第209話 ダの集落との別れ

 ルディたちがテントを出ると、ルディを探していたゴブリン一郎が駆け寄ってきた。どうやら、しつこくつきまとうエルフから逃げて来たらしい。

 もし、人間の男だったら、「ハーレムひゃほーい」と鼻の下を伸ばしたかもしれない。だけど、この星のゴブリンは春の発情期以外に繁殖活動をしない。彼は女性に囲まれても、嫌とまでは思わないが迷惑だと感じていた。そして、どんな美女にも媚びない彼の態度に、エルフたちの好感度はさらに上った。


「一郎、どうしたですか?」

「ぐぎゃがぎゃぎゃ、がぎやぎゃ!(耳の長い女がうざい、助けてくれ!)」

「何を言ってるのか分かんねーですが、美女に囲まれて良かったですね」


 ルディが笑ってゴブリン一郎の頭を撫でる。その態度に訴えが通じないと分かった彼は、頭を横に振って違うとアピールしていたが無視された。




 夕方になって、ルディたちはエルフたちと一緒に夕飯を食べる。

 この日の夕飯は、とうとうフォレストバードをグリルした肉が登場した。その肉から可愛い姿を想像して、ルディとナオミが泣きそうになる。

 だけど、その肉を食べると、肉自体から果実の様な甘さが溢れ、弾力も適度にあり、とても美味しかった。


「可哀そう。だけど美味しい……」


 ナオミの目から涙が零れる。

 おそらく、自分の罪深さに嘆いているのだろう。


「考えちゃだめです、考えちゃだめです、考えちゃだめです」


 ルディもフォレストバードの肉を食べながら、生きている姿を忘れようと、自分に暗示を掛けていた。




 夕食後、ルディたちはアガラへ明朝に旅立つ事を伝えた。


「そうですか、残念です」

「本当はもう少し留まりたかったです」


 アガラだけでなく、同席していたアクセルもがっかりと肩を落とす。

 彼はマソの怪物との戦いで、ルディの弓の才能に惚れており、彼が滞在している間、一緒に狩をしたいと思っていた。


「だけど、急ですね」

「全くです。だけどこのまま放っておいたら、あの国は何時かこの森にも侵略してくるです。僕、そんな事させねーです」

「……えっと、詳しくお話を聞かせてもらっても良いですか?」


 他人事だと思っていたら、自分たちにも被害が及ぶと聞かされてアガラが質問すると、彼に替わってルイジアナが旅立つ理由を説明した。


「相変わらず人間は愚かですね。何故、他人の物を奪おうとするのか……」


 ローランドという国が南を征服した後で北の征服も企むだろうと、ルイジアナから聞かされたアガラはため息を吐き、アクセルも面倒な事だと顔をしかめる。


「特にエルフは人間から見れば美男美女に写るから、ろくなことにならないだろう」


 ナオミの話にアガラが肩を竦める。


「私たちも好きでこの様な顔をしているわけではないのですがね」


 ルディは今の発言をこの世のブスが聞いたら、間違いなく怒りだすと思った。


「事が運んだら、また戻ってくるです」

「分かりました。族長会議は雪解けの春に開催されますが、おそらくその頃はルディたちの方が忙しいでしょう。何時までも待っているので必ず戻って下さい」

「必ず戻るです」


 ルディはアガラに約束すると、その日はダの集落に泊まった。




 翌朝。ルディが旅立つ事を知った集落のエルフ全員が、別れを惜しんで集まった。

 特にゴブリン一郎が居なくなると聞いて、子供と若い女性のエルフが、彼との別れに泣いていた。


「一郎ちゃん、絶対戻ってきてね」

「ぐぎゃがが(マジうぜえ)」

「うん、絶対だよ」

「ぎゃがぎゃが(暑苦しいから離れろ)」


 抱きつくミンクに、ゴブリン一郎が本当にうざいと顔をしかめる。

 ちなみに、ゴブリン一郎は、価値観の違いからエルフを美人だと微塵も思っていなかった。


「ルディ様、ありがとうございます。娘と夫の病気は無事に治って、今ではテントから出たいと騒ぐほど回復してます」


 一言でもお礼を言いたかったのか、マソに感染した2人の妻がルディの前に現れて頭を下げた。


「回復して良かったですね」


 ルディの返答に、彼女は頭を上げて微笑んだ。


「はい。本当は本人の口からお礼を言いたかったらしいですが、病気が移ると皆に迷惑が掛かるので、「ありがとう」と言付けを預かってきました」

「無事に元気になりやがれと、伝えてください」

「はい。必ず」


 ルディがそう言うと、彼女はもう一度深々と頭を下げた。




「ルディ、そろそろ行くぞ」

「了解です。ほら、一郎、お前も後ろに乗りやがれです」


 既にルイジアナの後ろに騎乗しているナオミの声にルディは頷くと、ミンクたちに囲まれていたゴブリン一郎を呼び寄せた。


「ぐぎゃが!(助かった!)」


 呼ばれたゴブリン一郎が、慌ててルディの後ろに跨った。


「雛子ちゃん。今日もよろしくです」

「……なあ、ルディ」


 ルディがフォレストバードの頭を撫でていると、森の外まで見送るアクセルが話し掛けてきた。


「なーに?」

「おそらく名付けた名前は女性の名前だと思うが、コイツは雄だぞ」

「……マジですか?」


 衝撃の事実にルディがショックを受ける。


「まあ、フォレストバードの性別は見分けにくいからな」

「……さすが、ひよこだけあるです」


 別にフォレストバードはひよこじゃないけど、本物のひよこは鑑定士が存在するほど性別の判断が難しい。


「女性の名前付けて悪かったです。と言う事で今日からお前はぴよ助です!」


 その名前を聞いた全員が顔をしかめる。心の中でネーミングセンスが最低だなと思った。


「それじゃ皆、サラバダー」


 集まったエルフに向かって手を振ると、アガラを始め集まったエルフたちも笑みを浮かべて手を振り返す。

 そして、彼らは森の中へ消えていくルディたちに向かって、いつまでも手を振り続けていた。




※ ここが一番区切りが良いので、今回の章はここまで。

  何となく中途半端だけど、安心してください、僕もそう思っています。

  もう話が進んじゃっているけど、次の章はローランドとの戦争編です。

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