第327話 酒をめぐる攻防

 日本酒を飲んで上機嫌なナオミの様子に、クリス国王もテーブルに置かれた盃を手に取った。

 日本酒は赤ワインと異なり無色透明。盃の中を覗くと底が見えた。


 最近はワインばかりだが、クリス国王は色々な酒を飲んできた。若い頃はこっそり城から抜け出して、場末の酒場で多種多様な酒を飲んでもいた。

 そんなクリス国王でも、日本酒は飲んだ事がないし、名前も初めて聞いた。

 だが、盃を近づけて香りを嗅げば、無色透明なのに甘い香りが鼻孔をくすぐる。もうそれだけで、これは銘酒だと確信した。


「では、私も頂くとしよう」


 早く飲みたかったクリス国王が盃を軽く掲げてから、日本酒を口に含んだ。

 すると、ナオミが言っていた通り、甘くて芳醇な味わいが口の中に広がる。だが、甘ったるさは感じない。

 口の中で味わった後に飲み込めば、キリッとしたのど越し。

 胃に入った途端、酒が回って体がカッと熱くなった。


「……うーむ」


 一口飲んだクリス国王が思わず唸る。

 これは美味い! 飲んだ今も信じられないぐらいだ。

 味は全く違うが、もしかしたら……いや、間違いなく最高級のワインにも引けを劣らない。

 これを本当にレインズは作るつもりなのか⁉

 下手をしたらワイン産地の南部地域と、酒をめぐって戦争が起こるぞ!




 クリス国王が宰相の意見を聞こうと振り向く。しかし、彼だけでなく、全員が盃に残った日本酒をジッと見つめていた。


「宰相。睨んでいても酒は飲めんぞ」


 クリス国王の冗談にペニート宰相が正気に戻ると、慌ててルディに質問してきた。


「これを手に入れるのは、まだ出来ないのか?」

「まだ米も作ってねーです。米を収穫して冬の間に作って、最低でも1年間熟成させてだから……早くて再来年の春ですか?」

「そんなに待たないと駄目なのか……」


 ペニート宰相がガックリと肩を落とす。

 もうそれだけで、この人は日本酒の虜になったと、全員が確信した。


「私も今まで高級なワインを飲んできましたが、これは勝るとも劣らぬ味ですな。ワインか日本酒かで争いが起こりますぞ」


 セシリオ軍務大臣の話に、ペニート宰相も頷く。

 彼は既に日本酒が市場に出た時に起こる騒動を、ある程度予想していた。


「うむ。この酒を手に入れようと、多くの貴族が殺到するだろう」


 2人の様子に、ルディが微笑んで口を開いた。


「うひひです。太鼓判押されたからには、僕、頑張って作るです」

「うむ。期待しているぞ」

「出来たら私も一番に買いに行こう」


 ペニート宰相とセシリオ軍務大臣はルディを応援すると、盃に残っていた日本酒を味わうように飲んで、幸せそうな笑みを浮かべた。




「デッドフォレスト領は、南部と戦争をするつもりかな?」


 一口飲んだだけでずっと黙っていたバジュー公爵が口を開き、全員が注目する。

 ワインの産地は温暖な南部地域であり、バジュー公爵の領地は最高級ワインの産地として、銘柄になるぐらい有名だった。

 それ故、それに対抗できる日本酒は、彼にとって邪魔だった。


「戦争ですか? 僕、戦争なんて嫌いですよ」


 これは、戦争反対派のバジュー公爵に対する、皮肉が含まれている。


「なら、言い方を変えよう。これを売ればワインの売り上げが落ちる。その責任をどうするつもりだ?」

「責任? 何故、僕が? この酒よりもっと美味いワインを作りやがれです。それとも負けを認めたですか?」


 ルディが言葉遣いを忘れて、バジュー公爵に向かって喧嘩を売る。

 挑発行為にバジュー公爵が睨み返して圧を掛けた。


「負けたとは思っておらん。私の所で作るワインは、これと比べても引けは劣らんわ!」

「なら問題ねーです。責任とか可笑しな事言い始めたから、頭がお……」

「ルディ、それ以上は言い過ぎだ」


 最後まで言わせず、ルディの額をナオミがピシャっと叩いた。


「おっと、失礼しやがったです」


 ナオミから注意されて、ルディが全員に頭を下げた。

 だが、バジュー公爵はルディを許さなかった。


「お主、私を馬鹿にした事を後悔するぞ」

「別に馬鹿にはしてねーです。ただ、軍馬の話が出たから、この酒を狙う盗賊の類から守ってもらうために、騎士を増やす予定だと説明したのです」


 ルディの説明に、これだけ美味い酒なら盗んで売れば大金になるだろうと、全員が納得した。


「なるほど。軍馬の話は納得した。まあ、頑張ってこの酒を作るんだな」


 バジュー公爵は口では応援したけど、彼の頭の中では日本酒が市場に出る前に、なんとか阻止しようと考えていた。


「がんばります。あっ、そうそう。先に言うですが、米を作る場所はししょーがレインズさんから貰った土地です。たかが盗賊、100人、1000人が襲ったところで、ししょーの魔法で皆殺しです。だから、安心です!」


 これは、バジュー公爵が日本酒を造らせないために襲撃しようと考えていることを見据えた、ルディからの先制だった。


「うむ。私の酒を盗もうとする奴は、目と耳を潰して生きたまま獣の餌にしてくれよう」


 ルディの話にナオミも同意する。なお、冗談ではなく、結構本気。


「……陛下。私の用事は済んだので、これで失礼します」


 バジュー公爵は、もう一度射殺さんばかりにルディを睨むと、陛下に頭を下げて部屋を出てった。




 バジュー公爵が出て行った後、テーブルの上に置かれた彼の盃を見て、ルディがナオミに話し掛けた。


「ししょー。バジュー公爵が飲まなかった酒が残ってるですけど、飲むですか」

「さすがに、要らんわ」


 ナオミがルディの肩にツッコミの手を入れる。

 その様子が面白かったのか、クリス国王たちが笑った。

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