第245話 王都のお風呂事情

 屋形船はちょっと豪華なクルーザーぐらいの大きさ。もちろん木造船。

 1階は浴場になっており、船底で火を焚いているらしい。2階には更衣室と、サービス用のマッサージベッドが置いてあった。


 屋形船に入ると、ルディの代金をどっちが払うかで、カールとレインズが揉めたが、じゃんけんに勝ったレインズが代金を支払った。


「……別に、僕、自分の分ぐらい払えるですよ?」


 昨日ソラリスが輸送機から持ち込んだ荷物の中に、ハルが偽造した金貨と銀貨が入っていたから、金には困っていない。


「もちろん分かっている。だけど、返せる時に恩を返さないと何時まで経っても返せないから、狙えるチャンスは狙いたいんだ」

「そーですか。よく分からねーけど、ゴチです」


 ルディは律儀だなと思いつつ、頭を下げて礼を言った。




 ルディたちは武器と貴重品を船長に預けると、更衣室で服を脱いで裸になった。


「兄者! 筋肉ムキムキ、すげーです」


 ドミニクに筋肉をルディが褒める。

 彼の体つきは父親のカールに似てがっちりとした筋肉質だった。逆にションとドミニクは、母親ににて華奢な体つきをしている。


「はははっ。力比べだけだったら親父を抜いたぞ」

「力だけな」


 ドミニクの自慢をカールがジト目になって言い返す。どうやら親父の威厳を傷つけたらしい。


「そう言えば、久しぶりに会ったのに、まだルディ君の剣を見ていなかったな」

「そーですね。忙しくて僕も忘れてました」


 カールの話にルディが頷く。


「明日、剣の腕を見てみよう」

「今日帰ったらじゃ駄目ですか?」


 ルディが首を傾げると、カールが肩を竦めた。


「せっかく汗を流しに来たのに、帰ったらまた汗を掻くつもりか?」

「それもそーですね。明日ヨロです」


 カールとルディは約束をすると、皆と一緒に階段を下りて浴場に入った。




 風呂の入り方は日本式で、最初に汚れを落としてから湯舟に入る仕様だった。

 おそらく、墜落した宇宙船の乗務員の中に、日系人が含まれていたのだろう。彼らによって、風呂の文化が引き継がれていたんだと推測した。


 そもそも、ローマ時代で風呂の文化が発展したのに、中世に入って廃れたのには幾つか理由がある。

 その1つが、ペストの流行。当時はペストの感染源が齧歯類だと分からず、風呂で感染すると思われていた。

 もう1つが、キリスト教の普及。キリスト教の十戒の1つに「姦淫してはならない」がある。当時の浴場は混浴が普通で、性風俗の場所の1つでもあった。それ故、キリスト教の教えと相反しており、廃れる原因の1つだった。

 最後の1つは気候の問題。ヨーロッパは日本と比べて湿気が少ないので、汗を掻いてもすぐに乾燥する。だから、毎日風呂に入らなくても臭くならず、不快感がなかった。


 この惑星では、ペストは流行しておらず、キリスト教に似たルーン教は存在するが、厳しい戒律はそれほどない。

 それ故、この星の風呂文化は独自の進化を遂げていた。




 ルディも日本式の入力方法は好んでおり、湯船とは別に用意したお湯で体と髪を洗ってから、湯船に浸かった。


「あーー良いお湯です。はぁ〜ビバノンノン」


 3日ぶりに湯船に浸かって、ルディがリラックスする。

 ついでに左目のインプラントで湯船の水を分析すると、少しだけ大腸菌が含まれていた。飲み水としては無理だが、体を清めるぐらいなら問題ないだろう。


「ルディ、シャンプーを借りたぞ」


 長い髪を洗い終えたションが、湯舟に入って声を掛けてきた。


「ションの兄貴は髪が長げーから大変ですね。いっそ切っちまえです」

「髪を洗うたびにそう思うんだけど、ガキの頃ずっと坊主にされて嫌だったから、その反動かな?」

「トラウマというヤツですね」

「そう言う事。ルディも髪を伸ばしてみたらどうだ? 似合うぞ」


 言葉に含まれた意味を理解して、ルディがジロッと睨んだ。


「その似合うは、女みたいに似合うですから、絶対に嫌でーす」


 ルディの言い返しに、ションだけでなく全員が笑った。




 ルディたちが屋形船から出ても、まだ女性たちは風呂に入っていた。

 そこでルディが電子頭脳でソラリスに連絡を取ると、ニーナとルイジアナはソラリスが持ってきた化粧品で化粧をしており、初めての使用で時間が掛かっているらしい。


「たぶん、ニーナさんとルイちゃん、ソラリスの持ってきた化粧品初めて使うから、時間掛かるです。僕、のんびりあそこで休憩してるです」


 電子頭脳で連絡を取ったとは直接言わず、ルディは適当な事を言って人が賑わう酒場を指さした。


「だったら、俺は散髪にでも行ってくるか」

「うむ。儂も少し伸びてるから、お付き合いしますぞ」


 カールとハクは、風呂上りの客を狙った床屋に行くらしい。

 2人が連れ立って床屋へ向かった。




 ルディたちが入った酒場は、屋根の無いビアガーデンの様な雰囲気の店だった。店の中は風呂から上がったばかりの客で賑わっていた。


 ルディたちも空いている席に座って、風呂上りの1杯にエールを注文する。ちなみに、エールを頼んだのは、水よりも腐らないので料金が安かったため。

 注文してしばらく待っていると、恰幅の良いウエィトレスがエールを持ってきたので、全員で乾杯して飲む。

 エールはやっぱり酸っぱくてアルコールが薄かった。


「お待たせ! そろそろ時間だから始めるよ!」


 ルディたちがのんびり話をしながら待っていると、店の端にあるステージに一人の女性が現れて、客に向かって大きな声を張り上げた。

 そして、箱型のドラムカボン、タンバリン、ギターの音色が鳴りだして、女性は手拍子を叩くと激しく踊り始めた。


 ……ギター?

 どこかで見た事のあるギターに、ルディは首を傾げた。

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