第89話 先代との約束

「王からね……」


 レインズからの要請書をナオミが受け取る。


「ししょー、この国の王と面識あるですか?」

「いや、一度もない」


 ルディの質問に答えながら、封を解いて羊皮紙を広げて文を読む。

 王からの文には、レインズに協力してガーバレス子爵の抹籍を手伝えば、報酬として金貨300枚を与えると書いてあった。


「ふむ……私は今のハルビニア情勢を知らぬのだが、現王はガーバレス子爵を嫌っているのかな?」


 そう質問しながら王の要請書をルディに渡す。


「嫌っていますが、今回は王太子からの依頼です」


 レインズの返答に、ナオミと要請書を読み終えたルディが首を傾げた。


「……事情が分からん。詳しく話せ」

「そうですね。まず、私はガーバレス子爵の弟です」

「それはさっき聞いた」

「私は兄とそりが合わず、14歳の時に騎士になるために王都に行き、従者となったのですが、何の縁か、その時に王太子と親友になったのです。それで、王太子と交友していく内に、私と兄の確執がバレまして、その時は何もしなかったんですが……」


 ここまで話すと、レインズはこめかみをポリポリ搔きながら、言いずらそうに続きを話す。


「どうやら、その事をずっと覚えていたらしく、自分の実績を作るために、兄を落として私をガーバレス領主にしようと企んだのです」

「実績とは?」


 レインズが照れくさそうな顔から、真面目な表情に変わった。


「実は…現王が年齢から執務が辛くなったという理由で、来年の初めに王太子に王位を譲る事になりました」

「それは知らなかった」

「まだ国民には通達していないので、ここまで話が届いていないだけでしょう。だけど、ここ十数年間、我が国は大きな戦争をしておらず、実績が少ないまま王位に就けば、発言力が低下すると王も王太子も考えています。実際に今の大臣は王太子とは敵対派の人間なので、2人の考えは間違っていないでしょう」

「…………」

「そこで、王太子は実績を作る手段として、私と兄の事を思い出して、ガーバレス領を調べたところ、兄が爵位を継いでからの数年間、不作や夜盗の襲撃などを理由に税収が落ちているのを見つけるや、現国王に進言して私を派遣したのです」


 レインズの話を聞いてナオミが理解したと頷き、ルディは自分とは直接関係ないからと、気絶しているゴブリン一郎のお腹をぷにぷに触りながら、面白そうに話を聞いていた。




「なるほど。そちらの事情は大体分かった。だが、私を関わらせようとする理由が分からん」


 その質問に、レインズがもう一度懐に手を伸ばし、手紙を取り出した。


「これは父が死ぬ間際に私に送った手紙です」

「レインズ殿の父と言うと、ガーバレス領の先代か?」

「はい」


 ナオミが手紙を受け取って文を読むと、自分は病気でもう長くない事、最後に一度会いたかった事、息子兄弟の心配。

 そして最後に、もし兄が領民を苦しめていたら、奈落の魔女を頼れと書いてあった。


「ここには持ってきてはないのですが、別の手紙では父が奈落様を褒めてました」


 その話にナオミが顔をしかめる。


「もしかして、王や王太子も私の事を知っているのか?」


 その質問にレインズだけでなく、彼の背後で控えている2人も頷いた。


「もちろん。だけど、我が国はローランドとは不可侵条約を結んでいますが、友好国というほど仲は良くないので、貴女を討伐するつもりはございません」

「それは助かる。大群が押し寄せてきても、迷惑なだけだからな」


 ナオミの返答に、レインズが息を飲む。


(今の言い方だと、まるで何百の兵士が相手だろうが、自分が勝つと言っているようだ。やはり、ローランドの悪夢は本当だったか……)


 表情には出してないが、内心では焦っているレインズに気づかず、ナオミは先代のガーバレス子爵と会った時の事を思い出しながら語り始めた。


「……3年前。先代が来たのは、私が森で生活を始めてすぐの頃だったな。目的は私が噂とおりの狂暴な魔女で、領民に被害が出ないか、わざわざ数名の部下だけ連れて確認しに来たらしい。そうだな……彼は私の顔を見ても物ともせずに会話をした、珍しい御仁だったのを覚えている」

「失礼ですが、私から見て奈落様は美しい女性と思いますよ?」


 そうレインズが言うと、ナオミが肩を竦めて笑みを返した。


「これでも、そう言えるかな?」


 ナオミが手で左顔を隠して幻影魔法を詠唱する。そして、手を外すと中から醜い火傷跡の顔が現れた。




 彼女の顔は、右半分が元の美人だったせいもあり、火傷の顔がより一層醜く見えた。それとおまけで、彼女はわざと強めのマナを放出したついでにやさぐれて、先代と会った時の自分を演じた。


 火傷の顔をさらし、一変して雰囲気を変えたナオミに、レインズたちが息を飲む。だけど、彼らとは逆にルディが興奮した様子で、両手をぐっと握りしめて目を輝かせていた。


「ししょー、かっけー!」

「時々思うのだが、お前の美的センスはどこかおかしいぞ」


 空気をぶち壊したルディに、ナオミが威嚇するのをやめてため息を吐く。それで、レインズたちも安堵して息を吐いた。


「緑お化けだったししょーだけには、言われたくねーです」


 ちなみに、緑お化けとは2人が最初に会った時の彼女の服装。


「森の中で姿を隠すのに、ちょうど良い色なんだよ」


 ナオミはそう言い返すと、パッと手を払って火傷の顔を消してから、改めてレインズたちに向き合った。


「弟子が失礼した」

「いえ、助かりました」


 ナオミの謝罪に、レインズが心からルディに礼を言う。


「さて、話が逸れたから元に戻そう。先代と会った時、彼とは1つの約束を交わしていた。レインズ殿はそれが目当てなのだろう?」


 ナオミの質問にレインズが頷く。


「ししょー、約束とは何ですか?」


 ルディの質問に、ナオミが愉快そうに笑って答える。


「うむ。税金を免除するから領民に手を出すな。そして、もし自分が死んで息子が手を出して来たら、好きにぶっ飛ばせだ」


 ナオミの返答に、ルディは先代の男気に感心しており、レインズたちは確かにその通りだけど、その言い方はどうかと思った。

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