」

「ハッ‼」

「ニャーーーーン!」


 副官が答えたその時、城の外から大きな猫の声が聞こえて来た。

 猫の声に全員が城の外に出る。すると、招き猫は巨体を少しだけ持ち上げて、隠していた履帯で自走していた。


「なっ! おい、今すぐアレを捕らえよ‼」


 広場から出ようとしている招き猫にレガスピ将軍が驚き、慌てて兵士に命令する。


「り、了解!」


 兵士たちが慌てて招き猫を捕えようとするが、招き猫は兵士を引き摺ったまま広場を出る。

 そして、招き猫はクラクション替わりなのか、時折「ニャーー!」と鳴いて、来た時とは逆の方向へ進んでいた。


 兵士たちは緊急事態と言う事で、街門の兵士に知らせて街門の鉄格子を落として扉を閉めた。


「ウニャーーーー!」


 招き猫は街門に到着すると、締まっている扉を見て気合の入れた声を出す。そして、速度を上げて城門に突撃した。


「アイツ、こっちに来るぞ!」

「逃げろ‼」

「馬鹿、やめろ!」


 招き猫の行動に兵士が騒ぎだす。

 招き猫が城門に衝突すると、その衝撃で城門が周りごと崩れ落ちた。


「ニャニャーーーーン♪」


 門を抜けた招き猫が勝利の雄叫びを上げて外へ出る。

 その後ろ姿を、多くの兵士と街の住人が唖然とした様子で見送っていた。




「一体どういう事だ‼」


 副官から報告を聞いたレガスピ将軍が頭を抱える。


「今、千人の兵を出して、あの猫を捕らえに向かっています」

「千人じゃ足りん! ……街の衛兵を残して、全員で捕らえろ!」

「しかし……」


 レガスピ将軍の命令に副官が困惑する。

 今、ハルビニアが不可侵条約を破棄しようとしているという情報が流れているのに、カッサンドルフの兵を開けるのは問題だと思った。


「それと、支城の将軍を今すぐここに全員呼ぶ!」

「将軍をですか? 何故ですか?」

「まだ分からんのか! あの泥棒猫を捕まえないと、全員の給金が支払えんのだぞ‼ 状況を説明しないでどうする!」


 それを聞いて副官もハッと気づく。

 カッサンドルフの金庫の金は、この街だけでなく支城の兵士の給金も含まれていた。もし、取り返さなければ兵の維持ができない。


「金が盗まれた事は、今すぐ緘口令を敷け。給料が出ないと知ったら兵士が暴動を起こすぞ」

「ハッ!」


 その後、レガスピ将軍は副官を一度退席させると、引き出しから命令書を出して、少し待ってから副官を呼んだ。


「これが書類だ。今すぐ支城の将軍に渡してくれ」

「分かりました」


 副官が部屋を出て行った後、レガスピ将軍が頭を抱える。


「ああ、なんてこった……」


 だが、腕で隠したその顔は笑いを堪えていた。

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