第54話 不格好な餃子
「着替えてきますので、少々お待ちください」
ナオミの家の中に入ると、ソラリスが自分の部屋がある地下室に向かった。
「少ししたら、昼飯作るです」
ルディもマナ回復薬の実験の続きをするために、彼女の後を追って地下に降りた。
二人と交代して、1階の騒ぎを嗅ぎ付けたナオミが階段を降りて来た。
「カールの息子か?」
話し掛けてきたナオミに、ドミニクとションの心臓が跳ね上がる。
ドミニクは5年前に一度だけナオミと会ったことがあり、火傷痕が消えて美人になったナオミの容姿に大きく目を見開いて驚いていた。
「奈落の魔女様……お久しぶりです」
緊張した様子でドミニクが頭を下げると、ナオミが眉をひそめた。
「お前とは一度だけ会ったことがあるな…名前は……」
「ドミニクです。そして、隣が弟のションです」
「……は、初めまして」
ドミニクが紹介すると、ションが体を震わせて頭を下げた。
「ああ、すまない。マナが駄々洩れだったな……。これでどうだ?」
ションの様子に気付いたナオミがマナを押さえる。
ナオミから発するマナの威圧が減少して、ションの震えが止まった。
「ありがとうございます」
ションが額に浮かんだ汗を拭い、もう一度頭を下げた。
「二人ともニーナが回復するまでゆっくりするが良い」
ナオミはそう言うと、キッチンで自分のコーヒーを注ぐと、自室に戻った。
ナオミの姿が消えてションが安堵していると、その様子を訝しんだドミニクが話し掛けてきた。
「ション、先ほど震えていたな。何があった?」
「兄貴は気づかなかったかも知れないけど……奈落様のマナの威圧を感じて、体が勝手に震えだしたんだ」
「あ、ション兄さんも気づいたんだね。僕だと他人よりも多いぐらいしか感じなかったけど、そんなに凄かった?」
フランツが質問すると、ションが頭を左右に振った。
「アレは凄かったとかいうレベルじゃない。俺以上にマナ感知に優れている魔術師だったら、精神が耐えきれなくて失神する」
ションの話に思い当たる節があったのか、ドミニクはカールから聞いた話を思い出した。
「そう言えば以前に父さんが言ってたな。奈落の魔女の前に魔法使いを立たせるなって」
「それは間違ってないと思う。魔法使い同士の戦いは、まず相手の魔力を調べる事から始まるからな。本気を出した奈落様の魔力に触れた時点で、相手は恐れるか倒れて、彼女の勝ちだよ」
「さすがだな……」
ションの説明にドミニクが唸っていると、フランツが口を開いた。
「でも奈落様は優しくて良い人だよ」
「そうなのか?」
「うん。昨日は色々と魔法を教わったんだ」
それを聞いたションが驚き、口を半開きにした。
「お前、奈落の魔女に魔法を教わったのか?」
「うん。実践的で参考になったよ」
「なにそれ、マジで羨ましいんだけど」
「だったらション兄さんも頼んで教わったら?」
「……教えてくれるかな?」
「奈落様も魔法の話をするのが好きみたいだから、きっと教えてくれるよ」
三人が話していると、部屋の奥から寝起きのカールがリビングに入ってきて、二人の息子に声を掛けてきた。
「二人とも無事だったか」
「父さん!」
「父さん!」
カールの姿にドミニクとションが大きな声で返答する。
それがうるさかったのか、カールが顔をしかめた。
「他人の家で大声を出すな」
「それよりも母さんは?」
「安心しろ無事に生きてる」
カールと彼の三人の息子は、リビングのソファーに座って、お互いの状況を交換した。
会話中に、着替え終えたソラリスがコーヒーを全員に配る。
「ゲホッ、ゲホッ!」
「苦っ!」
初めてコーヒーを飲んだドミニクとションのリアクションに、カールが大笑いをしていた。
昼になって、ルディはキッチンに入って料理を作り始めた。
今日の昼ご飯はチャーハンと焼餃子、ついでに卵スープ。
ルディがソラリスと餃子を作っていたら、フランツが手伝に来た。
弟が手伝うのならと、ドミニクとションもソラリスに教わって一緒になって餃子を作る。
三人が作った餃子は不格好だったけど、それでも三人は楽しそうだった。
ルディも「まあ、いいか」と思って、不格好な餃子をそのまま焼いた。
餃子の焼ける匂いに誘われて、ふらふらとナオミがリビングに居りてきた。カールも呼んで、全員で餃子を食べ始める。
「これ餃子って言うんだっけ? 外はパリパリ、噛めばジューシーですげえ美味い!」
「そうだろ。ルディの作る料理は世界一だからな」
ションがルディの料理を絶賛すると、何故かナオミが自慢気だった。
なお、餃子にはビールが合うけど、家のルールで昼から飲むのは禁止だったため、ナオミは少しだけ不満げだった。
不格好な餃子を見て、「これを作った犯人は誰だ」とわいわい騒いで食事が進む。
そして、男が一気に四人増えたため、15人前作った餃子はカール一家が大半を平らげて見事に完食。
こいつは作りごたえがあったなと、ルディも満足気だった。
「それじゃそろそろ面会に行くです」
「分かった」
食後の一服中にルディがカールに話し掛けると、彼は真剣な顔になって頷いた。
「やっと母さんに会えるのか……」
「元気だといいな」
ションとドミニクの会話に、ルディが頭を左右に振った。
「会えるのはカールだけです」
「ちょっと待ってくれ!」
「待つです」
「いや、そうじゃなくて!」
ドミニクとルディの会話が面白くて、ナオミが笑いを堪えて口元を隠した。
「なんで父さんだけが母さんに会えて、俺たちはダメなんだ?」
「それがニーナを救う条件だからです」
ドミニクの質問にルディが答える。
「どんな条件か教えてくれ」
「この家の秘密を必ず守る事です。そのためにカールは僕に命を捧げたですよ」
「親父、今の話は本当か?」
ルディの話にションがカール本人に尋ねると、彼は真顔で頷いた。
「ルディ君の言う通りだ。俺はニーナを助けるためにルディ君に命を捧げた。フランツもここに来てから、ニーナの治療を一度も見ていない。二人とも我慢しろ」
「だったら俺たちもこの家の事は誰にも喋らない。だから母さんに会わせてくれ!」
「ダメだ!」
ションの頼みをカールが怒鳴って止めた。
「何でだよ!」
「命を捧げたというのは言葉だけの約束じゃない、本当に捧げたんだ」
「何を言ってるんだ、父さん!」
ドミニクの問いかけに、カールはニーナの命を救う代償として自分の心臓に爆弾を埋める話を二人に話した。
「そ、そんな……」
「マジかよ…」
ショックを受ける二人にカールが笑い掛ける。
既にこの事を知っているフランツは、最初から顔を青ざめてずっと黙っていた。
「なあに、喋らなければ良いだけの話じゃねえか。それでニーナの命が助かるなら、いくらでもこんな命くれてやるぜ。だけど、お前たちはまだ若い。ついうっかり喋っちまうかもしれねえしな。だから今は我慢しろ」
カールに窘められて、ドミニクとションが押し黙る。
「2週間で回復予定ですよ。ちゃんと生きて会わせてやるから、我慢しろです」
ルディがそう言うと、二人はしょんぼりして頷いた。
「ではカール、会いに行くです」
ドミニクたちを置いて、ルディとカール、それとナオミは地下へと向かった。
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