第348話 レインズルート

 ハルビニア国の参戦が決まった深夜。

 デッドフォレスト領のブートキャンプでは、多くのかがり火の中、300人の兵士と傭兵が立っていた。


「お前たち、今までよく耐えて来た‼」

「「「イエス、マム‼」」」


 壇上に立ったアスカが彼らに向かって話し掛けると、兵士と傭兵の全員が、気合の入った大声で彼女に応えた。


「目を閉じればここに来たばかりのお前たちの顔を思い出す。ウジ虫、ゴミ、豚、クソ、どいつもこいつも酷い面ばかりだった」

「「「イエス、マム‼」」」


 アスカがそう言って微笑み、兵士たちの顔を見る。

 ブートキャンプに入った当初、弱腰だった兵士の顔つきは、アスカに精神と肉体の両方を鍛え上げられ、一人前の兵士の顔つきへと変貌していた。


「だが、貴様らは肉体、精神共に成長して、今や立派な兵士となった。今のお前たちを私は誇りに思う」

「「「イエス、マム‼」」」

「喜べ! 今日、たった今をもって、お前たちはウジ虫を卒業だ‼」

「「「イエス、マム‼」」」

「全員、生きて帰って来い! これが私からお前たちに下す最後の命令だ‼」

「「「イ……イエス、マム‼」」」


 今までの地獄を思い出したのだろうか、兵士たちはアスカに応えながら涙を流していた。




 今回の出兵は機密行動が故に、関係者以外に知らせておらず、彼らを見送る人数は少ない。


「貴方、お気を付けて」

「留守の間、息子たちは任せたぞ」


 心配する妻をレインズは労わり、彼女を軽く抱きしめて頬にキスをした。


「アルセニオ。俺が居ない間の領地は任せたぞ」


 妻との挨拶を済ませた後、レインズがアルセニオに声を掛ける。


「はい。お任せください。私も無事の帰還をお祈りします」


 アルセニオは頷き返すと、レインズの無事を祈った。

 デッドフォレスト領に働きに来たアルセニオたちは、直前まで出兵を知らなかった。

 さらに、カッサンドルフを落とした後で、自分たちが行政官に就任する予定と聞かされて、二度驚いていた。


「皆、絶対に生きて帰って来いよ!」

「当たり前だろ。帰ったらまたお前たちを鍛えてやるよ。泣きべそデブ兄弟!」


 シプリアノとハシントが兵士たちに真剣な表情で声を掛けると、彼らはまるで冗談を聞いたかの様に笑みを返した。

 ブートキャンプで鍛えながら軍用マニュアルを作成していた、シプリアノとハシントは、まだ鍛え足りないと言う理由で残る事になった。

 2人は僅かな期間だったが、厳しくも親身にしてくれた兵士を、同じ釜の飯を食った同僚だと思っていた。


「全員、騎乗‼」


 時間となって、今回副隊長を務めるハクの号令に全員が馬に乗る。

 先頭は案内役のルディとナオミ。その後ろをレインズ、ルイジアナ、ハクが率いる200人の軍隊が続き、しんがりはホワイトヘッド傭兵団の順番だった。


 これから彼らは、デッドフォレスト領からカッサンドルフへ、270kmの距離をたった4日間で走破する。

 長距離を移動する為に、彼らは鎧など重たい装備はしていない。傍から見ればこれから戦場へ向かうなど思わないだろう。

 だが、ルディはこの日の為に、カッサンドルフまで人目に付かないルートを探し出し、休憩ポイントを考えて事前に食料と武器を隠していた。


「出陣!」


 ハクの号令に、全軍が馬を常歩で進ませる。

 少ない人数が街道に並ぶ松明を見送るだけの真夜中の出陣。

 これが後世の歴史書で史上最大の作戦と言われた、レインズルートの始まりだった。




『現在、進軍先に敵の偵察は存在しません』

『了解。引き続き警戒を頼む』

『イエス、マスター』


 先頭を進むルディは、上空から監視しているハルの定期連絡を聞いていた。今はまだデッドフォレスト領内だが、今日の朝にはローランド国内に入る予定だった。

 このままローランド国とデッドフォレスト領を繋ぐ街道を真っすぐ進むと、半年前にルディが落とした隕石の跡があった。

 隕石が落ちた当初は、多くのローランド兵がデッドフォレスト領を警戒していたが、今は少しだけ落ち着き、兵の数は減っていた。

 だが、少数であっても見られるわけにはいかない。


 そこでルディは街道を逸れて、何もない場所をルートとして選択した。


「こんな道を進むのか?」


 街道を外れて進み始めたルディにレインズが質問する。

 彼も事前に何処を通るか知っていたが、実際に行くのとは訳が違う。

 道なき道に思わず顔をしかめた。


「この先は道も村も何もねーです。それに今は草ぼーぼーですが……」


 ルディがそう言っている内に、進行方向に生えている草が全て刈られて、誰も知らない道が生まれていた。


「道が…出来ている……だと?」


 驚くレインズにルディが微笑む。


「街道の側はバレるから何もしてねーですけど、見つからねーように道を作っておいたです」

「うむ。冬だから出来た作戦だな」


 ルディの話の後にナオミが頷く。

 彼女の言う通り、もし季節が冬以外なら直ぐに草が成長するため、刈っても道は出来ていなかった。


「なるほど……」


 思わずレインズが唸る。

 どうやって? 何時の間に? その事は分からない。

 だが、今回の作戦の肝は進軍速度が最優先だと言う、ルディの用意周到な準備にレインズは感心していた。


 こうしてルディ率いるデッドフォレスト軍は、誰にも見つかる事なく、ローランド国へ侵入した。

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