第240話 悪運に命を賭ける

 ルディから究極の選択を迫られたナリスは、混沌の極みに陥っていた。

 目の前の少年が考える正解はどっちだ?

 親父がどっちの派閥かは分かっている。問題はその答えだ。

 だって、俺の親父、中立派だもん!

 たぶん、今の天秤は殺す方向に向いていると思う。もし、中立派と言ったら絶対に殺される。それなら、嘘でも正解を言った方が助かる可能性は高い。考えろ、考えろ!


 こいつ等は十人以上居たチンピラを、たった3人で倒せるだけの実力の持ち主だ。しかも、隠蔽の魔法で周りに気づかせない……はっ⁉ これだけの実力、もしかしたらローランドの密偵か?

 今のローランドは領土は西に向いている。東のハルビニアとは争いたくないはず。それなら、戦争反対派が正解だ。

 だけど待て……もし、密偵だとしたら、こんな人目に付きやすい美形を揃えるか?

 2人の女性も美人だが、それよりも目の前で脅迫している少年の美しさは異常だ。銀糸の様なさらりとした髪、天使のような顔つき、そして何よりも、サファイアとエメラルドの色をしたオッドアイ。

 少年好きのマダムが見たら、絶対に手に入れたいと思うだろう……と言う事は、こいつ等は色仕掛け専門の密偵か⁉ 十分あり得る!


「……お前、今、変な事を考えていたですか?」


 考えを見抜いたのか少年がジト目で睨んできたから、慌てて頭をブンブン左右に振って否定した。


「そろそろ、質問に答えろです」


 少年に催促されたが、もう答えは決まっている。

 こいつらは絶対にローランドの密偵だ。だとしたら、正解は戦争反対派に間違いない!




「……戦争賛成派です」


 ナリスが自分の考えと違った答えを言った。

 何故なら今日の彼は運がない。それを彼は自覚していた。だったら運の無さを利用して、自分の考えと反対の事を言えば、生き残れると信じた。


「ファイナルアンサーですか?」

「ファ…ファイナルアンサー」


 ルディの確認に動揺するが、ナリスは自分の考えよりも、運の悪さを信じた。


「…………」

「…………」


 ルディが顔を近づけてじーっとナリスを見つめる。無言が怖い。


「……………………」

「……………………」


 ナリスが体を震わせて、奥歯をガタガタ音を鳴らす。ゴクリと息を飲んで目をぎゅっと瞑った。


「……………………正解です!」


 そうルディが言った途端、ナリスの全身から力が抜けてだらんと肩を落とした。


「……助かったーー!」


 ナリスが涙と鼻水を垂れ流す。イケメンだった彼の顔はチンピラに殴られた跡もあり、酷いツラに変わっていた。


「で、実際はどっち派ですか?」

「中立派です……はっ⁉」


 力が抜けて気も緩んだナリスがルディのトラップに引っ掛かり、馬鹿正直に本当の事を言ってしまった。


「中立派ですか……まあ、正解したし見逃してやろうです」

「あ、ありがとうございます」


 今度こそ本当に助かったらしい。ルディの殺気立った雰囲気が消えて、穏やかな表情になった。


「だけど、この事は親兄弟でも絶対に言うなです」


 ルディはそう言うと、ナリスの額に指先を押し当てて魔法を詠唱。

 ルディの指先が光って、ナリスは額が暖かく感じた。


「今の魔法は遠く離れてもお前が今日の事を言ったら、僕分かる魔法です」


 それを聞いたナリスが息を飲む。

 そんな魔法は聞いた事ないが、恐怖からルディの話を信じた。


 だけど、嘘。ただ指先を暖かくする魔法を発動させただけ。

 そもそもルディに魔法の詠唱なんて必要ないし、そんな便利な魔法も存在しない。所謂、言霊による暗示だった。

 拷問官にでもなるつもりか? 飴と鞭の使い方が上手すぎる。

 ルディとナリスの様子を見ていたナオミが笑いを堪えた。


「それじゃししょー。そろそろここから離れるです」

「そうだな……ナリスとやら、私が魔法を解除したら、お前も早くここから去った方が良いぞ」


 茫然とするナリスにナオミが話し掛けると、彼は正気に戻って頷いた。


「では、また何処かで会おうです」

「お疲れさまでした」


 ナオミが魔法を解除して、ルディが歩き出す。

 最後にソラリスが丁寧なカーテシーで一礼すると、路地にはナリスだけが取り残された。


「もう二度と会いたくねえ……」


 そう呟いてナリスがチンピラの死体を見下ろす。

 そして、自分の悪運を神に感謝した。




「ルディ。私はそろそろ離れます」


 市場に戻る途中でソラリスが話し掛けてきた。

 ルディがアナログの指時計で時刻を見れば、昼前に差し掛かっている。

 彼女はこれから王都から離れて、輸送機が運んだガンダルギア金貨と酒、化粧品を持って来る予定だった。

 

「……もうこんな時間ですか。1人で持てるですか?」

「計算では2往復で済みます」

「私たちも運ぼうか?」


 ナオミが横から口を挟むが、ソラリスは頭を左右に振って遠慮した。


「私はアンドロイドなので疲労を感じません。人間の体力消耗を考えると私が1人で運んだ方が効率が良いです」

「ああ、そう言えばお前は人間じゃなかったな。分かった、よろしく頼む」

「では失礼します」


 ソラリスが離れると、ルディがため息を吐いた。


「だからアイツは石頭なのです」

「……確かにな」


 ルディの呟きにナオミが頷く。

 ソラリスの言っている事は間違っていない。ただ、人の親切に対して拒絶の返事をするのは、まだ彼女の心が未熟だからだろう。

 ソラリス以外の春子さんは、感情アプリケーションをインストールしているため、疑似的だけど感情表現ができる。そして、彼女たちはソラリスを自分の妹と思っているのか、彼女に対して姉の様に接していた。


「まあ、ゆっくり見守るですか」


 AIが人間の心を手に入れるのは、本当に正しい事なのか?

 ルディはその事を疑問に思いながら、ソラリスの成長を見守る事にした。

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