第185話 森の遊牧民
ゴブリン一郎が寝ている間にナオミとルイジアナが高級ワインを飲んで、あまりの美味さに顔が緩む。
ルディは緊急事態に備えてアルコールの摂取が出来ず、美味しそうにワインを飲む2人が悔しくて、グギギッと歯ぎしりをしていた。
だけど、船内でワインを飲めと言ったのはルディ本人。彼は家に帰ったら自分だけでワインを飲もうと、心の中で決意していた。
そんな一幕もあったが、輸送機はルディたちが寝ている間も順調に北西に向かって飛び、翌朝にはエルフの里がある雪の大森林の手前まで到達した。
全員がコックピットに移動して、助手席にはナオミの代わりに道案内のルイジアナが座る。
ルディは輸送機のモニターにナイキからの衛星写真を映すと、ルイジアナに話し掛けた。
「ルイちゃん。エルフの里はどこにあるですか?」
「この森全部がエルフの里です」
ルイジアナの返答が理解出来ず、ルディが首を傾げてルイジアナの顔を見る。
「意味分かんねーです。きちんと説明しやがれです」
「エルフはいくつかの部族に分かれて、森の中を遊牧しているの」
「……何のためにですか?」
「ですから遊牧です。エルフはフォレストバードという飛べない鳥と共に生活していて、フォレストバードの餌はこの森にしか生えないから、餌を求めて森の中を遊牧しているんですよ」
「……そう言う重大な事は、先に言いやがれです」
「ぎゃあ、ぐぎゃぎゃ?(なあ、何処に向かってるんだ?)」
「一郎も怒ってるですか?」
「一郎君、ごめんなさい」
勘違いしたルイジアナがゴブリン一郎に謝罪する。
だけど、ルイジアナだけが悪いわけじゃない。
本当は彼女も昨日のうちにこの事を言うつもりだったが、ナオミの家での出来事が衝撃だったのと、ルディが突然お土産など言い出したせいで言うのを忘れていた。半分はルディとナオミが悪い。
それと、ゴブリン一郎は何故ルイジアナが謝ったのか理解出来ず、首を傾げていた。
「まさか、全部の部族に土産を配るのか?」
後ろの補助席で話を聞いていたナオミの質問に、ルディが顔をしかめる。
「さすがにそれは面倒くせーです。適当な部族を探して処分させるです」
要は全部のお土産を1部族に渡して、後は独り占めにするか全部の部族に分けるかは勝手にしろ。それで争いが起こっても知らね。という、実に投げやりな考えだった。
「私が居た部族は平和主義で公平だったので、独り占めせずに他の部族に分配してくれると思うんですが……」
「どこに居るか分からねーですか?」
「遊牧のルートは決まってます。だけど、何処に居るかまでは分からないですね」
「困ったです」
「春になれば族長会議があるから、本当だったらそこへ向かうつもりでした」
「だけど、まさか1日で来れると思っていなかったというわけか」
「はい」
そうナオミが言うと、ルイジアナが頷いた。
「遠距離での連絡手段がないと不便ですね。仕方がねーから森の中歩いて集落を探すしかねーです」
ルディはそう締めくくると、大森林の近くに輸送機を着地させた。
ルディたちが輸送機から降りて装備を確認する。
野営道具は場所が決まってからドローンが運ぶため、全員が軽装だった。
魔法使いのナオミとルイジアナは杖を持ち、ルディはいつものショートソードと弓矢、鞄の中には鏃に付けるグレネードを持って来ていたが、今回はナオミが居るから必要ないと思っている。
最後に普段は縦じまのステテコパンツ1枚なゴブリン一郎は、ナイキの積み荷からサイズを調整して彼に合わせた、警備員用のネイビーブルーの軍服に、繊維強化セラミックの防弾チョッキを着こんで、武器はナイキから持ってきた繊維強化セラミックの戦斧を背中に背負っていた。
服を触りながら嫌そうな表情を浮かべるゴブリン一郎に、ルディが首を傾げる。
「ゴブリンのファッションセンスは分からねーですね」
ルディが知る限り、ゴブリンは腰から上の服を着るのを嫌がるらしい。
ルディはゴブリン一郎を拉致した後、家の中とはいえフルチンはさすがにまずかろうと服を着させようとしたが、彼は上半身の服を着るのを嫌がり、それでも大事なイチモツは守りたいのか、ネタとして用意していたステテコパンツだけを履いて満足した。
これはゴブリン一郎だけでなく魔族の本能で、自然の中では弱者の部類に入る彼らは、多くの子供を産むために生殖器を大事にする特性があった。
また、強いゴブリンは生殖器の装備を派手にして強者をアピールし、普通のゴブリンは従順な事を見せるために、腰みのだけの装備にしていた。
「そう言えば、ししょーはこっちの方、来た事ねーですか?」
「寒いの嫌い」
ルディの質問にナオミが答えると、その返答が面白かったのかルイジアナが笑いそうになった。
「ルイ、この森には強い敵は居るのか?」
「昔は居たみたいですが今は居ません」
この大森林は800年近く森に住みついたエルフによって、強い魔物は全て淘汰されており、ルイジアナの言う通り、人に襲い掛かる動物は野生の大型動物か、倒しても倒しても増え続ける魔族ぐらいしか居なかった。
「んーそれは残念だ」
何が残念なのか分からないが、ナオミが顔をしかめた。
「ししょーは面倒くさがりな戦闘狂ですね」
「なんだそりゃ。とっとと森に入るぞ」
「はーいです」
ルディの評価にナオミが人睨みすると、反省の色の無い返事を返す。
そして、ルディたちは森に続く獣道を探すと、森の中へ入った。
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