第247話 ルディのギター

 アブリルの所属しているレス・マルヤーの楽団は、ローランド国北側で営業しながら旅を続けていた。

 そして、そろそろ寒くなってきたから、このまま時計回りに街道を南下して、ハルビニア国へ入国する予定だった。


 ある夜、突然東の夜空に太陽が現れて、楽団の一行は何事かと驚いた。

 その後、近くの地方都市に入ると、この場所からすぐ近くのデッドフォレスト領の噂を耳にする。

 噂では、デッドフォレスト領で革命が勃発して、領主が交代したらしい。そして、あの時の太陽は、奈落の魔女がデッドフォレスト領にちょっかいを出そうとした、ローランドの軍を壊滅した時の魔法だと耳にした。


 奈落の魔女の噂はアブリルも知っていた。

 ローランド国と敵対する最強の魔女。

 たった1人で3000人の兵士を壊滅させる。多くの魔物を自在に操って敵対する村を襲撃する。敵を殺すためなら味方を見殺しにする。他にも色々あるが、どの噂も残虐なものばかりで、彼女は信ぴょう性に欠けていると思った。


 アブリルは元々ハルビニア国には行く予定だったし、革命がどんな物なのか興味がある。奈落の魔女は怖いけど、敵対しなければ問題ないだろう。

 嫌がる団長をアブリルが説得した結果、楽団は北のデッドフォレスト領からハルビニア国へ入国した。




 レス・マルヤーの楽団は、デッドフォレスト領に向かう途中、大きなクレーターの側を通り掛かった。

 中心地点から半径500mのあらゆる物が消え去り、残されたのは大きく広がる荒野だけ。

 本当にたった1人の人間が、これだけの災害を発生できるのか?

 だが、アブリルの目の前には、草木1つない荒涼した穴が広がっている。その事実に彼女は背筋が凍った。


 レス・マルヤーの楽団が、デッドフォレスト領の領都に入る。

 革命直後だからなのか領都の雰囲気は、アブリルが見て来たどの都市に比べて活気に満ち溢れていた。

 アブリルが領民に話を聞くと、領主が変わって今年の税金が免除になったらしい。さらに新しい領主は前領主が貯め込んだ資金を全て、領地の発展に使うと言う。

 それなら領民が幸せそうなのも理解できる。替わった領主はやり手だなと思った。

 ちなみに、そのやり手のレインズは、改革直後の忙しさで目を回していた。




 領都での営業は大成功だった。

 なにせ雰囲気が違う。毎日が祭りの様に賑やかで、領民たちは今まで圧制されていた分だけ、娯楽に飢えていた。

 そこに舞い込んで来たレス・マルヤー楽団は、一躍人気者になった。


 アブリルは、領民たちから革命の時の話を色々と聞いた。

 たった一人で前領主の汚職の証拠を手に入れ、革命時には捕らわれの政治犯を助けた、怪盗ルディ。

 突然空から舞い降りて、領民の味方となって戦った、革命の魔女。

 アブリルは革命の魔女の正体が奈落の魔女と知って、彼女の性格は二重人格なのかと疑った。


 だけど、この話はネタになる。

 悪政に苦しむ領民の為に立ち上がる英雄。それを助けた、少年の盗賊と、恐しい魔女。

 英雄は悪い領主を倒して善政を敷き、魔女は革命後に良い魔女となり、盗賊は人知れず消え去る。もう、最高じゃん!

 アブリルが団員の詩人に話を作ったらと言うと、その詩人もノリノリな様子で話を膨らませ、ストーリーを作り始めた。




 季節は秋になり、レス・マルヤーの楽団は、王都ディスカバリーに向かう途中で1つの村に立ち寄った。

 その村は新領主が拠点にしていた村で、丁度村祭りの最中だった。


 そこでアブリルは、下手くそな音楽に出会った。

 音程はズレてるし、声もガラガラで酷い。だけど、その男が奏でる楽器の音色だけは素晴らしかった。

 この惑星にも弦楽器は存在している。そもそも人類最初の弦楽器は、弓の弦を鳴らしたのが発端で歴史は古い。

 だが、この惑星には、まだギターの様に遠くまで音を響かせる楽器が存在していなかった。


 アブリルたちも飛び込みで祭りに参加して盛り上げた後、彼女は楽器を鳴らしていた男、ウィートに話し掛けた。


「ねえ、アンタ。その楽器は何だい?」

「んあ!」


 独身、ついでに結婚相手募集中のウィートが、美女のアブリルに慌てふためく。


「落ち着きなって、別に取って食いはしないよ」

「食ってくれよ!」


 いきなりフラれてウィートが叫ぶが、ちょっと何を言っているのか分からない。


「変なヤツだね。それより、その楽器が何か教えてよ」

「これか?」


 ウィートは持っていたギターを持ち上げた。


「これはルディが持っていたギターという楽器らしい」

「ルディ? ルディってもしかして怪盗ルディ?」

「……まあな」


 ウィートが何か嫌な事を思い出したのか、顔を歪ませた。

 あの時刺さった矢傷が心なしか痛い。


「ちょっと、弾かせてもらっても良い?」

「良いぜ」


 ウィートから了解を得て、アブリルがギターを受け取る。

 弦を引きながら、おそらくこれだろうとチューニングペグを弄って音源を調整した。


 アブリルが1弦1弦確認しながらギターを奏でる。

 弦からやさしい音色が響き、音の伸びも良い。


「さすが本業だな」


 しばらくアブリルがギターを弾いていると、感心した様子でウィートが褒めていた。




「ねえ、この楽器を譲ってくれないか?」


 この音色は自分のダンスに合っている気がする。

 そう思ったアブリルがウィートにウィンクをして頼んだ。


「やだよ」

「そこを何とか、ね!」

「いやだから……ファ!」


 ウィートが喋っている途中で、アブリルが彼の頬にキスをした。

 それで、女に飢えていたウィートが落ちた。


「……仕方ねえなぁ。ただし、条件があるぜ。銀髪で青と緑の目をした、クッソ生意気な変な言葉を喋る女みたいな顔をしたガキ。そいつに会ったら、俺の代わりにギターを返してくれ」


 ウィートがまるで自分の物の様に言うけど、このギターはルディの物だし、貸してもいない。ただ彼が勝手に借りパクしているだけ。


「変な子供だね」

「そいつがルディだ」

「へぇ……分かったよ。それまで大事に扱わせてもらうね」


 こうしてアブリルは、ルディの持っていたギターをウィートから譲り受けた。

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