第136話 殺戮を好む美しき悪魔

 地上に降り立ったナオミを、領民も兵士も手出しできず彼女の動向を見ていた。

 この星に生まれた者からしてみれば、いきなり正体不明の存在から首根っこを押さえつけられたのと同様で、彼女の体内から放出される莫大なマナは畏怖以外の何物でもなかった。

 そんな中、ローガンは自分の体に魔法抵抗の防御壁を張って、ナオミのマナに抵抗すると彼女に立ち向かった。


「貴様は奈落の魔女だな」

「……ほう? 私のマナに抵抗出来る人間も珍しい」


 ナオミがローガンの質問に答えず、上から目線で褒め称える。

 彼女の行為はローガンにとって屈辱だったが、彼は本能で敵わぬと理解して反抗しなかった。


 ローガンの周りでは奈落の魔女と聞いて、領民と兵士たちがたじろいでいた。

 そこでナオミは近くに丁度良い高台があるのを見つけてそこへ行き、壇上に上がると、魔法で声を拡張してから大声で叫んだ。


「領民ども聞け、私は奈落の魔女だ! 先代領主との約束により、現領主を廃爵するために来た! 今日をもって、お前たちに課せらせた重税はなくなり、現領主の代わりに弟のレインズが領主となろう。だから、お前たちは今すぐ解散して家に帰れ。そして、明日やってくるレインズを迎える準備をするがいい!」


 ナオミの声は広場に集まった領民全てに行き渡り、彼らを押さえつけていたマナを彼女が消すと同時に、大歓声が上がった。


「奈落…奈落の魔女が、俺たちをすくいに来た!」

「嘘だろ、あれが奈落の魔女だって、すげー美人じゃないか!」

「信じられない、あの人、空を飛んで来たわ!」


 集まった領民たちから様々な声が上がる。そのどれもが彼女を称える声であり、人災として恐れられた奈落の魔女のレッテルを払拭していた。

 だが、現領主を廃爵すると聞いて、兵士たちは納得するわけにはいかない。

 彼女から放たれたマナが消えると同時に、兵士たちは彼女を捕らえようとジリジリと取り囲み始めた。




「私は敵対する者に容赦はしないぞ」


 ナオミは取り囲む兵士たちを一望すると、再び体からマナを放つ。

 それだけで、取り囲んでいた兵士たちが後ろに吹き飛んだ。

 さらに彼女は魔法を詠唱しながら右手を掲げ、終わると同時に右手を振り下ろした。


「鋼鉄の華よ!」


 ナオミが魔法を発動するのと同時に、彼女の周りの地面から無数の鉄の棘が表れるや、囲んでいた兵士全員の体を突き刺し始め、さらに刺さった先の棘から赤い花が咲き始めた。

 兵士の血で地面が赤く染まり、死体が生まれる中でナオミが微笑む。


「ひ、ひぃ!」


 偶然死を免れた兵士の1人が尻もちをついて後ろへ下がる。彼の目から見たナオミは、殺戮を好む美しき悪魔にしか見えなかった。


 ナオミが魔法を解放すると同時に、彼女を囲んでいた鉄の棘と花が消滅する。すると、残ったのは何十人の兵士の死体の山だった。

 その美しく残酷な魔法を見た領民たちが先ほどの歓声など忘れて、恐怖に戦慄する。

 だが、先ほど彼女から発せられた話の内容を思い出すと、逃げだす事なく彼女の行動を見守っていた。




(一瞬で広範囲の魔法だと…! あ、ありえねえ……)


 兵士たちがナオミから逃げる中、ローガンは彼女の魔法に魅入られて動けずにいた。

 彼もローランドではそこそこ名の知れた魔法使いだが、彼女とは次元が違う。

 マナを放つだけで兵士を吹き飛ばし、一瞬の詠唱で範囲魔法を放つ。

 その魔法もおそらく奈落の魔女のアレンジだろう。一見すると普通の土系統の攻撃魔法だが、兵士を刺した棘から咲いた赤い花は確実に殺す目的で、兵士の体から血を抜き取っていた。


「領民に魔法を放ったのはお前か?」

「…………」


 ローガンを見つけたナオミが彼に少しづつ近づく。


「私は無抵抗の人間に魔法を使うな、などと言うつもりはない。実際に私も無抵抗の人間を沢山殺してきたからな」


 ナオミが残り10mの位置でローガンにマナを放つ。


「……くっ!」


 それだけで彼女のマナがローガンの魔法抵抗の防御を打ち破り、彼は地面にひざまづいた。


「だけど、お前はローランドの遣いだな」


 ナオミはローガンの魔法を1度見ただけで、彼がローランド国の魔法使いと見破っていた。

 そして、その考えは間違いではなく、彼は表向きはただの冒険者だが、裏ではローランド国からの2つの密命を帯びていた。

 1つはデッドフォレスト領の実効支配のために動く事。これはガーバレスト子爵が奈落の魔女の討伐にローランド国へ援軍を要請した時に与えられた命令で、元々ガーバレスト子爵はハルビニア国の地方領主で終わるつもりなどなく、彼はデッドフォレスト領をローランドに売り渡すつもりだった。

 ローランド国も1年後の戦争を前に、人材を確保したいという考えがあり、ガーバレスト子爵の要望に応えるべく、契約を交わすために先にローガンを派遣し、奈落の魔女の討伐として後から軍を送り常駐させる予定だった。


 そして、もう1つは奈落の魔女の居場所を突き止める事。

 ローランド国にとって、奈落の魔女は賞金を出すぐらいに邪魔な存在だった。

 前の戦争では敵国に参加したナオミに多くの兵が失われた。大国のローランドとしては、たった1人の魔女によって大損害が出たのは屈辱であり、何が何でもナオミを抹殺したかった。

 だけど、最近になってとある噂が耳に入る。その噂は彼女が作る回復薬が万病に効くというらしい。

 実際にその薬を手に入れて試してみれば、不治の病だったとある皇族の病がたちどころに治った。

 そこでローランドは悩んだ末、彼女を生け捕りにしたかった。その計画の第一段階が、今回の兵の派遣でもあった。




「……だとしたら?」


 ローガンがゴクリと息を飲んで答える。


「ローランドの魔法使い。それだけで私の敵だ!」


 ナオミはそう言い放つと、左手でローガンの頭を掴んで自分のマナを直接ローガンの頭に注ぎ込む。すると、頭が焼けつくように熱を帯び、激痛に悲鳴が上がった。


「ぎゃーー!」


 ローガンは抵抗したくても体を動かせず、全身を震わす。

 そして、ナオミから注がれたマナにより全身が熱くなると、突然、発火して青い炎が彼の体を包み込んだ。

 しばらく燃えるローガンの体を見守っていたナオミだが、彼の体が消しクズになると上空を見上げた。


(ルディ、降りてこなかったな。何してんだ?)


 その頃ルディは、1人でマイケルたちが囚われている監獄に侵入していた。

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