第197話 和みのぴよぴよ

 マソの怪物討伐の作戦会議が終る頃には、太陽は沈みかけて空は茜色に変わる。

 夕方の大森林は、夕日に照らされた針葉樹の葉は濃い緑色に、地面は暗闇に閉ざされて何も見えず、静かな森をセミの鳴き声だけが喧しく聞こえていた。


 ルディたちはアガラからの誘いもあって、この日はダの集落のテントで1泊する。

 この日の夕飯は昼に食べた物と同じ料理だったけど、ルディがお土産に持ってきた香辛料が入っていて、同じ料理なのに大分まともになっていた。

 料理を食べたエルフたちの喜びに満ち溢れている様子を見て、ルディはお土産を持ってきて正解だと思った。

 ちなみに、ルディは数日分の食料があるから別にごちそうになる必要はなかったけど、例え相手が恩人だとしても、美味い料理を食べてる姿を見せたら恨まれると、ナオミに説得されて従った。


「食べ物の恨みは恐ろしいですか?」


 今までの人生で飢えた経験がないルディの質問に、ナオミの目付きが鋭くなった。


「私が身分を隠して冒険者だった頃、クソな貴族の依頼を受けた事があるが、私が依頼を達成して報酬を貰いに行くと、そいつは飯の途中だったらしく、疲れていた私の目の前で山の様な料理を食い散らかしていたよ。しかも、礼の一つも言わずに一瞥しただけで、顎をしゃくって追い払ってくれたね。あの時は、報酬なんて貰わずぶっ殺せばよかったと、今も後悔しているよ。ふふふふふっ」


(なるほど、確かに食べ物の恨みは怖いらしい)

(ぐぎゃ、ぎゃががぎゃが!(やべえ、今までで一番おっかねえ!))


 ナオミの不気味な笑みに、ルディとゴブリン一郎がたじろいだ。




 夕食を食べた後でルディたちはテントに案内される。

 テントは思いのほか広く、8人ぐらいが横になっても余裕があるぐらい広い。ちなみに男女共同だけど、ルディは別に女性の裸に関心せず、ゴブリン一郎も発情期ではないので問題なかった。


 テントの布は鞣し皮で作られており、床の絨毯の下にフォレストバードの乾燥した糞が敷き詰められていた。

 ルイジアナの説明では、フォレストバードの糞は乾燥すると匂いがなく、防寒剤になるらしい。


「これも生活の知恵というヤツですね」

「この森は北にあるから、どうしても薪の使用量が増えるので、できるだけ減らす努力を心がけています」


 ルイジアナの話にルディが頷く。

 文明が低くてもその中で暮らす人間は、生きるための努力を常にしている。それは伝統となって、親から子へ、子から孫へと受け継がれるんだなと思った。




 テントの中は寝心地が良く、旅の疲れもあってルディたちは直ぐに眠りに就き、翌朝になってルディが起きると、テントの前に袋が置いてあった。

 その袋を開けて中身を見れば、昨晩の内にドローンが運んだ、マソの怪物を倒す時に使うグレネードが24発と、マソの治療薬が入っていた。


(これだけあれば十分だな)


 ルディは袋を鞄にしまうと、水桶の水で顔を洗ってから、昨日は忙しくて見学出来なかったフォレストバードの厩舎に向かった。


「ぴよ」

「ぴよぴよ」

「ぴよ!」


 厩舎に行くと、子供のひよこから大人のひよこまで、18羽のフォレストバードが餌を啄んで食べていた。

 大人のひよこと言う言葉は変だけど、見た目が大きいひよこだから仕方ない。


「可愛いですね~」

「君は昨日来た客人のルディだね」


 見ているだけで心が和む。ルディがニコニコ顔でフォレストバードを眺めていると、餌をあげていた女性のエルフが気づいて声を掛けてきた。


「……どこかで見た事ある気がするけど、エルフは全員顔が似てるから分からねーです」


 ルディは目を凝らして女性のエルフを見るが、誰だか分からず首を傾げる。

 女性はその様子が可笑しかったのか声を上げて笑った。


「あはははっ。確かにその通りだね、私もそう思うよ。私はミンク。昨日、長老の前で会ったんだけど覚えてないか」

「……そー言えば、アガラさんに会う前に、お前を見た記憶がありやがるです」

「正解。今日から2日間、よろしくね」


 どうやらミンクはマソの怪物を倒すメンバーに入っているらしい。

 はつらつとして美しく、年齢は20代に見えるけど、エルフだから年齢不詳。金色の髪の毛をポニーテルにして、皮の鎧を着ていた。


「それにしても、面白い喋り方だね。方言か何かなの?」

「そーです。ノーザンパレスの東の出身です」

「ふーん。私は森の外に出た事ないから知らないけど、面白いね」


 ミンクの返答にルディがにっこりと笑う。


「この話し方で相手の性格が分かるから便利ですよ」

「そうなの?」

「この喋り方、面白い言う人とは僕と相性良いです。逆に拒絶する人は性格が合わねえからシカトです」

「あははっ、結構イイ性格してる。じゃあ、私とは相性が良いかもね」


 ミンクが握手を求めてきたから、その手をルディが握り返す。


「よろしくです」


 こうしてミンクと仲良くなったルディは、彼女の許可をもらってフォレストバードに顔を埋めると、クンカクンカして癒しを堪能した。




 出発の時間になって、全員がフォレストバードに乗り込む。

 ルディはアクセルの後ろに乗り、フォレストバードに乗れるルイジアナの後ろにナオミが乗る。そして、ゴブリン一郎は身長が低いのでミンクの前に座った。


「ごぎゃがぎゃ?(何処に行くんだ?)」


 ゴブリン一郎は何処に行くか分からず首を傾げ、その様子にミンクが可愛いと後ろから頭を撫でていた。


「それでは長老行ってきます」

「全員無事で戻ってくるんだよ」


 見送りに来たアガラに討伐リーダーのアクセルが話し掛けると、彼女は心配そうな表情を浮かべて全員の無事を祈った。


「アガラさん、安心しやがれです。もしやられても薬があるから、全員死なねえですよ」

「それでも心配するのが長老の務めなのさ」

「そいつは大変だなです」


 ルディの話にアガラが肩を竦める。

 ちなみに、昨日ルディが治療したマソに感染した2人のエルフは、今日の朝になって熱が下がり、ルディの調べでは体内のマソとマナがほとんど死滅しており、順調に回復に向かっていた。


「では、行くぞ。ハイヤ!」


 アクセルの号令と共にフォレストバードが集落を飛びだして、森の中へを走り出した。

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