第194話 マソの治療

 長老のアガラからマソ治療薬の臨床実験の許可を得たルディは、アクセルの案内で集落から離れたテントの前に立っていた。


「このテントに患者が寝ているけど、本当に大丈夫なのか?」


 アクセルが不安な様子で、ルディに最後の確認をする。


「飛沫感染……違うですね。話し聞くと、あの怪物は触るだけでマソを移しやがったですから、接触感染も気を付けやがれな必要あるです」


 ルディはそう答えるや、鞄からマスクとゴム手袋を取り出して自分の口と手に着けた。


「それは何だ?」

「マスクを知らねーですか? 感染予防です」

「それだけで、感染が防げるのか?」

「確実じゃねーです。と言う事で、1人で入るから全員待ちやがれです」


 アクセルの質問にルディは答えると、皆を残して1人でテントの中に入った。




 ルディがテントの入り口の布を捲って中に入ると、テント内の空気は澱んでおり、2人のエルフが苦しそうに咳をして横になっていた。

 一応、テントの天井には換気用の隙間があるけど、この空気は病人によろしくない。


(空気感染はしないから、入口の布だけでも捲って、換気するように後で言うか)


 患者は10代ぐらいの少女と、30代ぐらいの男性だけど、エルフだから年齢は不詳。

 2人とも苦しそうに咳をして、肌を見れば黒い斑点が浮かび上がっていた。そして、左目のインプラントで熱を調べると39度の高熱があり、おそらく倦怠感もあるだろう。


 ルディは2人の容態を確認してから、重病者の男性から治療する事にした。人柱とも言う。


「ゴホッ…君は……」


 男性エルフが傍でしゃがんだルディに気づいて、苦しそうに話し掛けた。


「今からお前を楽にしてやるです」

「ふっ…とうとう俺の前にも天使が来たか……ゴホッ、ゴホッ!」


 ルディの話を勘違いした男性エルフが自虐的に笑ったが、今のは誰が聞いてもルディの言い方が悪い。


「ではぶすっとな」

「うっ!」


 有無を言わせず、ルディは男性エルフの首筋にマソ治療薬の入った注射を打つと、男性エルフは小さなうめき声を一言漏らして、ガクッと首を傾けた。


「……あれ? 死んだですか?」


 驚いて目をしばたたかせると、眠った男性エルフの手首に触れ、脈があるのを確認する。


「驚かせるなです」


 マスクの中でほっとため息を吐いて、電子頭脳でハルに連絡を入れた。


『ハル。マナ保有量を確認できるアプリケーションを作っていたな』


 ルディの言うアプリケーションとは、ナオミとハルが共同で作成したツールで、サーモグラフの様に目視で相手のマナ保有量が確認できた。


『イエス・マスター。完成しています』

『それはマソとマナの区別が出来るか?』

『マソの存在を確認した時点で可能にしました』

『さすがだな。今からそいつをインストールする』

『イエス・マスター』


 ルディは電子頭脳にアプリケーションをインストールしてから、左目のインプラントを切り替えて、男性エルフのマナ保有量を確認。

 すると、治療薬を注射した部分から、少しずつマナとマソが減少していた。


(やっぱりマソだけじゃなく、マナも殺しているな。まあ、いずれマナの方は復活すると思うし、まっいいか!)


 生きていれば儲けものと、ルディは男性エルフから離れて、もう1人の患者の方へ足を運んだ。




 ルディはもう1人のエルフにも治療薬を注射してからテントを出ると、アクセルだけでなく、多くのエルフがテントの前に集まっており、彼がテントから出るのを待っていた。


「いきなり囲まれると、驚きよりも恐怖心の方が高けーですね」

「スマン。話を聞いた同胞が心配して、様子を見に来たんだ」


 ルディの冗談にアクセルが謝罪すると、集まったエルフの内の1人の女性エルフが膝を付いて両手を組み、今にも泣きだしそうな様子でルディに話し掛けてきた。


「それで娘と夫はどうなりました?」

「中の患者の身内ですか?」


 ルディがマスクと手袋を外しながら声を掛けると、女性エルフが頷いた。


「はい、妻です。2日前に突然娘が襲われて、夫があの化け物を集落から引き離そうと犠牲になりました」 


(2日前……移動時間を計算すると、もしかして俺たちが追っ払ったから、あの怪物がこっちに来たのかな?)


 ルディがそう思ってチラッとナオミを見れば、彼女は人差し指を口元に当てて黙ってろと目が語ってた。

 ちなみにナオミの隣に居たルイジアナは、何か言いたそうだったけどナオミに脇腹を突かれて黙っていた。


「2人とも体内のマソは減少しているです。たぶん、あと4、5日で容態は回復しやがるです。でも、病気移る可能性あるから、2週間は安静にして、接触は出来るだけするなです」

「ううっ…ありがとう、ありがとうございます……」


 ルディの返答を聞くや、女性は人目もはばからず泣き出し、左右の女性に慰められた。




 ルディたちが患者の容態について報告しようとアガラに会うと、話し掛ける前に彼女が頭を下げてきた。


「話は聞いたよ。本当に同胞を治してくれたんだね。ありがとう」

「治せる方法があるのに見捨てる、人道に反するから治しただけです」

「それが分かっていても何もしない人間やエルフは大勢居る。そいつ等に比べたら、ルディは立派だよ」


 ルディの返答にアガラは頭を上げると、そう言って微笑んだ。


「ところで、あの生き物は何なんですか?」

「私にも分からないね。アレは5年前に突然現れて、エルフだけでなく、森の中の生物を何でも喰らっているんだ」


 ルイジアナの質問にアガラがため息を吐いて説明する。


「確かにそんな化け物が居たら、エルフの秘宝どころじゃないな」

「だったら先にマソの怪物を倒しやがれです」


 ナオミがそう言うとルディも同じ意見だと頷いた。

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