第64話 地獄の末路

 村で起こった惨劇から3日後。

 アルフレッドの父親、デッドフォレスト領の領主ルドルフ・ガーバレス子爵は、アルフレッドから一向に連絡が来ない事に訝しんでいた。

 そこで、確認の兵士を送っていたのだが、その兵士がたった今戻ってきた。


「報告します! 奈落の魔女の捕縛に向かった500の兵、全て壊滅しました!」

「……は?」


 執務室で報告を聞いたルドルフは、一瞬何事か理解出来なかったが、正気に戻ると報告した兵士を凝視した。


「ア、アルフレッドは? 兵が全滅とはどういう事だ⁉」


 ルドルフの気迫に押されて兵士がたじろぐ。だが、兵士はゴクリと唾を飲んで、報告の続きを話し始めた。


「アルフレッド様の姿は確認できず、現在行方不明。500の兵は……」


 兵士が報告の途中で言葉を詰まらせる。

 彼の顔は青ざめており、村の惨劇を思い出して震えそうになる体を無理やり押さえていた。


「どうした? 続きを報告しろ」


 ルドルフに促されて、兵士が口を開いた。


「はっ! その…生き残っている全ての兵士は目と耳を失っており、何もすることが出来ない状態です」

「……お前は何を言っている? まさか、500人全員の目と耳がなくなったとでも言っておるのか?」


 ルドルフが聞き返すと、兵士が頷いて、心の中の恐怖を吐き出すように叫んだ。


「……全員が目と耳を失って苦痛で呻いています! こちらから話し掛けても、目が見えず耳も聞こえないせいで、会話が成り立ちません‼」


 その報告に、ルドルフは兵士と同じく顔を青ざめて、ドサッと椅子に座った。


「な、なんていう事だ……。そ、そうだ。村民、村の民はどうした⁉ そいつらからは事情を聞けなかったのか?」

「ぜ、全員死んでいました。死体を調べたところ、どうやら彼らは我が軍が殺した様子で……」

「あのバカアルフレッドが‼」


 ルドルフは一瞬だけ税収が減る事に怒りを覚えるが、すぐに現状の問題が優先だと気持ちを切り替えた。


「……分かった。もう一度聞くが、アルフレッドは死んでおらず行方不明なんだな?」

「……はい」

「もう下がってよい」

「あの、残された兵士たちはどうすれば……」


 兵士が目と耳を失った500人の兵士について質問すると、ルドルフは顔を歪めてため息を吐いた。


「ああ、そうだったな。そいつらは身ぐるみを剥がしてから殺せ。どうせ目と耳が失ったら生きてはいけん」


 役に立たない兵士など要らん。ルドルフは容赦なく使い物になった兵士を切り捨てた。


「…………」

「それと、村には誰も入れさせるな。噂が広まったら領民がパニックを起こす」

「…………」

「何をしている。さっさと行け!」


 あまりにも非情な判断に、兵士が動けなくなる。


「ハッ! 失礼します」


 慌てて兵士が部屋を出て行く。ルドルフは一人になると、体を激しく震わした。


「奈落だ……奈落の魔女がやったに違いない。だから、あれほどやめろと言ったんだ!」


 ルドルフは自分が許可した事を忘れて、全てを息子のせいにする。

 彼にとってアルフレッドは唯一の子供だった。だから、アルフレッドが死ぬと彼には跡継ぎが居なかった。

 もし、自分が死んだあとは、今まで蓄えた財産が仲の悪い弟に譲る事になる。ルドルフは、それだけは絶対に嫌だった。


 ルドルフが頭を抱えて、息子を取り戻す方法を考える。

 だが、何も思い付かずに時だけが流れた。




 さらに2日が過ぎて、ルドルフの送った兵士たちが村に到着した。

 兵士が村に入ると、村の中は地獄絵図の有様だった。

 ナオミの魔法で目と耳が見えない兵士たちは、地面を這いずり回り、手探りで水と食料を探して彷徨っていた。

 誰かに触れると、お互いに声を出して呼び合う。だが、相手の声が聞こえず泣き叫ぶ、または殴り合いを始めていた。


 彼らの処理を任された部隊は、全員が青ざめた顔でルドルフの命令に従って、暴れている彼らの身ぐるみを剥ぎ始めた。

 目と耳が不自由な彼らは、救援が来たと勘違いして感謝を述べるが、装備を剥がされて放置されると、おかしい事に気づいて叫びだした。


 ルドルフは彼らを殺せと言ったが、部隊の隊長は同情心なのか、それともただ殺すのを躊躇っただけなのか、彼らを殺さずに村の中に閉じ込めた。

 そして、備蓄品とはぎ取った装備を全て奪うと、数人の部下を監視に残して帰ってしまった。


 装備も食料もなくなった彼らは、数日も経たずに共食いを始める。

 そして1か月もしないうちに、村の中には誰も居なくなった。


 最後に、唯一の生き残ったアルフレッドはドローンに運ばれて、無事? に蜂たちに連れ去られた。

 後はナオミの言った通りの結末を迎える事になるだろう。




「癌、全部消えた、わっけ分からねーですよ。とりあえず、おめでとうです」


 ルディがニーナのスキャン結果を見て、首を傾げながら報告する。

 予定ではあと1週間の治療が必要だったが、治療タンクにナオミの薬を少し混ぜたら、抗がん剤による副作用と体力の消耗が消えて、あっという間に癌が治った。

 なお、ナオミの薬で癌が活性化する心配をしたルディと、患者の命よりもマナのデータが欲しかったハルとの間で、激しい言い争いがあったのだが、癌が活性化したらナオミの回復薬の投薬をやめればいいだけだと、説得されてルディが折れた。


「ルディ君、ありがとう」


 ニーナが微笑んでルディに礼を言う。

 隣ではカールが彼女の肩を抱いて、優しいまなざしを彼女に向けていた。


「まだ病気が治っただけです。旅立つ体力ねーから、リハビリ頑張れです」

「もちろんよ。たくさん食べて体力を回復させるわ」


 ニーナの返答に、ルディが腕を交差させてバッテンを作った。


「ブッブー。いきなり食べたら胃がビックリするですよ。最初は重湯からです」

「えーーそんなーー。だってカールがルディ君の作る料理がおいしいって、自慢するから私も早く食べたい」


 ニーナが頬を膨らませて文句を言うと、それを聞いたルディがカールをギロッと睨んだ。


「カール。お前、アホですか? さあ、自分で「私はアホです」と言いえです。さあ、さあ!」


 ルディがプンスカ怒って、カールをポコポコ叩きだした。


「ま、待ってくれ! つい、つい、うっかり言っちまったんだ」

「うっかりじゃねーです。食べられない病人の前で食い物の話するタブー、子供でも分かるですよ」


 カールが慌てて弁明するが、この場に居る全員が彼を許さなかった。


「そうだ、そうだ!」

「そうよ、私、すっごく悔しかったんだからね!」


 ナオミとニーナからも怒られて、カールが身を縮めた。


「罰として、カールはニーナが全快するまで酒抜きです」

「マジか?」

「マジもマジです。ししょーと一緒に目の前でうめぇ酒飲んで、自慢してやるです」


 カールは自分でも悪かったと思っており、がっくりと肩を落として小声で「はい」と答えた。


「それじゃお前ら、とっとと息子たちに会って来いです」


 ルディの話にカールとニーナが頷く。


「ああ、そうだったな」

「ええ、私も早く会いたいわ」


 カールはニーナを抱き上げて部屋を出ようとする。だが、その前にルディが彼の背中に話し掛けた。


「カールは約束の件で用があるです。一人で戻って来いです」

「……分かってる」


 ニーナを救う条件。それは、自分の心臓に爆弾を埋める事。

 カールはその事を一時も忘れておらず、ついにこの時が来たと思うが、今は家族と一緒に幸せを噛みしめようと、顔には出さず部屋を出ていった。

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