第316話 ドライトマト

 1年以上洗っていなかったイケルとトニアの体は、垢と汚れがこびり付き、頭にはシラミが湧いていた。

 ソラリスは何度も2人の体と髪を何度も洗うが汚れが落ちず、桶の水が汚れる度に井戸から水を運んだ。そして、ルディを呼んで彼の魔法でお湯に変えた。


 ソラリスの努力で、イケルとトニアは綺麗になり、本来の白い肌と美しい金髪に変わっていた。

 ただし、頭のシラミは1回の洗髪ではなくならない。後2週間は毎日髪の毛を洗って駆除する必要があった。


 白鷺亭の宿泊部屋には暖房がなかった。

 理由は部屋に火種を持ち込んで、火事になるのを防ぐためなので仕方がない。だが、冬のこの時期に裸のままでは風邪を引く。

 ソラリスは2人を洗い終わった後、イケルとトニアの体をシーツで包み、食堂にある暖炉の前に座らせた。


「ルディ。新しい服を着させるべきだと進言します」


 せっかく体を綺麗にしたのに、汚い服を着たらまた汚れる。

 ソラリスはカウンター席に座っていたルディに話し掛けると、彼は困った顔を浮かべて首を傾げた。


「そう言っても、子供の服なんて持ってないですよ」

「だったら、私の着替えを仕立て直せばいいだろう」


 ルディの返答を聞いて、ナオミが自分の着替えを提供する。

 彼女の服は、まだソラリスがガチガチの石頭だった頃、同じ服を何着も作って余っていた。だから、1着ぐらい無くなっても問題ない。いや、むしろ減らしてくれ。


「それなら、イケルのズボンは僕のを使えです」


 女性の服を仕立て直したら、イケルはスカートを履くことになる。

 それはそれで面白いが、思春期に入ったばかりの子供にスカートを履かせるのは、トラウマを植え付ける。

 と言う事で、ルディも着替えのズボンを提供する事にした。


「分かりました。では、直ぐに仕立て直してきます」


 ソラリスはルディとナオミに頷くと、2階へ上がって行った。


「ソラリスは面倒見が良いんだな」

「それをアイツに言ったら、「仕様でございます」と言い返されるです」

「確かに言いそうだ」


 ソラリスの面倒見の良さは「なんでもお任せ春子さん」の仕様。

 ルディがそう言うと、ナオミが笑った。




「店長。暖かくて、胃に優しい飯ねーですか?」


 ルディはイケルとトニアがお腹を空かせているだろうと、店長に何か食べ物があるか尋ねた。


「ああ、良い物があるぜ。ついでにアンタも食べてみろよ」

「さっき言ってた力作ですか?」

「そうだ。少し待ってな」


 自信ありげな店長が厨房へ消え、4人分の料理を持って戻ってきた。


「トマトの匂いがするですね」


 冷蔵庫のない世界。冬の時期にトマト料理とは珍しい。

 料理から漂う匂いを嗅いでルディが微笑んだ。

 

「前にアンタが作ったコンソメと昆布を合わせた出汁に、乾燥トマトをすり潰して味付けしたのさ。2人にはすいとんを入れたやつを、子供の方は麦粥にしたぞ」


 店長はルディがこの宿で作った料理をアレンジして、トマトを使った創作料理を作った。


「乾燥トマトですか? なるほど、上手く考えたですね」


 ルディがトマトを使った料理を作るときは、水煮トマトの缶詰を使っていた。

 トマトをドライフルーツの様に乾燥させる。その保存方法に感心した。




「イケル、トニア。お前たち、これを食らえです」

「ありがとうございます」

「ルディおにいちゃん。ありがとう」


 ルディは暖炉の前で温まっている2人に料理を渡すと、2人はお礼を言ってから料理を食べた。


「おにいちゃん、おいしいね」

「……うん。おいしいな」


 美味しい料理に喜ぶトニアとは逆に、イケルは片腕で器用に料理を食べながら、ルディたちの優しさに涙を流していた。


「では、僕も食べてみるです」


 カウンターに戻ったルディとナオミが、店長の料理を食べる。

 コンソメと昆布の出汁から作ったトマトベースのスープは、味わい深く。すいとんと絡み合う。

 他にも玉ねぎとじゃがいも鶏肉が入っており、それらも柔らかくて実に美味しかった。


「どうだ?」

「良いですね。僕が知る限り王都で食べた中では、一番おいしいです」


 そう言うが、ルディは王都で他人の飯を一度も食べてない。

 ただのお世辞だけど、ルディから合格点を貰った店長は嬉しそうだった。


「私は前に食べた辛い方が好きだけどな」

「ししょーって実は味覚馬鹿ですか?」

「失礼な」


 ルディの言い返しに、ナオミがむくれ面になった。

 その後、ルディは店長にローリエ加える事を提案すると、店長もその意見に賛成して、明日から試してみると答えた。




 ルディと店長が楽しそうに料理について会話をしていると、白鷺亭に新しい客が入ってきた。

 ナオミが視線を向けて、入ってきた客を確認する。

 1人は壮年で商人の身なりをしており、残りの3人はまだ商人よりも若く武装していた。おそらく、格好から商人と護衛の傭兵だろう。

 ナオミはそう見当付けると視線を戻した。


 入ってきた4人は、外の寒さに震えながら店に入ると、体を温めようと暖炉の前に向かった。

 そして、暖炉の前に居るイケルとトニアに気付いて、商人は馬鹿にした様子で2人を見下ろして口を開いた。


「ここは何時から孤児院になったんだ? 邪魔だ、どけ!」


 別にイケルとトニアは先に居るのだから、退く必要なんてない。

 だが、弱い立場の2人は商人の命令に従って、慌てて暖炉から離れようとする。

 その時、片腕のイケルが料理の入ったお椀を僅かに零して、それが傭兵の1人に1滴だけズボンに掛った。


「おい、待てクソガキ‼ テメエの料理が俺に掛ったぞ」

「すいません」

「すませんじゃねえよ!」


 スープの掛かった傭兵が殴ろうとして、イケルが身を構える。

 だが、その前に別の傭兵がイケルとトニアの格好に気付いて、殴ろうとした傭兵をとめた。


「おいおい待てよ。このガキ、2人とも裸だぜ」


 2人の格好に気付いた傭兵が、シーツ1枚の2人を見て笑う。


「もしかして、この店のサービスか? よく見たら、小僧も娘もなかなかの器量良しじゃねえか」

「マスター酒だ。後、今晩はこいつ等を借りるぜ」


 それを聞いていたイケルが、震えるトニアを庇って抱きしめた。


「はははっ。何ビビってんだ? 安心しろよ、壊さない程度に……グガッ⁉ …………‼」


 傭兵の1人がヘラヘラ笑いながら、イケルたちに近づこうとする。

 だが、話している途中で突然苦しみだして、首を押さえた。

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