第358話 王子の恨み

「……⁉ ここは…何処だ?」


 レガスピ将軍が妻が死んだ事も忘れて周囲を見回す。

 月の光が輝く夜だった筈。なのに今は時間が巻き戻って、夕暮れ時に変わっていた。

 大地には大勢の死体が倒れ、カラスが死体を啄んでいた。

 空は厚い雲に包まれて、黒と赤が入り混じった不気味な空模様を描く。


 レガスピ将軍はこの光景に見覚えがあった。

 忘れていた……いや、罪悪感から封印していた記憶。

 自分が裏切った結果、フロートリア軍が全滅した直後の光景だった。


「何故、俺はここに……」


 理解を超えた異常な状況に、レガスピ将軍が息を飲む。

 その時、彼の足首を何者かが掴んだ。


「ヒィ!」


 悲鳴を上げて足元を見ると、死んでいる兵士が足首を掴んでいた。


「ぎゃあ!」


 レガスピ将軍は死体が動いた事に驚き、掴まれてた足を振り払って持っていた剣で死体の腕を切った。


「な、何なんだ一体……」


 動かなくなった死体を睨んで呟く。


「うぅぅぅ!」


 すると、周りから幾つもの呻き声が聞こえてきた。

 レガスピ将軍が周囲を見渡すと、幾つもの死体が呻き声を上げながら起き上がろうとしていた。


「ひぃぃぃぃ!」


 その様子にレガスピ将軍は悲鳴をあげると、無我夢中で逃げ出した。




 死体に追われてレガスピ将軍が宛もなく逃げ出す。

 彼の後ろを幾つもの死体が縋るように追いかけていた。


「た、助けてくれ‼」


 レガスピ将軍が逃げていると、前方に殺された筈のアマンダの姿が見えた。

 彼女は後ろ姿の男性に捕まって、必死にその男から逃げ出そうともがいていた。


「アマンダ‼」

「来てはいけません‼」


 レガスピ将軍にアマンダが叫び声を上げる。

 その声に、彼女を捕まえていた男がレガスピ将軍に気付いて振り向いた。


「な、貴方は⁉」


 その顔を見たレガスピ将軍は足を止め、恐怖に震えた。


「マ…マ…マイルズ王子」


 アマンダを捕まえていたのは、ナオミのフィアンセだったフロートリアの王太子、マイルズ・フロートリアだった。




「ボリバル久しぶりだな」

「…………」


 マイルズ王子に話し掛けられてもレガスピ将軍は何も答えられず、唾を飲んだ。


「こうしてお前ともう一度話せて嬉しいぞ」


 そう言ってマイルズ王子が微笑むが、すぐに怒りに表情を変えた。


「それで、何で私を裏切った?」


 マイルズ王子はそう言いながら、アマンダの首を絞め始める。


「そ、それは……」

「何故、私を裏切ったーー‼」


 マイルズ王子が叫び、アマンダの首を絞めている手に力を入れた。


「お前が裏切らなければ国は滅びなかった! 父も母も死ななかった!   そして、私は死ななかった‼」


 マイルズ王子がアマンダを投げ捨てて、自分の髪の毛を掴む。

 そして、頭を持ち上げて首から離した。


「見ろ! これが今の俺だ‼」


 頭を突き出して、頭だけのマイルズ王子が叫ぶ。


「ヒィ!」


 レガスピ将軍が腰を抜かして悲鳴を上げた。


「私を殺しておいて、何故恐れる! レイア姫よ、すまない。今でも愛している……お前と共に幸せになるのが私の夢だった……」


 空を見上げるマイルズの目から涙が流れた。

 その近くでは、マイルズ王子から解放されたアマンダが助けを求めて、レガスピ将軍が近寄ろうとしていた。


「貴方……」

「ア、アマンダ!」


 だが……。


「なんで裏切ったの~~」


 顔を上げたアマンダの顔からは生気が抜けて、死体へと急変して首を傾げた。


「ギャァァァァ!」


 死体と化したアマンダにレガスピ将軍が絶叫する。

 気が付けば大勢の死体に囲まれており、彼は絶望に包まれた。




「ししょー。コイツどーなってるですか?」


 ナオミに魔法を掛けられると同時に意識を失ったレガスピ将軍を、ルディがツンツン突いてナオミに質問する。

 レガスピ将軍はルディに頬を突かれても何も反応せず、ポカーンと口を開けたまま涎を垂らしていた。


「良い夢を見させてやってる。どんな夢かは私も知らん」

「良い夢ですか?」


 ナオミの返答にルディが首を傾げた。


「うむ。前にルディがナイキで、ゾンビについて教えてくれただろ」

「あー。確かにそんな話したですね」

「幻術系の魔法を精神に干渉させて、記憶にゾンビを絡ませてみた」


 イイ顔で答えるナオミに対して、ルディの顔が引き攣った。


「……それ、良い夢ちゃうて悪夢になるですよ」


 状況を説明すると、ナオミの魔法「ナイトメア」は成功していた。

 彼女が魔法を唱えてからは全てレガスピ将軍の見ていた夢だった。

 人間は心の負担を軽減しようと、嫌な事を忘れる自己防衛が働く。

 ナオミの魔法は封印していた記憶を思い出させて、それにゾンビを絡ませるという、まさに悪夢の様な精神干渉の魔法だった。


「それで、コイツはいつ目覚めるですか?」

「……さあ?」

「……さあ?」


 首を傾げるナオミを見て、ルディも首を傾げた。


「如何せん。理論は説明できるのだが、私も初めて使った魔法だから、いつ解けるのか分からん。ついでに解除の方法も考えてない」

「マジですか~~」


 それを聞いてルディの顔が引き攣った。


「コイツは苦しませて殺したかったから、私は別に構わないぞ」

「まあ、僕もコイツが生きようが死のうが別に構わねーです。と言う事で、とっとと仕事を終わらせるです」


 ルディはそう言うと寝室の窓を開けた。

 しばらくすると、招き猫の内部で待機していたドローンが空を飛び、部屋の中へ入って来た。


「では、ハル。コイツの筆跡をパクリやがれです」

『イエス、マスター』


 ハルがナオミにも伝えようと、彼女のスマートフォンから声を出す。

 そして、レガスピ将軍の書いた書類を解析してから、新たな命令書を何枚も書き始めた。

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