第63話 神への挑戦

「ヒ、ヒィ! …奈落……!」


 先ほどまで威勢の良かったアルフレッドが、幻術で作った火傷顔のナオミを見て腰を抜かした。


「聞きたいことがある。お前の目と耳は私の薬で治したのか?」


 ナオミはアルフレッドが正常な理由を考えて、一つの答えに結び付く。

 そこで質問してみれば、彼はガクガクと頭を上下に動かして肯定した。


 ……治っちゃうのかぁ。どんだけ凄いんだ私の薬。だけど、私の火傷後は治らなかったのだがな……いや…待って……。そういえば、自分で薬を飲んだことあったかな?

 ナオミは記憶を遡って思い出そうとするが、かなり前まで遡っても、自分で作った薬を飲んだ記憶がなかった。


 ないわぁ……今までさんざん作っといて、自分で一度も飲んだことなかったわ。いっつも魔法で回復してたから、必要なかったし。

 ナオミは表情には出さなかったが、自分の間抜けっぷりに落胆する。


 ナオミはすぐに正気に戻ると、目の前のアルフレッドを処分することにした。


「…た、助けてくれ」

「ヤダ」


 ナオミがアルフレッドの懇願をサクッと断る。

 すぐに魔法を発動させて杖を振ると、アルフレッドが地面に倒れて眠りに就いた。




「それで、ししょー。コイツどうするですか?」


 眠ったアルフレッドを、ルディがツンツン突きながら質問する。


「うむ。同じ魔法を使っても、また私の薬で回復されるのは面倒だ。かと言って簡単に殺すには、コイツの罪は重すぎる。……うーん、そうだな。季節的に蜂が幼虫の餌を摑まえる時期だ。と言う事でコイツは森に捨てる」

「季節的に? 蜂? 幼虫の餌? ししょー、よく分からねえですが、森に捨てるだけだと、生き残る可能性あるですよ」

「魔の森を舐めるな。捨てると言っても普通の場所じゃない」


 その返答にルディが首を傾げる。


「森の北東、斑の居た宇宙船の北へ進むと、子犬サイズの寄生蜂の群れが生息している場所がある」


 ルディがナイキからデータを入手して、蜂の生息地を確認する。

 すると、確かに狭い範囲だが、大型の蜂の生息地が見つかった。


「その蜂の成虫は葉や木の実が餌だけど、幼虫の頃は肉食で食事方法が特殊なんだ」

「特殊ですか?」

「うむ。幼虫の餌は動物の排泄物でね。掴まった動物は、蜂の巣で飼育される」

「……何となーく、スプラッターなスメルがプンプンしてきたです」


 ルディが嫌そうな顔を浮かべると、ナオミがにっこりと笑った。


「その考えは当たってるぞ。掴まった動物は蜂に無理やり食べ物を押し込まれ、排せつした糞は蜂の幼虫の餌となる。ちなみに、救助された人間の話だと、与えられる餌は成虫の嘔吐物で酸っぱく、唾液には下痢と全身が痺れる効果があるらしい。だから逃げる事も、舌を噛み切って死ぬ事も出来ない」


 話が進むにつれて、ルディの顔がどんどんと引き攣った。


「おっと、ドン引きするな、まだ続きがある。幼虫は半年で成虫になるが、蛹になる前の最後の餌はその動物で、生きながら喰われる。それでやっと死ねるんだ」

「……予想以上にグロかったです」


 そう答えるルディだが、アルフレッドには相応しい死に方だと納得した。


「じゃあ、ドローン使ってコイツ運ぶです」

「ん。それは助かる」


 ナオミから許可を貰ったルディがハルに連絡を入れる。

 ハルはカールたちに見つからない様にドローンを飛ばして、アルフレッドの回収に向かわせた。




 ルディとナオミは、炎に包まれる宿屋を無言で眺めていた。


 宿屋にはナオミの手で屍になった村の女性と、目と耳を失ってもまだ生き続けている数人の兵士が中に居た。

 燃え盛る炎の中から、まだ生きている兵士の悲鳴が絶え間なく聞こえていた。


 この少し前。

 宿屋の前に来た時、ナオミはルディを外に残して宿屋に入ると、女性の半分は既に死んでいた。

 おそらく、兵士たちの乱暴に耐え切れず自ら命を絶ったか、抵抗して兵士に殺されたのだろう。そして、生き残っていた女性は、目と耳を失い頭の中で激痛が走っても、死んだかの様に動かずにいた。

 ナオミの薬を飲めば、彼女たちの目と耳の傷は治るだろう。だが、治ったところで彼女たちの心は既に死んでいる。

 この星には女性の性的被害のケアなんてものはなく、ナオミも心を治す魔法を知らなかった。


 ナオミは祈りの言葉を捧げたあと、一言「すまない」と謝って、彼女たちの首を刎ねる。そして、せめてもの償いにと、宿屋を燃やして火葬する事にした。


 宿屋の中から聞こえる兵士の絶叫が少しずつ消えていく。

 生きながら燃やされて死ぬのと、目と耳を失って生き続けるのは、どっちが苦しいのだろう。ナオミはその答えを知らない。

 だが、彼らは無実の人間の命を奪って女性を凌辱した。例えアルフレッドの命令に従っただけだとしても、ナオミは同じ女性として彼らを許すことができなかった。


 荼毘の炎が空に上がって、黄昏の空に消えていく。


「なあ、ルディ。宇宙に天国はあるのか?」


 空を見上げてナオミが質問する。


「宇宙広れえです。僕、知ってるの銀河系だけ。その銀河、天国なんてどこにもねえですよ」

「そっか……子供の頃、人は死んだら星になるって教わったんだがな」

「子供に夢を見せてやるのが本当の教育です」


 ルディの今のセリフは『何でもお任せ春子さん』のマニュアルに教育方針として書いてあった。


「宇宙にも天国がない、それなら神は何処にいる?」


 ナオミはそう呟いて思考に耽る。

 また私が生きているせいで関係ない人間が殺された……。何故、神は私に罪を与え続けるのだ。だが、神よ、どんなに罪を背負っても、私は復讐を諦めるつもりはないぞ!


 ナオミは空を見上げて見えない神を睨んだあと、ルディに視線を戻した。


「……帰ろう。今日は飲みたい気分だ」

「ししょー、毎日飲んでるですよ」


 ルディのツッコミに、ナオミが不貞腐れた表情を浮かべる。


「特に今日は飲みたいんだ」

「ししょー飲んでも、ぜーんぜん酔えねえから、つまんねえです」


 酔いたくても酔えないのさ……。

 ナオミは心の中でルディに答えると、燃える宿屋に背を向けて歩きだした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る