第69話 ニーナのお願い

 ルディがリビングで休んでいると、ナオミが自室から降りてきて、ルディに色々と質問してきた。


「……では、この星は太陽を中心に回ってるわけではないんだな」

「そーです。よく勘違いされるですけど、惑星系は質量中心を点として回っているです。それは太陽も同じよ」

「質量中心とはなんだ?」

「質量中心は物体が完全にバランスを取って、質量がすべての方向に均等に分布している重心です。宇宙の2つ以上の物質の間にも重心が存在しているです。それを共通重心と言って、太陽系では共通重心が太陽の中心に重なることはほとんどねーです。もちろん、惑星は太陽の周りを回っているですよ。ただ、学者ぶった言い方をするのであれば、そうではないという話です」


 ナオミは腕を組んで考えていたが、しばらくして質量中心が太陽ではない答えが分かった。


「ふむ……もしかして、太陽の周りで周っている大きな惑星の重力が関係しているのか?」

「さすがししょーです。これだけの説明でそれに気づくの、すげーですよ」

「いや、まだまだ分からない事が沢山ある。ありがとう」


 ルディに絶賛されて、ナオミが微笑んだ。

 ルディと出会ってからのナオミは、天体学、化学、物理学など様々な事に興味を持ち始めた。

 暇さえあれば質問してくるナオミに、ルディは学習できるスマートフォンのアプリを作ってあげた。

 その結果、ナオミは殆どの時間をアプリ片手に勉強しており、それでも分からないところがあれば、ルディかソラリスに質問していた。


「何か難しい話をしているわね」


 今日のリハビリを終えたニーナと、彼女の介護をしていたソラリスが現れて、ニーナが二人に話し掛けてきた。

 ニーナは会話を聞いていたが、まだこの世界が一つの星だと知らない彼女は、二人が何を言っているのか分からず、チンプンカンプンだった。


「調子はどうだ?」

「順調よ。なんだか若返った感じもするし」


 ニーナがナオミの質問に答える。

 実際に彼女はルディの治療の効果で、健康を取り戻したついでに、少しだけ肉体年齢が若返っていた。




 ニーナがナオミの隣に座り、ルディに話し掛けてきた。


「ねえ、ルディ君。お願いがあるんだけど、良いかしら?」

「なーに?」

「私もナオミのような服が欲しいの。あと下着も!」


 願いを聞いたルディが、顎に手を添え考える。

 ニーナは着の身着のままでナオミの家に来たから、替えの服と下着がなかった。

 今も彼女が着ている服は、こちらで用意した病院で着るセンスのない貫頭衣なので、旅に出るには不便だった。


「良いですよ。ししょー、ファッション誌、まだあるですか?」

「部屋にあるから持って来よう」


 ルディに言われて、ナオミが本を取りに部屋へと戻る。


「ファッション誌?」

「見れば分かるです」


 そう言っている間に、ナオミが戻ってきてニーナに本を渡した。




「衝撃が強いから、覚悟しろよ」

「衝撃?」

「衝撃ですか?」


 ファッション誌を知らないニーナが首を傾げ、ルディはファッション誌で衝撃を受ける意味が分からず首を傾げた。

 だが、ニーナはテーブルに置かれた表紙の写真を見て、直ぐにナオミが言っている事の意味を理解する。


「表紙から凄い絵ね。まるで実物が本の中に居るみたい。それに、この本の素材って何かしら……」

「木から作るらしい」

「これ、予想していたよりも作るの大変でした」


 ニーナの質問にナオミが答え、ルディがぼそっと呟く。

 宇宙では電子データが主流で紙は産廃していた。そこで、ハルとルディは、雑誌1冊を作るのに紙の歴史から調べて試行錯誤で作り、かなりの労力を費やしていた。


「……へぇ」


 製作者の苦労など知らず、ニーナが本を開いて、パタンと閉じた。

 そして、首が折れそうな勢いでナオミの方へ顔を向けた。


「ド、ド、ド、ド、どう言う事⁉︎ 何コレ、何コレ、見た事ないオシャレな服、一杯!」


 興奮し過ぎて語彙力を失っているが、今のを簡単に翻訳すると「すっごく素敵!」。


「どうやら気に入ったみたいだな」

「気に入ったもなにも、こんな素晴らしい本があるなら早く見せてよ」

「コレの存在を忘れていたんだ。だけど、忘れて正解だったと今では思っている」


 病床中に興奮して倒れたらたまらないとナオミが答えれば、ルディもその通りだと頷いた。


「否定できないのが悔しい」


 そう言ってから、ニーナが改めて本を開く。

 ファッション誌に載っている服はナオミの年齢層に合わせているが、ニーナの年齢でも似合う服が沢山あった。


「ああ、いいわ。これオシャレ! こっちも捨てがたい。ねえ、ナオミはこの中からどうやって服を選んだの?」

「うっ…それは……」

「ナオミは自分でデザインしました」


 自分でデザインしました。

 恥ずかしくて言えず、ナオミが言葉に詰まっていると、背後で控えていたソラリスが告げ口をした。


「…それ本当!? 女子力マイナスのナオミが?」

「事実でございます」

「ソラリス、余計なことを言うな。それに女子力マイナスは失礼だぞ、せめてゼロ以上にしろ!」


 声を荒らげるナオミに、ニーナとソラリスが半開きの目でジーっと見返す。


「私が注意しても、センスの欠片のないローブしか着なかったじゃない」

「全身緑のローブを初めて見た時、いい歳なのに森の妖精を演じている最中なのかと疑いました」

「……うっ」


 2人から突っ込まれて、ナオミが反論出来ずに項垂れた。


「まあ、いいわ。この本は借りても良い? 私も自分でデザインしてみたくなったわ」

「別に構わねえです。ソラリス、服を作る何日必要ですか?」

「3日必要でございます」


 ルディの質問にソラリスが返答する。


「ニーナが回復するのに後6日、3日以内に決めろです」

「了解。後、アドバイザーにソラリスを貸して」

「どうせリハビリいつも一緒。それに、服を作るソラリスだから、こき使えです」

「ありがとう!」


 ルディの許可を得ると、ニーナはウキウキと雑誌を開いて、ソラリスに色々と質問していた。




 この話から2日後。

 ニーナはナオミと違って何着も服をデザインした。ついでにカールたちの服も何着か作りたいと、ルディにお願いする。

 ルディは少し欲張り過ぎなじゃないかと思ったが、その場に居合わせたナオミから、「その強欲が母親の愛情と言うやつだ」と言われた。

 ルディはよく分からないけど、逆らっても時間の無駄な気がして、「まあ、自分が作るわけじゃねえし」と許可を出した。


 大変だったのはソラリス。

 彼女がデザイン画の枚数から見積もったところ、家にある生地だけでは足りなかった。


「カールたちの服ですが、ルディの服に使っている生地を使ってもよろしいですか?」

「ん-どうしてくれようかなです」


 ルディの着ている服は、この星だとオーバーテクノロジーの部類に入る。だが、肌触りは普通と同じで、強引に破こうとしなければ正体がバレる物ではなかった。


「そーですね……助けたのにすぐ死なれても困るから、許可してやろうです」

「わかりました」


 別にどうでも良かったルディは、何も考えず許可を出す。

 許可を得たソラリスは、深夜にこっそり揚陸艇を降下させると、家から離れた場所で生地やら下着やらを回収。そして、寝る間も惜しんで服を作り始めた。




「ねえ、ソラリス。この生地は何?」


 ナオミと違って裁縫ができるニーナは、ソラリスを手伝いながらスベスベで丈夫な生地を触って質問してきた。


「蜘蛛の糸とシルクを混ぜた物でございます」

「蜘蛛の糸? シルクって何?」


 ソラリスの言う蜘蛛の糸とは、別の星に生息している蜘蛛から取れる糸で、防弾、防熱に優れていた。

 この惑星では、まだ養蚕業が存在しておらず、ニーナはシルクの存在を知らず、見た事のない生地に興奮していた。


「2種類の虫の糸でございます」

「聞いても分からないわ。だけど、良い生地ね。これでドレスを作ったらきっと良いのが出来るわ」

「残念ですが、そこまで時間に余裕がございません」

「私たちが帰った後、ソラリスが自分の服を作って着飾って欲しいの」


 ニーナの話にソラリスが首を傾げる。


「私をですか? その申し出は不要でございます」

「そんな事言わないで。貴女も美人なんだからオシャレな服を着たら、きっと似合うわよ」

「ニーナのデザイン画から、この星の衣服の流行は把握しております。問題は私が流行の服を着たとしても、私自身が嬉しくないので必要性がないことでございます」


 ソラリスの返答にニーナが驚きながら首を傾げる。


「おしゃれな服を着ても嬉しくないって言う女性は、初めて見たわ」

「仕様でございます」

「変な子ね」


 こうして、ニーナたちの服は着々と完成しつつあった。

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