第55話 夫婦の時間

「ルディ君。息子が無茶を言って悪かったね」

「親に会いたい気持ち分からねえけど、気にしてねえです」


 移動中、カールから話し掛けられてルディが答える。


「……そうか」


 ルディが孤児だと勘違いしているカールは、親の愛情を知らないから、親に会いたい気持ちが分からないのだと勘違いした。


 ルディの案内でニーナが眠るベッドルームに入る。

 透明な蓋の付いた無菌ベッドの中で、ニーナは穏やかに眠っていた。


「ニーナ!」


 カールがガラス蓋に寄り縋ると、眠っていたニーナの瞼がゆっくり開いた。


「……カール?」

「ああ、俺だ。分かるか?」

「もちろんよ」

「体は? 痛くないか?」

「……そう言えば痛くないわ。だけど、体が動かないの」


 ニーナの返答に、カールがルディにどういう事だと視線を向けた。


「全身麻酔が効いてろです。痛くねえ代わりに動けんけど、問題ないです」

「……その天使みたいな綺麗な子は誰?」


 ルディが答えると、状況が分かっていないニーナが尋ねた。


「彼はルディ君。奈落の魔女の弟子だ」

「ナオミの? ……待って。彼の隣に居るのって、もしかしてナオミ⁉」


 ニーナから話し掛けられて、ナオミがニーナのベッドに近づく。


「さすがニーナだ、一発で分かったな。コイツなんて、私の顔を見ても誰だか分からなかったぞ」


 ナオミがそう言って、カールを指さしながら肩を竦めた。


「まあ、本当にナオミなのね。火傷が消えて凄く美人よ」

「ありがとう」


 微笑むニーナに、ナオミが笑い返した。


「面会時間は30分です。僕とししょー席外すから、二人でいちゃこら語ってろです」

「そうだな。部外者は外に出ていよう」


 ルディとナオミが部屋の外に出る。

 ドアが閉まる前にルディが振り向けば、二人は見つめ合って穏やかな空気が流れていた。




 ルディとナオミはベッドルームを出た後、地下のリビングに腰を下ろして時間を潰していた。


「そーいや、ししょーの薬、効果抜群ですか?」


 ルディがナオミにコーヒーを渡して話し掛けると、彼女は何の事だと思ったが、すぐに昨日の会話に出た村の騒動を思い出した。


「ああ、アルフレッドが欲しがってたヤツか」

「そーです」

「自分じゃ使わないから分からん。だけど、薬を売った相手が言うには、万病も治すとか褒めていたな。そんな馬鹿なと思ったけど」

「……もしかして、その薬使えばニーナの病気、治ったです?」

「んーー無理だと思う。だって、私が作っているのは傷薬だぞ。病気が治るのはついでだ」

「傷薬で病気がおまけで治る? 塗り薬で?」

「いや、飲み薬だ」


 それを聞いてルディの目が見開いた。


「逆に分からねーです。何で口から飲んで体の傷、治るですか? 直接患部にぶっ掛けろです!」

「そうやっても効果はあるぞ、薬が飲めない場合もあるからな。だけど、それだと逆に効果が薄くなる」

「魔法不思議です。ししょー、薬調べたいから1本寄越せです!」


 ぐいぐい迫るルディに、ナオミが苦笑いして宥めた。


「分かった、分かった。そう興奮するな、後でやるよ」

「必ずです。もしかしたら、マナ回復薬のヒントになるかもです!」


 ルディはナオミから約束を取り付けて満足したのか、鼻息を鳴らした。




 30分経って、ルディがそろそろベッドルームに向かおうか考えていると、ベッドルームの扉が開いてカールが現れた。


「終わったですか?」

「ああ、急に眠くなったとか言って寝てしまった」

「自動で麻酔掛かるセットしていたです。体に異常ないから安心しろです」

「そうか……それで今後はどうするんだ?」


 カールの質問にルディが「うーん」と唸って口を開く。


「まだまだニーナの体、悪い癌、沢山あるです。だけど、一気に治すと薬で死ぬですよ。様子見ながら少しづつ治せです」

「先生、よろしく頼む」


 カールが頭を下げると、先生と呼ばれてルディが驚いた。


「ししょー、僕、先生言われたです!」

「実際にニーナを治してるんだから、驚くこともないだろう」

「何か偉くなった気分です……って待てです」


 ナオミと話していたルディだが、途中でハルからの緊急報告が入って動きを止めた。


「……ルディ君はどうしたんだ?」


 ルディの様子に、カールがナオミに質問する。


「まあ、落ち着け。たまにあるんだ。しばらくすれば元に戻る」


 ナオミはカールの質問に答えた後、ルディが戻るまで待つことにした。




『マスター。監視対象に動きがありました。どうやら兵を派遣する様子です』


 その報告にルディがやっぱりなと思った。


『想定していた通りだ。それで兵の数は?』

『400から600ぐらいです』

『少ないのか多いのか、分からないな』

『こちらの人数を考えれば多い方だと思います』

『なるほど確かにそうか。さすが師匠、名声が凄い』

『喜んでいるところ申し訳ございませんが、どうしますか?』

『大人数でいきなり森に入るとは思わん。多分、あの村に駐在して森の探索から始めるだろう。それまでは放置だ』

『分かりました。引き続き監視を続けます』

『よろしく』


 ハルとの通信を切って、ルディが口を開く。


「お待たせです」

「うむ……それじゃ薬を取りに行こうか」

「了解です」

「……今のは何だったんだ?」


 何事もなかったかのような二人の様子に、カールは首を傾げていた。

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