第70話 ガーバレスト子爵の悩み

 デッドフォレスト領の領主ルドルフ・ガーバレスト子爵は悩んでいた。

 村がアルフレッドの手で壊滅したのはどうでも良い。自分も不作で税金が払えないと泣きついてきた村民を全員、奴隷商に売って廃村にした事がある。

 兵士が500人死んだのは痛手だが、それくらいの被害だったら金さえあれば何とかなる。

 だが、息子のアルフレッドが行方不明なのは、彼を大いに悩ませた。


 ルドルフの最初の妻はアルフレッドを生むと、産後の肥立ちが悪く死んでしまった。

 その後、何度か再婚を繰り返したが子供には恵まれず、アルフレッドが唯一の息子だった。


 もし、アルフレッドの死体が残っていれば、ルドルフも諦めていたかもしれない。だが、死体は見つかっておらず、それがわずかな希望となって、彼はまだアルフレッドが生きていると信じていた。

 なお、彼の願望通りにアルフレッドは生きているのだが、蜂の養殖改め、蜂が彼を養殖している。


 村に通じる道を封鎖して箝口令を敷いてはいるが、人の口に戸は立てられない。

 村の後始末をした部隊の兵士の口から噂が広まり、相手が奈落の魔女という知名度もあってか、噂はかなりのスピードで広まっていた。




「それが王都で暮らす弟に知れたら……」


 ルドルフが頭を抱える。

 彼と弟は子供の頃から犬猿の仲だった。いや、ルドルフが一方的に弟を嫌っていた。


 ルドルフの弟の名前はレインズ。彼とは6歳違い。

 ルドルフが36歳なので、レインズは30歳。今は王城で近衛兵として働いていた。

 レインズは性格は大人しく真面目だった。ルドルフはそれが気に喰わず、レインズを子供の頃から虐めていた。


 兄に虐められたレインズはやり返すことなく、領民など虫けら同然と考えるルドルフに歯向かうつもりで、領民に対して優しく接するようになり、ルドルフはそれも気に喰わなかった。


 父は自分よりも領民を労わる弟を可愛がり、それで父親とも仲が悪くなった。

 ルドルフの頭の中では、家族の仲が悪いのは自分の言う事を聞かないレインズが悪いと思い込んでいた。


 ルドルフが20歳になって領地の後継者に決まると、レインズは14歳の若さで騎士になるべく王都へ去って行った。

 これはルドルフによるレインズの暗殺を恐れた先代の配慮なのだが、その考えは正しかった。

 もし、レインズが領内に居たら、ルドルフはきっと彼を殺していただろう。




 アイツレインズの事だ。アルフレッドが居ないと知ったら、きっと俺を殺して全てを奪い取るに決まってる!

 強欲な性格は他人を信じられず、自分が考えている事と同じ事を自分にすると考える。

 ルドルフはアルフレッドが居ない今、レインズが噂を聞いたら、自分を殺しに来ると思い込んでいた。


「どうする、どうする……奈落の魔女と交渉してアルフレッドを取り戻すか? いや、相手は奈落の魔女だ、交渉しようとしても殺される。だったらレインズを暗殺するか? それも駄目だ。さすがに王城にまでは刺客を送れん」


 ルドルフが机に突っ伏して頭を抱える。その時、一筋の閃きが脳裏に浮かんだ。


「そうだ。奈落の魔女と言えばローランド! あの国は今も魔女の首を狙っているが、うちの国との不可侵条約でここに来れん。それを密かに呼んで、どさくさに紛れて息子を取り戻せれば……」


 一地方のたかが子爵に他国の軍隊を呼ぶ権限などない。だが、それでも彼は息子を取り戻そうと、隣接しているローランド国の知人の貴族に手紙を書き始めた。




 リハビリで疲れたニーナは、ナオミの家のテラスで休憩していた。

 自室で勉強していたナオミも、休憩に外へ出てニーナの隣に座る。

 二人の背後では、ソラリスが控えていた。


 二人の目の前では、ルディがカールから特訓を受けており、剣を打ち合っていた。


「ルディ君は天才ね」

「私は剣術を知らないから、何とも言えない」


 ニーナから話し掛けられたナオミが肩を竦める。

 今のルディは、三日前に初めて稽古を受けた時よりも上達しており、カールが時々ヒヤッとする場面が何度かあった。


「よく言うわ。貴女、死体から剣を奪って、操っていたじゃない」

「そんな昔の事、よく覚えているな」

「貴女の魔法は一度見れば忘れないわ」


 ニーナが微笑むのとは逆に、ナオミが顔をしかめる。

 そして、話題を変えようとルディの話に戻した。


「ルディは天才とは違う。そうだな……努力を効率化できると言えば良いのか?」


 そうナオミは答えたが、彼女の言っている事は間違っていなかった。

 ルディは経験した事を、ナイキのデータベースと共有させていた。


 今もカールの動きを全て記録させており、その日の晩に銀河帝国流統合格闘剣術のアプリケーションと融合させて、バージョンを上げていた。

 その結果、ルディは前日に習った事に付け加え、カールの体捌き、間合い、剣筋をラーニングした動きを可能にしていた。

 その学習能力は、この星の常人から見れば天才と呼ぶレベルだった。


 なお、アプリケーションのアップデートはソラリスもしており、それを後で知ったルディは「お前、卑怯者です!」と文句を言った。

 それに対して、ソラリスは「仕様のアップデートでございます」と言い返していた。


「よく分からないけど、普通はそれを天才と言うんじゃない?」

「天才は努力なんてしないさ。彼は常識外れの秀才だよ」


 ナオミの返答が面白かったのか、ニーナがクスクスと笑う。


「さすが天才の目は厳しいわね」

「私が天才? そんなことは一度も思ったことないな」

「貴女が天才じゃなければ、ローランドの爆炎の魔人とまで呼ばれているバベルは何て言うかしら」


 そう言ってニーナが横目でナオミを見る。


 爆炎の魔人か……久しぶりに嫌な名前を聞いたな。

 ニーナの口から出た名前に、ナオミの表情が少しだけ厳しくなる。


 ニーナは知らなかったが、ナオミの顔を燃いたのは、まだ一介の魔術師だった頃のバベルだった。

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